第13話 時代遅れの骨董市
「これからの出版業界に、個人小説家は不要! 」
ベンチャー企業の出版社を立ち上げた若き新社長は声高らかに宣言し、報道人を含めた大勢の人が集まったステージにスクリーンを掲げ、多彩なグラフデータに、アニメショーンなどを盛り込み、見事なプレゼンを行う。
「個人の持つ知識、経験、想像力、アイデアは、たかが知れています。これからのエンターテイメントはビッグ・データをベースにAIを構築し、あらゆるジャンルの達人の知識、経験を活用し、国文学、言語学、医学、心理学などの学術的な面からディープ・ラーニングを行い、科学的、統計学的に人間が面白いと感じる小説をクリエーションする。これは個人では到底無理です」
社長は、ステージを歩き回り、まるで演劇のように客席に訴える。
「さらに、アニメ、ドラマ、映画化を念頭に、各メディアとも連携し、創作、宣伝、販売、web公開を一括管理し。高齢者や、目の不自由な方のためには朗読本、点字本、さらに各国の翻訳本なども自動作成する。こうして読者が真に望み、感動し、面白いと思うあらゆるジャンルの小説を、より早く、より多く、さらに安価に、大量生産する時代なのです! 」
拳を握り、力を込めると最後に両手を広げ
「小説は読者様のもの、読者様あっての小説。我が次世代小説研究社は、これから訪れる未来のエンターティンメントの先駆者として、すでに始まっているAIによる完全自動小説プログラム、それに AIによるイラストを盛り込める機能も搭載し、一度も文書や絵を書いたことのない素人様でも、高品質で無限の可能性引き出せる画期的なツールを完成させる予定です。ご期待下さい! 」
話を締めくくると、観客の割れんばかりの拍手に包まれ、社長は何度もお礼の言葉をのべた。
プレゼンが終わったあとの懇親会では、各業界の人と名刺交換を行い、世界各国のメディアの関係者からも注目を浴び、一連の式典を終え、若き新社長は十分な手応えを感じた。
家に帰ってネットの掲示板などを見ると、プレゼンの反響は大きく、株価は一気に上昇し、早くも投資の話も来ている。
社長は満足してパソコンの電源を切ると、自分で入れたコーヒーを持ってソファーに座り、大きくため息をついて、やっと落ち着けた。
その時ふと、テーブルの上に置かれた郵便物の中に、一通の広告が目に留まった。
『なつかしの骨董市』明日朝 5:00~6:00 川沿病院 敷地内特別会場にて開催
差出人はなく、切手も貼っていないことから、ダイレクトに投函されたものだろう。しかし、宛名は自分になっている。
「川沿病院は、毎朝ジョギングしている途中にある病院だ。病院の中で開催されるなら、怪しくはないだろうが。なぜこの時期に、俺の所に骨董市の案内がくるのだ」
疑問に思った社長だが、興味もないので放っておいた。
再び、今日のプレゼンを思い起こし
「やっと、ここまできた……」
社長は一人つぶやくと、これまでの道のりを反芻した。
決して真っ直ぐな道ではなかった。
以前、地方の出版社に務めていたが、出版不況でリストラされたことがある。そのとき、好きなコーヒーで小さなショップを開いたことがあった。
豆を輸入元まで行って交渉し、価格も収益ギリギリまで抑え、こだわりのコーヒー店を開いたが、すぐに近所に大手のチェーン店が出店した。
「勝負にならない……」
瞬く間に客足は遠のき、店を閉め、個人の力の無力さを痛感した。
「あの時、彼のアドバイスがなかったら」
落ち込んでいたとき、以前の編集社の関係という狐目でスーツ姿の男に声をかけられ、彼の紹介で再び小さな出版社の編集者として再就職することができた。
しかし、大手企業やITが跋扈しているこの時代、小説家にも自分の開いたコーヒー店と同じことが起こるのではないかと懸念したが
「科学技術は進んでいます。今どき、ちまちまと小説を書くなど時代遅れです。ならば、あなたが、新しい小説の先駆者になってはどうですか」
彼のその一言で、次世代小説研究社を立ち上げた。
一人で小説を書くのではなく、大勢の人達で作る。ただ、簡単にはいかないだろう、個性の集まりを統制するなど
「ならば、役割分担を明確にし、意思決定をシステム化して統制をとり、さらにAIも導入し、プロジェクトとして小説を作る。各分野の優秀な人材を集め、商品を作るように物語を構成していく。書くのではなく、作るのだ! 」
中小の店が大手企業に飲み込まれる状況と同じだ。個人店は立ち行かない
「それは、小説家を潰すことになるかもしれないが、時流に乗り遅れる小説家が悪いのだ。優秀な人材を集める、言い換えると無能は切り捨てる。今度は、俺が切り捨てる側だ……」
さらに将来的には、管理職AIの制作も視野に入れている。給料の安い単純作業をロボット化するよりも、給料の高い管理職をロボット化するほうが、費用対効果は高い。
なにより、単純作業のロボット制作は意外に高額だが、給料の高い管理職はAIだけなので安価に作ることができ、遥かに儲かるのだ。
