第19話 旅立ちの骨董市(最終話)
四月一日
僕は家を出て都会の専門学校に進む。
近くに学校がないため、やむなく下宿での一人暮らしになり……また、費用で母には苦労をかけることになる。
そして明日、母と二人で暮らしてきた二部屋だけの小さなアパートを旅立つ予定だ。
荷物をまとめ、部屋の片付けが終わった夕方、ポストに広告が入っているのに気づいた。
『なつかしの骨董市、開催! 』 明朝5時~6時、杉下工場内体育館にて。
大きな赤字で書かれた広告が一枚
「あの、骨董市だ」
中学の時に一度行ったきり案内が来たことはない。 しかも、僕が出発するのを見計らったようなタイミングだ。
懐かしい思い出の品物に会える、そう思うと胸が高音ってきた。
母を誘いたかったが、早朝のビル掃除の仕事が入っていて、急に代わりが立てられず、どうしても無理だった。
そんな忙しい母だが、昼に一度帰って、僕を駅まで見送りに行くと言っていた。
翌朝……
暦の上では春なのに寒い日が続く。
僕はマフラーをまいて、自転車で杉下工場に向かった。
どうせ、品物は法外な値段だろうし見るだけと思い、お金は持ってこなかった。というか、これから下宿代や学費でお金がいるのに、母子家庭の僕に骨董品を買う余裕は一円もない。
下手にお金を使いたくなかったので、あえて持ってこなかった。
工場の前に着くと、あの時と同じように豚面の男が立っている。広告を見せると、無愛想に体育館を指さした。
配管が張りめぐり、タンクなどが林立する工場の中をとおり、会場の体育館に来ると、骨董市の小さな看板が立ててある。
すぐに体育館の扉を開けた………が
「なにもない! 」
ラインのひかれた床、高い天井、体育館内は広く閑散としている。
以前は所狭しと品物が置かれていたのに、全くなにもない。
その、広々とした体育館の中央に、背を向けて、祭りに着るような法被を着た、あの猫耳の娘が一人、立っていた。
猫耳の娘が、ゆっくり振り向くと、微笑みながら
「なつかしの骨董市へ、ようこそ」
少しニヤけた表情は、からかわれているような感じもする。
僕は、憮然として
「なにもないじゃない! 」
「諸事情で、今品物がないのですニャ」
「品物がない……? 」
あきれている僕に、猫娘は急に真剣な表情で
「そう、品物はありませんニャ」
「それなら、どうして、案内状を送ってきたんだ。ぼくは、以前置いていた、なつかしい物を見たくて来たのだけど」
すると、猫娘は僕の前に来て
「実は、形のない骨董品が一つあるのですが、それを買っていただけないかと思いまして」
「形のない骨董品……?」
「お金は使えばなくなる、形ある物はいつか壊れる。でも、形のない物は無くなることはなく、壊れることもない。どこにでも持って行けて、荷物にならず置き場も必要ないニャ」
禅問答でもしたいのか……
「いったい、何を売ろうとしているんだ」
すると猫娘は、鋭い瞳を僕に向け
「言葉です」
「言葉……」
「そう……和也君の、お父さんの言葉です」
父は十年前に亡くなって、冗談にしては突拍子もない。
僕は、皮肉を込め
「死んだ父さんの言葉……会ったことでもあるのか」
目の前の小学生ほどの子供が、亡き父に会っていたとは思えない。
しかし、意外にも猫娘は、瞳を閉じて懐かしむように、うなずいた。
その仕草に嘘偽りはないように感じ、驚くというより、胸が詰まるようで何も言えない。
「買いませんか」
黙っている僕に猫娘は再び問いかけるが
「どうせ、百万円とか言うのでしょ。見るだけと思って、お金もってないし」
すると、猫娘は少しため息をついて肩を落とし
「…やはりそうですか、せっかく来ていただいたのに、申し訳ありません。一応、商売ですので、さすがに、お金がなくては売ることができませんニャ」深々と頭を下げ、すまなそうに
「他に品物もないので……」
「でも、言葉なら教えてくれてもいいじゃない。しかも、僕のお父さんの言葉でしょ」
「そうなのですが。特別な言葉なので、場合によっては、お金や物より価値があるのです。すみませんニャ」
申し訳なさそうに頭を下げる猫娘に、この特別な骨董市に悪気はないとわかっているので。僕は笑顔で
「わかったよ。それなら、帰ろうかな」
「本当にすみませんです。入口まで送りますニャ」
猫娘は工場の門まで送ってくれた。
別れ際……
「実は最近覚えた折り鶴を、お客様に粗品で渡しているのです。これは、明日出発する和也君への、私からのささやかな贈り物ですニャ」
「どうして、僕が出発することを知ってるの」
猫娘は含みのある笑顔で何も答えず、鞄の中から赤、黄、青など様々な色の折り鶴を取り出し
「実はこれを渡したくて、案内を送ったのです。自信作なので、帰ったらバラして折り方を覚えてほしいニャ」
「せっかくきれいに折っている折り鶴をバラせとは……」
すると猫娘は手招きし、背伸びして僕の耳元で
「すみませんが、このことは社内規定違反に抵触するかもしれないので、絶対に内緒にしてください。バレると借金がまた増えますニャ」
「借金……」
「まあ、私事なので、気にしないでください」
そう言われ、僕は十八羽の折り鶴を受け取ると、とりあえず
「ありがとう猫娘さん。また、会えるかな」
猫娘は、愛らしい瞳でうなずき
「次は思い出の品物を満載にしてご案内します」
「うん、楽しみにしてる」
僕が笑って答えると、猫娘も微笑んで
「それでは、またのご来店を心よりお待ちしておりますニャ! 」
◇
翌日……
僕は母さんに見送られ、列車に乗った。
猫娘からもらった十八羽(話)の折紙に書かれている、この物語に込められた形のない贈り物を、心の鞄に携えて。
<了>
ひもろぎの骨董市 風 @UMI_DAICH_KAZE
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます