第10話 見知らぬ男

 コンコン。


 誰かが戸を叩いていた。

 ラベンダーは洗濯をしていた服を取りに行っていて不在。


「はい」


 返事をすると身なりのいい若い男が入ってきた。

 ん?

 もしかして、これが噂のリース王子?でもなんか違うような気が・・・。

 真っ白い歯を見せて微笑んでいる。

 彼の輝く歯に負けないような白い服に身を包み、栗毛色のサラサラした髪が薄茶色の瞳にかかっている。

 手には小さいが、紫、桃色、山吹色の花束を持っていた。


「なんの御用でしょうか」と言うより早く男は手にしていた花束を横に置くと、俺の手を取り足元へ膝をついた。


「ああオーロラ様。無事回復なされたようで何よりでございます。私マルクはここ数日生きた心地がしませんでした」


 どうやら俺というか、オーロラの見舞いのようであった。

 リース王子ではないようで、おそらくどこかの裕福な貴族なんだろう。

 ありがとうと言ってさりげなく手を離そうとしたが、ぎゅうーーと強く握られていて、振り解けない。


 マルクと名乗った青年は俺の手を両手で包み込むようにして握り、無事でよかったとその手に頬を擦り寄らせた。

 うお、ちょっと待てよ。

 いいのか、結婚前の若い男女がこんなにも肌を近づけて。これは世に言う不純異性交際ってやつではないのか。


「マルク様、お見舞いはありがたいのですが、その手を・・・」

「ああ、お見舞いはまだご迷惑でございましたか。早る気持ちを抑えきれませんでした」


「いえ、迷惑なんて・・・とりあえず近いし、手を」

「ああ、春の花々の赤ですら叶わない美しき唇。どんな黄金でさえオーロラ様の髪には敵いません」


 こいつ、全然人の話聞いてない。


 程よく俺が距離を離しても、彼は甘い言葉を吐きながらさりげなくグイッと距離を縮めてくる。


 おいおい勘弁してくれよ。

 距離感のわからない男だな。

 いくら爽やかな青年であっても、手を握られても全然嬉しくないぞ。だって俺は男だから。


「オーロラ様。顔色もだいぶ良くなられましたね。どうです?明日でも私の屋敷で快気祝いの舞踏会でも。そうだ、仮面舞踏会なんてのもまた一興ですな」


 にこりと微笑み、自慢であろう白い歯を見せつけてくる。

 こいつめ。見舞いなど口実でオーロラを口説きにきてるんじゃねーか。

 大家のおばさんのように口を開けは澱みなくペラペラと喋っていた男の口が静かに閉ざされた。

 じっと俺を見ていた。

 薄茶色の瞳に、僅かに俺の影が映る。

 そして奴はそっと俺に顔を近づけた。

 こいつ、まさか口吸いを・・・・?


 ぶちんっ!!

 大人しく手を握られていた俺の中で何かが切れた。


「オーロラさ・・・ぐほおっ」


 ごんっ!!


 勢いよく俺の頭突きを喰らわせた。

 そして突然の襲撃に怯んだあいつの左手を取ると、グイッと掴み、背中で回す。


「い・・・いてて・・・・お、オーロラ様?!」


 血相を変えて慌てふためくマルクの耳元に囁く。 


「おい貴様、いい加減にしないか。レディの手なんぞ気安く触りやがって」

「ひいっ」

 マルクの悲鳴が聞こえた。

「離して・・・」 

 腕を回された痛みなのか、恐怖なのか異様に汗をかいていた。

「あ?お前さんさっきまで俺の手握って嬉しそうにしてたじゃないか。それが今は放てだ?」


 その時。


「オーロラ様、ドレスを取ってまいりました」


 間がよく、ラベンダーが戻ってきた。


「命拾いしたな」

 俺は耳元でつぶやくと、奴の手を離した。


 マルクは作り笑いを浮かべ、ラベンダーには腐っても貴族なので一応丁寧にあいさつをすると慌てて部屋を後にした。

 ふんっ。

 あいつめ〜と鼻息荒くベットに腕を組んでいる俺にラベンダーは声をかける。


「どうかされました?」

 どうもこうもねえわ。


「マルク様は今日も御熱心でしたね」と面白そうに笑う。


「オーロラ様が寝込まれている時も何度もお見舞いに訪れていたしたんですよ。一日に何度も。お花をお持ちして。ま、面会はお断りしておりましたけど」


 窓辺に飾られた花瓶に入った花々に視線を移す。


「これ・・・全てあいつ・・・じゃなかったマルク様が?」

「はい。ちょっと愛情が強いですが、悪い方ではないんですけどね。名門貴族だし、わたしたちにも礼儀正しいし」


 姿見に映る自分の姿。

 輝くばかりの美しさだ。

 マルクという貴族の青年が夢中になるのも納得はできるが、それだとしても女性に無断で触れるなど言語道断。

 まあ、これでしばらくは大人しくなるだろう。

 ちなみに武道の心得はそこそこある。


 「オーロラ様、服を取ってまいりました」


 この服か、ラベンダーが取りに行っていたのは。

 それにしてもいつもと趣が違う服だな。

 

 淡く深い緑の流れるようなひだの美しい服。

 いつもの華やかさとは違う、静謐な美しさ。


 おお、これは絹か!

 それも今までお目にかかったこともないような上質な絹だぞ。

 

 正直なところ、服などに無頓着だった男の俺でさえ、見惚れてしまうような生地も仕立ても素晴らしい衣服であった。職人の細やかなで全く手抜きのない仕事がぶりか見て取れる。

 

 最も奈良にいた頃はもっぱら藍色の僧衣ばかりで、他の服など礼服があるくらいだった。

 服に見惚れていると「やはりこのドレスはお好きなんですね。このドレスは聖女にだけ着ることが許される正装ですからね」

 ラベンダーは自分の主が高貴な聖女であることが誇らしいのか胸を張っていた。


「さ、早く着替えて参りましょう」


 ん、参る?どこへ??


「これを着て礼拝へと向かいましょう」


 え・・・。

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