2:勇者リンカは迷わない





 今日、私たちは王国領と魔界――つまり人族の支配圏人間界魔族の支配圏魔界――のちょうど間に横たわる【迷いの森】にやってきている。


 私は斥候・野伏系スキルに関してそれなり以上の自信を持っているけれど、それでもコンパスひとつ持たずに【迷いの森】に入ったりはしない。


 常人なら確実に方向感覚を狂わされて道も方角もわからなくなるような厄介な場所なのだ。なのに勇者リンカは天啓てんけいでも受けているのか、迷うことなくサクサクと森を進んでいく。


 天啓。あるいは勇者のスキルかも。


 ……っていうか斥候わたし要らなくないスか?

 

「リンカ様ぁ」


 私はわざとらしく甘えた声で勇者リンカを呼んだ。


 先行する彼は肩越しにこちらを振り返ると、


「どうした。休憩できるような場所はまだずっと先だぞ」


 淡々と告げてきた。よく言えば落ち着いた、悪く言えば冷たい態度。勇者リンカの塩味キツめの対応は今にはじまったことじゃないのでおいておくとして、


 ……休憩場所を知悉ちしつしてるんスか? 道に迷わないだけじゃなくて? この森で生まれ育ったとか? いやそんなばかな。


 疑念はおもてに出さず私はにっこり微笑んでみせた。


「リンカ様はまったく迷ってないようにお見受けしまスけど、どうやってるんですか? 地図作成系のユニークスキルとかなんスか?」


「スキルといえばそうかもな。地図とは関係ないが」


「ということはもしかして! かの有名な《女神の祝福》スかっ!?」


「…………そうだ」


 急接近して顔を近づける私を邪険にしながら勇者リンカは仕方なさそうに首肯しゅこうした。


《女神の祝福》。勇者のみに与えらえるというユニークスキル。スキル名だけは広く知られているけれど、その効果は誰も知らない。正確には勇者以外誰も知らない。


「どういう効果なんスか?」


「さあな」


 パーティに加入して以来、何度もいてもその都度はぐらかされている。スキルは大事だ。たとえパーティメンバーでもスキル構成や効果をつまびらかにはしない。それが自分の命を護ることにつながるから。私だって、彼にすべての手の内を晒しているわけじゃないんだから――







「フレディア」


「はい」


 あのあと結構な時間、それなりの速さで歩き続け、私の感覚でほぼほぼ【迷いの森】の中心部に辿り着いたんじゃないかというころで、勇者リンカは私の名を呼んだ。奇妙なことにそこまでの道中、魔物モンスターには一度も遭遇エンカウントしなかった。


 そこは森の中で他に比べてほんの僅かに木がまばらになっている場所だった。木々の隙間から空と太陽を見ることができた。


「仕事だ。そこの鍵を開けてくれ」


「了解っス」


 勇者リンカが指示したのは一見なんの変哲もない木の幹だった。


 ツタが絡み合ってわかりにくくなっているけど、近づいてよく見てみれば木製の扉がくっついているのがわかる。明らかにダンジョンの入り口ゲートだ。


「いけるな?」


「お任せあれ。楽勝っスよ」


 自信満々で安請け合いしたものの実際のところ、鍵開けにはかなり苦労した。内緒だけどあやうく失敗ファンブルしかけた。どうにか成功してほっとした。あーひやひやした。


 そんな私の内心を知る由もない勇者リンカはっさっさと扉を押し開いた。耳障りな軋み音が響く。空気が流れ込み扉の向こうに積もったホコリが舞い踊り陽の光でキラキラしてる。


 この扉がずっと長いこと、誰にも開けられていないのは明らかだった。


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