そうなれば、単純作業のロボット化より早く、管理職の必要のない世界が訪れ、人間は単純作業をするしかない……その単純作業も、いずればロボットにとって代わられるだろうが。
「無能で、セクハラやパワハラをする上司より、やさしくて、優秀なパソコン上司の方が、使われる人間にとってもよほどよいではないか」
社長は、ほくそ笑んだ。
◇車椅子の少女
―翌朝―
先日の疲れもあるが、欠かさない日課のジョギングを始める。
玄関を出ようとすると、テーブルに放っていた広告が目に止まった。
「なつかしの骨董市……子供がつけたような名前だな。気が向けば、立ち寄るか」
途中でジュースなどを買うことを考え、五百円玉だけを入れた小銭入れと一緒に、広告をポケットにねじ込んだ。
明け方の引き締まった空気の中、静かな川沿いの並木と、涼風の中をゆっくりのペースで駆けていく。
しばらく進むと、広告に書かれた病院の横を通る。
近づくと正門は閉まっているが、横に通用門が開き、法被を着た大柄の男が立っていた。その横に『なつかしの骨董市』と書かれた看板がある。
「いつもの守衛はいないようだな」
ほんの気まぐれだった。
社長は、ジョギングの中間点でもあり休憩のついでに寄ってみた。
法被を着た男は、禿頭に鼻が上を向いた、まさに豚面だ。なぜか風貌に合わない真珠の首飾りと、手首に数珠のアクセサリーを着けている。その男にチラシを見せると、何も言わず奥を指さした。
「無愛想だな……これで商売人なのか」
入ると、奥の小さな倉庫のような場所に、さらに看板がある。玄関の扉を開けると
「いらっしゃいませ! 広告はおもちですかニャ」
先程の豚男とは正反対に、元気な声で出て来きたのは同じ法被を着た少女だった。
なぜか、語尾にニャをつける少女は頭に猫耳、胸には大きな小判の飾りを着け、腰には大福帳を下げた、可愛いまねき猫娘、といった感じだ。
少女はチラシを確認すると
「お待ちしておりました。どうぞ、自慢の品を御覧くださいニャ」
愛らしく微笑で、中に案内された。
自慢と言うには、たいした物はない。普段目にするようなものばかりで、陶器や、日用品の類、奥の方にわずかに、古い家具、壺、掛け軸などがある程度で、ガラクタ市のようだ。
「今なら、ネットのフリーマケットなどで世界中の品物を簡単に売り買いできるのに。ここも、時代遅れの骨董市だな、借賃が安いから、こんな朝はやくに出店しているのだろう。客もいないし、すぐに潰れるな」
そう思いながら、ぶらぶらと見て回る。
客といえば、この病院の入院患者と思われる車椅子の少女と、隅で待っている看護師がいるだけだ。その少女は、骨董品が主流の中で、わずかに置いてある古本を見ていた。
社長は、つまらないと思いながらも、品物を見て回り、通路を回り込んだところで、本を見ている少女の前にきた。
少女は微笑むと
「おっ…おじさんも、こっ…骨董市の広告……きたのですか」
少し言葉が不自由で、障害があるのだろう。
「ええ、そうです。お嬢さんもですか」少女がうなずくと、社長は続けて
「古本もあるのですね。本が好きなのですか」
「はい……古い本……すきです」
「そうですか………どうして、古い本が好きなのですか」
話すこともなかったので、それとなく聞いてみた。
「はい……何十年も前に書いた人の気持ちが……今に伝わる。……私の中で、書いた人が…生き返っているような…気がするのです」
たどたどしく、話をする少女に
「そうですね。本には書いた人の気持ちが、写されていますからね」
相槌のように答えると、少女は。
「実は……私も小説を書いているのです」
少し照れたように言うと、社長は微笑んで
「そうですか、実は、僕は出版社の者なのです」
「ええ! ……すごい…」少女は羨望の眼差しで社長を見つめ
「だったら……私の書いた本……出版してほしいな……」
社長は笑って
「でも、出版するのは大変なんだよ。小説家になるのも大変だし、なってからも大変だし」
「そうでしょうね………わたしなんか…才能ないし……たくさん書くこともできないし」
寂しそうにする少女に
「いや、そんなことはないよ、だれにでも可能性は秘めているさ」
先日のプレゼンと真逆なことを言ったと思った。
社長の尺度からすると、少女は決して優秀とは言えない、潰れる側の個人商店だ。自分で言っておいて、病気の少女への、無責任で安易な慰めだと思った。
しかし、少女は見透かしたように、苦笑いしながら
「ありがとう、おじさん……でも、私は……多分一冊の本しか書けない……でも、いつか、誰かが読んでくれたら……その人の中で、私は生き返る」
どことなく虚ろな表情で話す、あえかない少女。重い病気なのだろうか、先のない言い方をする。
「それなら、その小説ができたら是非みせてください」
思わず、流れで言ってしまった。
「ほんとですか! 私……頑張ります! うれしいです……おじさんに読んでもらえるだけで……十分です」
屈託のない笑顔の少女を見ると、話の流れとはいえ、小説を書くことが生きる力になってくれたらいいと思った。そう思うと、この辛い境遇の娘(こ)がどんな物語を語ってくれるのだろうと、にわかに興味がでてきた。
そのとき、部屋の隅で待っていた看護師が寄ってきて
「そろそろ、帰りましょう。お薬の時間です」
少女は名残惜しそうにする。
そんな少女を見て、社長は
「そうだ。今度、病院に会いに行きますから、お名前と病室を教えてくれませんか」
それは、少女へのいたわりもあるが、どこか初心に戻ったようで、単純に(この人の本を読みたい)そんな純粋な気持ちだった。
少女は猫娘からメモを借りると、不自由な手で病室の番号を書いて社長にわたし、笑顔で挨拶して出て行った。手も不自由で、名前まで書けないらしいが、病室がわかればなんとかなる。
少女が帰ったあと、見覚えのある棚が目に入った。
「これは! 」
それは、以前コーヒーショップを開いたときに、店に置いていた棚だ。中には、当時のままの食器が並んでいる。
「借金のかたに、差し押さえられたものだ」
持ち運ばれたときの辛さは、今でも忘れられない。
安く、良いものをと、知人や骨董店も回って、苦労して揃えたコーヒーカップや皿に道具を集め、希望を抱いて店を開いた。
カップひとつ、ひとつに、心を込めてコーヒーを入れて客に出した時の思い出が蘇り、涙が出てきそうだった。
社長は猫娘に
「これはどうやって、手にいれたのですか」
「わかりません。私は、ただ売るだけなのですニャ」
「……そうですか、ちなみに、いくらですか」
猫娘は、腰に下げた大福帳をめくり、品物の番号と照合すると
「八百万円ですニャ」
「八百万円! 」
こともなげに言う猫娘に、社長は半ば呆れながら
「それはあんまりじゃないか。中身を全部合わせても五十万円にもならない。しかも、傷ついた食器棚だし、カップも良い物だが特に有名銘柄ではないのに」
問いただしても、拉致があかない。
何れにせよ今買うこともできないし、買う必然もないので、とりあえず引き下がることにした。
しかし、懐かしい思い出とともにも、あの頃に思い描いていた、心を込めた物で他人に喜んでもらいたい、純真な気持ちが蘇ってくる。
そこで、これから立ち上げようとするプロジェクトを思い起こし
「これで、いいのだろうか……」
しばらく眺めていると、蛍の光が流れはじめ、閉店のようだ。仕方なく、帰ろうとすると、先程の少女が見ていた本が目に入ったので取ってみた。
その本について猫娘に聞くと、大福帳を見ながら
「えっと……脊髄小脳変性症の少女が、その生涯をかけて書き上げた一冊の本、とのことですニャ」
「脊髄小脳変性症? 」
「小脳、脳幹、脊髄が障害を受け、運動機能や言語が低下する難病ですニャ」
猫娘の説明を聞くと
「先程の少女も似たような症状だ……」
猫娘は、含みのある笑顔でうなずいた。
値段を聞くと、五百円だった。
先程の家具などとは桁違いに安く、まさに古本だ。訳を聞いても、やはり猫娘はわからない、とのことだ。
しかも、持っていた小銭とピッタリの金額だったので、社長は思わず買って帰った。
◇魂とAI
家に帰って本を開く……
「一人の少女の闘病記。この本の作者は、生涯で一冊の本しか書けなかった……いや、一冊の本を書き上げた」
生涯かけて一冊の本を残している例は、他にも多々ある。この少女の本も同じで、それらの物語は、作者の生きる全て、魂なのだろう。
読んでいる間、その少女の人生を共有し、自分の心の中で少女は生きている。感動し、泣き、笑い、恋もして、作者は語ってくれる。
「小説とは、いったい何なのだ」
社長は、わからなくなってきた。
芸術は飽和状態と言われている。それは、小説に限ったことではない、音楽、美術、演劇、どれも今や既視感は拭えない。
人間の脳が感動し、心地よく感じることに大きな違いはない、それらは既に出し尽くされている。
この世界には、そういった書物が一生かけても読みきれないほど溢れている、このうえ小説を作る必要があるのか………
時代は変わる。
一方、人の感性は、脳のDNAを書き換えない限り、基本的な部分は変わらないだろう。
翌日、病院に骨董市のことを聞いたが、そのような骨董市は開かれていない、とのことだった。
ついでに、少女の病室を聞くと、先月まで入院し、若くして亡くなった脊髄小脳変性症の少女がいたらしい。さらに、その娘の名を聞いて耳を疑った
それは、今手にしている本の作者だ………
生涯で一冊の本を書き上げ、その小説の中で少女は、生きている。
自分が立ち上げた次世代小説研究社のプロジェクトは、こういった小説をどう扱うのか………
心の何処かでつぶやく声がする
「このプロジェクトは意味のあるものなのか、本当に必要性があるのか」
社長は最後のページに栞を挟み、本を閉じた。
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