7:《女神の祝福》の真実




 いずれきっと、なんてことを考えていた俺――柊木凛火ひいらぎりんかは、“神速の”シュネイルを倒した直後に死んだ。ものの見事に、驚くほど呆気なく。


 は通りすがりのドラゴン。ブレス一発で全身丸焦げ。消し炭になった。


 あの街道は使わないことにしよう。決定。超決定。





 俺の肉体が死に滅んでも、俺の精神たましいは滅びない。

 勇者だけのユニークスキル《女神の祝福》がそれを決してゆるさない。

 そういうふうにできているのだ。


 死を認識した俺の魂は天高く舞い上がり、時間と空間を跳躍して、高次元へ遷移シフトする。軌道エレベーターにでも乗っているかのような(そんなものに乗ったことはないが)浮遊感は、何度繰り返しても慣れない。


 乳白色のもやが立ち込める、不可思議な空間だった。

 意識だけになった俺は宙に浮くようにして揺蕩たゆたっていた。


「おお、勇者よ。また死んでしまうとは情けない……! で、よかったのでしたっけ?」


 突如眼前に現れたのは、まばゆい後光を背負った金髪の女。

 人に非ざる美貌に柔和な笑みを貼り付けたその女を俺は睨みつけた。


「喧嘩売ってるのか、女神サマよ」


「ふふふ。とんでもないことです。それで今回はどうなりました?」


「魔王軍四天王をひとり倒した。で、そのあと死んだ」


「どのように?」


「……ドラゴンに出くわしたんだ」


「あらあら」


 女神はくすくすと笑った。優美な所作が俺の神経を逆撫でる。


「……うるさい」


「もう何周目になりますかしらね、勇者様?」

 

 からかうような口調だった。実際、愉しんでいるのだろう。俺が何度も何度も何度も死ぬ様を遥か高みから見下ろして。


死の回数アウトカウントなんて覚えちゃいない」


 100を越えたあたりでもう死亡回数を数えるのはやめた。意味がないと思ったし、実際無意味だ。


 死ぬたびに、俺の魂はこの女神の前に引き戻され、イラつくやりとりをして、その後また地上に戻されるのだ。永遠に続くトライアンドエラー生と死


「私の願いはどうかお忘れにならないでくださいましね」


 忘れてたまるか。俺の解放条件なのだから。


「世界に平和をもたらせ、だろ」


「はい!」


 嬉しそうに女神は口元を綻ばせた。


「《女神わたくしの祝福》を上手に使っていただけているようで何よりです」


「祝福? 笑わせるな。呪詛じゅその間違いだろう?」


 この異世界に召喚呼ばれた俺に与えられた《女神の祝福ユニークスキル》は、死を赦さない、永遠の楔。強制ループ。俺をクソったれな異世界に縛り付ける呪いそのものだ。



 俺の皮肉を涼風のごとく受け流し、女神はふふふ、とわらった。


「どうか世界に平和をもたらしてくださいましね」


 次の周回では無理だろう。


 まだ先は長い。


 だが、地道に進んでいけばいずれきっと――


「ああ。だから、俺がお前の望みを叶えたら約束通り、俺を自由にしろ」


「ええ、はい、わかっておりますとも。それでは勇者様、復活のお時間です――」


 女神の宣言とともに俺の視界は急激にぼやけた。意識が遠のいていく。


 そして俺は、双六すごろくの駒のように、ふりだしにもどるのだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る