第11話 孤高の豚
険しい山奥の秘境
人間界と隔絶され魔獣も出没する魔境に、数百年の昔から続く、落ち武者の部落があった。
村に通じる道は、幾重もの結界が張られ、外界とは特定の者しか行き来できない。
戦国時代の合戦に破れた武者達が、人の世界からも隔絶されたこの場所に逃げのび、隠れ住んだ落人部落。
その村に、豚の容姿の男が住んでいた。
人間の体つきだが、太った体に太い首、髪の毛がなく、大きな鼻が上を向き、まさに豚面で、声も豚の鳴き声しか出ない。例えると、西遊記に出てくる猪八戒と言ったところか。
かつて、村に迷い込んだ妊婦が豚のような男子を産み、すぐに行方知れずとなった。村人は親の祟(たたり)が子に報い、化豚が生まれたと噂して、忌み嫌っている。
「ブゥ、ブゥ! 」
(どうして、俺は人間の声が出ないんだ。どうして、こんな豚みたいな顔なんだ)
意識は人間だが豚声しか出ない。
子供の頃から化物扱いされ、罵られ、いじめられ、豚小屋に住み、名もなく、豚男(ぶたお)と呼ばれて蔑まされた。
汚物の後始末や、重労働の仕事をさせられ、辛いことしかない生活。
そんな自分の境遇を呪ったが………豚男は生きた。
◇魔獣退治
成長すると、幼少の頃から豚男をいじめていた筆頭でもある、村長の放蕩息子の発案で、豚男にある仕事が与えられた。
―魔獣退治―
黄泉の世界から現れる魔獣は農作物を荒らし、場合によっては人間も襲う。
昔から村人数人が交代で退治していたのだが、その過酷で、危ない作業を豚男に一手に任した、というか押し付けたのだ。
村の外に追いやられ、何の助けもない。
豚男は手製の石斧や、棒のような剣、廃材の板を張り合わせただけの盾や兜を作り、一人で戦い、自身を守っていた。
魔獣は倒すと、ひどい匂いがする。食用にもならないので、倒した魔獣は村から離れた場所で焼却するのだが、そんな汚れ仕事もさせられていた。
豚男は一人、健気に村のために戦った。
こんな醜い自分は、他の人里には行けない。
そもそも結界があり、外界に行くことはできない、この村だけが生きていける場所なのだ。
そんな豚男の食事は、村人の残飯をバケツに入れたものが、豚男の小屋の横にあるゴミ捨て場に置かれ、それを食べていた。
村人は番犬に餌を与えているような、つもりだろう。
豚男はハエのたかるバケツに入った残飯を取りに行くと、中身を見て
(おお! 今日は肉が入ってる……でも気をつけないと)
残飯は腐っているものが多く、何度もお腹を壊し一人苦しんだ。
食べられそうな部分だけをより分け、火を焚き一度煮沸してから食べる。
もとは美味しい料理かもしれないが、ゴミとして混ざり合い、どろどろで形はなくなり、味などあったものではない、まさに家畜の餌だ。
◇
魔獣は昼、夜となく出没する。
村の要所に張り巡らした鳴子がなると、豚男は手製の武器を持ち、魔獣退治に出かける。
魔獣は大きな狼のような獣、猿のような手を使う獣もいる。最近は、鋭い牙のある獣や、棒のような武器を持つ獣まで出てきた。最初の頃の豚男は傷が絶えなかったが、数年来の戦で強くなり、今は余裕で倒している。
ただ、事態は豚男や村人が思っているほど、甘くなかった。
一人で戦う豚男は、数匹で出没する魔獣を全て退治できず、逃げ帰る魔獣も多い。
以前は村人で確実に全滅させていたが、逃げ帰った魔獣は学習し、その後、思いがけない行動にでることになる。
◇村娘
そんな豚男に、最近、病気の母と二人暮らしの娘が時々訪ねてくるようになった。
「豚男さん。お願いします」
籠を背負った娘が、豚男の小屋の外から声をかけると。
「ブブーー」
豚男は山に入る支度をして出てくる。
娘は、病気の母のための薬草を取りに山に行きたい、というので豚男が護衛しているのだった。
山道を豚男が先に歩き、後ろに娘が付いていく。最初は豚男を怖がっていたが、最近は少し慣れてきたのか、たまに娘は豚男に話しかけることもあった。
「私、この村の守り神の
そう言って、首に下げている村の守り神の天成天女の木彫り像を見せた。
言葉を出せない豚男は無愛想に見えるが、話しはしっかり聞いている。
願い………
そう言えば自分に願いがあるのだろうか。
考えていると、村の中で子供たちが遊ぶ姿や、親子連れを思い出した。娘が来るようになって、自分も嫁をもらい、家族を持ちたいと思ったが
(俺に結婚など、できないだろう)そう思って、ふと後ろを歩く娘をみると
(この娘と………)
すぐに、頭を振って
(何を馬鹿なことを! こんな醜い俺に、娘がなびくこともあるまい。娘が来たからと言って、いい気になるな! )
そう言い聞かせて、山道を進んだ。
ただ、娘の持っていた天成天女の像に、豚男もあやかろうと思い、手掘りで天成天女の小さな像を彫ってみた。
頭と胴体だけのコケシのような、単純で
その後も、時々娘と森に行き、たまに魔獣が出ても豚男は容易に駆逐した。
しかし、その日は違った。
「キャーーーー」
後ろを歩く娘から悲鳴が聞こえた。
(しまった! )
豚男は裏をかかれた。
魔獣は二人が通り過ぎるまで息を潜め、背後から娘の方を襲ったのだ。
豚男が飛び込んで娘をかばい魔獣の牙が突き刺さったが、娘も深手を負った。
「ブヒーーー! 」
激痛に耐えながら、なんとか、はねのけた。
(後ろから攻めてくるとは、あきらかに知能的になっている)
にらみ合う豚と魔獣、体格は豚の二倍はあるが、落ち着いて手製の剣を正眼に構える。
剣術など習ったことはないが、幾度とない魔物との戦いで、自然と戦い方は身についた。
こうなれば、傷を負っても豚男は強い、襲いかかる魔獣を一撃で倒した。
しかし、倒れた娘の傷は深く、豚男は自分の失態を悔いながら、気を失っている娘を抱えて村に走った。
(俺のせいだ……娘だけでも)
豚男自身も傷を負っている。時々視野がぼやけるが、必死で走った。
なんとか村のはずれに立つ御神木の前まで来たが、これ以上歩けず、娘を抱えたまま倒れた
しかも、村人の姿がない。
(早くしないと、この娘が)
立つことのできない豚男は祈るしかなかった。
(天成天女様、どうか、この娘を……)
◇
しばらくすると御神木から、かすかに声がする。
次第にその声は、はっきりと女性の声とわかるようになる。
「哀れな豚よ……」
あたりを見ると娘の天成天女の像が輝き、その上の御神木の梢の間からゆっくりと人の姿が降りてくる。
光の衣を玲々とゆらし、せせらぎのように揺らぐ黒髪、おだやかで慈愛に満ちた瞳、この世のものと思えぬ妖艶で荘厳な女神に、豚男はしばし見惚れたあと
「ブヒブヒーー!(天成天女様! )」
思わず地面に平伏した。
天女は豚男を優しく見下ろし
「この娘は私をいつも崇めています。豚男よ、よくぞ娘をつれてきてくれました。もう娘は大丈夫です」
見ると娘の傷は治っている。豚男は感激して
「ブブブブーーー!(ありがとうございます! )」
神々しい天成天女に、豚男は血がにじむほど地面に額をつけてひれ伏している。
さらに、天女は
「豚男よ。お前はいつも一人で村を守っています。それに報いることにしましょう」
さっと、天女が両手を広げると、光が一瞬豚男を包み
「お前に、人間の言葉を一度だけ話すことができる秘術を授けます。さらに、お前が言った言葉を相手は、そのまま受け入れるでしょう」
つまり『結婚してください』と言えば、その娘は結婚してくれるのだ。
豚男が恐る恐る顔をあげると、天成天女は微笑んで消え去った。
◇
豚男は唖然としている。
(夢だろうか……)
しかし、娘も豚男の傷も癒えている、夢ではない。
天成天女から授かった秘術、この娘に言え、ということだろう。半信半疑だが、この娘を嫁にできる。
豚男の胸が高鳴った。
しばらくして娘は気がついた。
すると、豚男の腕に抱えられていることに気づいた娘は、恐怖の顔で暴れだし、逃げるように豚男の腕から逃れて、うずくまる。
娘は真っ青な表情で豚男を見て
「私に………なにかしたの」
震えながら言う娘に、豚男は大きく首を横に振る。
(どうやら、俺に好意など、ないのだな)
豚男は落胆し
(薬草を取りに行くため、俺と一緒にいることを我慢していたのか。そういえば、娘は俺の手の届く範囲に近づいたことはなかった)
豚男は、身の程知らずな思い込みを恥じるとともに、真っ青な表情で震えている娘に、あの言葉は言えなかった。
しばらくして、なぜか村長の息子が数人の取り巻きをつれて、村から出てきた。
「天成天女様の御神木の前に豚男がいるとは。お前のような、穢れた者が来る場所ではない、すぐに立ち去れ! 」
豚男が後に下がると、村長の息子は娘に向かって
「おい。今日は採れたのか」
どうやら娘に用があるようだ。娘は小さな声で
「はい……」
答える娘に、豚男はどういうことかと思った。
村長の息子がなぜ娘の薬草のことを知っているのか。すると村長の息子は豚男に気づくと
「まだ居たのか……」
蔑むように言うと、唖然としている豚男をあざ笑いながら
「この娘は、今度、俺の五番目の嫁になるんだ。ひょっとして、お前、この娘が気に入ったりしてないだろうな」
自慢気に娘の肩をだきよせ、にやけた目で豚男を見下し、豚男は胸が詰まった。
「どちらにしろ、お前みたいな豚に、まともな嫁など来るわけないがな。メス豚でも相手にしときな」
馬鹿にする村長の息子に何も言えない。下手に逆らえば、この村に居られなくなるだろう。
(しかし、嫁にする相手に、なぜ魔獣の山に行かせるような、危険なことをさせるのだ)
豚男が
それを見た豚男は驚いた。
(あれは麻薬草! いつのまに! )
娘は豚男の目を盗んで、麻薬草も摘んでいたのだ。おそらく、村長の息子に強制されたのだろう。
村長の息子は
「よし、いいぞ」
満足そうに笑って手に取ると娘のことは放って、さっさと村の中に戻り、娘も逃げるように村長の息子を追いかけていく。
豚男は呆然と、その場に立ち尽くした。
しばらくして、村の中から娘の泣く声が小さく聞こえる。
「もう嫌です! あの、豚男は嫌です、お願いです……」
豚男は、うなだれて自分の小屋に戻った。
◇
再び豚男はいつもの生活に戻った。
村を覗くと、楽しそうに生活する村人。あの娘もたまに見るが、村長の息子と結婚したようだ、豚男はこれでよかったと思っている。
(俺より、村長の息子の方が良い暮らしができるだろう)
ただ、周囲の魔獣に異変が起きていた。
この一ケ月、出没しないのだ。
(魔獣は確実に強くなっている、知能的な戦術もする。もう、俺だけでは村を守りきれないかもしれない………)
豚男は、そのことを村に伝えようとするが、誰も相手にされない。
豚男は途方に暮れ、なす術が思いつかない。
とにかく豚男は毎日、木の上に作った展望台で周囲を警戒した。
◇死 闘
数日後の夕暮れ
遠くの山に魔物が集結するのを見つけた。
(大変だ、今夜襲ってくる! 村人を、避難させなくては)
豚男は村に向かったが、夕餉の時間で豚男と知って誰も出てこない。
(説得する時間はない、俺がなんとかするしかない)
直ぐに自分の小屋に戻り、これまで蓄えていた斧、槍、盾など武器になるもの全てを身体中で担いだ、まるでハリネズミのような姿だ。
豚男は村から離れた魔獣が通るであろう、狭隘な谷地に陣取った。
広い場所で戦えば、囲まれて一度に攻撃され、背中を守ってくれる者はいない。できれば、罠を仕掛けたいが、時間もない。
(ここで、迎え討つしかない)
闇の先から大群のうごめく音がする。
しばらくして、前方の道を塞ぐように魔獣が現れた。
これまで見たことのない数だ。
豚男は息をのみ、心臓が高なり、手に汗がにじみ出る。
にらみ合いは一瞬だった。地鳴りとともに、魔獣が襲い掛かる。
豚は戦った。
死に物狂いで戦った。
剣は折れ、兜は割れ、牙は刺さり、鮮血は目を塞ぐ。
豚は容赦なく襲い掛かる魔獣に立ち向かい、一歩も引かない。
斧を振り、拳を撃ち放つ。
息は切れ、筋肉は弛緩する。手当たり次第に魔獣を倒していくが、きりがない。
次第に押される豚男は、最後に平地にころげ出され、数匹の魔獣が襲いかかるが、かなり傷を負ったものの、なんとか雑魚の魔獣は殲滅した。
ただ、最後に残ったのは、これまで見たことがない、立ち上がると豚男の数倍はある体に、大きな爪と牙を持つ怪物の親玉だ。これが村を襲えば、皆殺しにされるのは間違いない。
しかし、最後の大物を前に豚は限界だった、立っているのもやっとだ。
しかも、手に得物はない。
(刺し違えるしかない)
武器のない豚は、相手の懐に入って、自身の拳による素手の攻撃のみだ。
しかも、手の届く間合いに入るには、あの爪と牙の攻撃を覚悟しなくてはならない、その反撃を受ける盾や防護は既になく、あの牙と爪を体で受けることになる。
ここで逃げてもいい、だが、村は全滅する。
豚は「ブー」とため息をついた後
(これは、死ぬな……)
もはや生還はないものと覚悟した。
暖かい家庭を夢見た豚だが、そのかなわぬ願いを、帰ることのできない村の風景を一瞬思い浮かべたあと、これまで生きてきた全てを捨て、眼前の敵に傾注する。
豚は躊躇しなかった。
「ブブブー!」
雄叫びをあげ、突貫する豚
相手の魔獣も、その狂気のさたに、容赦なく剣のような爪を突き刺す。
思えば幸薄い、どころか幸のない一生だった。死ぬためだけに生まれた家畜。
しかし、笑って最後を迎えようと思った。
(そういえば、これまで笑った記憶がない。笑ってみたい……。たとえ嘘の笑いでも、こんな豚のような俺でも、それくらいのことは、天女様も許してくださるだろう)
死ぬことだけが、他の者と平等に与えられた定め
(俺も人間だ)
容赦なく魔獣の爪と牙が突き刺さるが、豚は鬼神の形相で強引に魔獣に肉薄し、鍛え抜き鉄と化した
尖鋭の一撃 !
執念の拍撃 !
その斬撃は、相手の急所を見事に貫いた!
月白の夜空に、
豚は守り抜き、力尽き、倒れた。
誰も知りはしない、誰も認めてはくれない、誰もほめてはくれない。
豚の守りぬいた村は、その脅威を全く知らず今後も平穏に暮らすだろう。
◇
地面に仰向けに倒れて動けない豚
朦朧とする意識、瞳にうつる最後の夜空を見上げていると、天空から一筋の光。
それはゆっくりと近づき、艶やかな天成天女の姿となる。
「おろかな豚よ、命を賭してまで、なぜにそこまでするのです」
豚は、薄れゆく意識の中で、その穏やかな声を聞きながら笑顔を作った。
何も答えない豚男に天女は?
「娘に言わなかったのですね」
豚はうなずいた。
「魔法や、他の力で、無理やり気持ちを変えさたくなかったのですね」
再び豚はうなずいた。
「あの術ですが実は完全にしていないのです。数日で効果は切れ、その思いが本心にならなければ、元に戻ります。私も、人の本心を捻じ曲げるようなやり方は意にそいません、少しでもその気があれば叶う魔法なのです」
豚は、悔しくうなずき、涙がこぼれおちる。しかし、口元の笑顔はくずさない。
「哀れな豚よ、お前の優しい性格を私は知っています。お前は健気によく戦いました、もはや勇者です。お前の御霊は、アマテラスに申して、天界の高天ケ原に送りましょう」
(そうですか………でも薄情な天女様だ。なぜに最初から村を助けてくれぬ)
天成天女は豚男の心の声が聞こえるようで
「私は、この世界の神ではありません。そもそも、落人の民はこの世界の神に見捨てられ、戦いに破れた者達。その落ち武者が別世界の神に救いを求め、神木を通じて、なんとか私と通じているのです。ここの世界の神の手前、私も派手に振る舞えません、ほんの少し手を差し伸べることしかできないのです」
沈んだ声で答えると、納得した豚男はうなずいたあと
(天女様、私は人間なのですか、豚なのですか)
「あなたは、人間ですよ」
やさしく言う天女に
(そうですか……それなら)豚男は天成天女を仰ぎ見て。
『結婚してください』
…………へぇ!
一瞬、絶句した天女
「えっ! ええーーーー! 」思わず叫び
「わっ……わたしに、それを言うかーー! 」
天成天女は真っ青な表情になってうずくまり
「無理やりはだめなはず! 」
しかし、すでに天女は豚男の声を聞いている。
「どうせ数日で効果は切れるし。そもそも、結婚したくなければ、効かないはず! 効かないはずでしょー! 」
自問自答しながらも、次に出る言葉を必死で押えているが、抗えない。
最後は豚男の前で姿勢をただし正座すると、三つ指をついて
「わかりました。不束者ですが、どうか末永く……」
豚男も驚いた、まさか天女が聞き入れるとは。
しかし、豚はわずかに笑みを浮かべ、命尽きようとしている。
それを見た天成天女はあわてて
「あああ! 豚男! このまま死んだら私はいきなり未亡人じゃない! 死なせるものですか! 」
天成天女は自分の持てる秘術を駆使して、豚男を蘇生させた。
その後、魔法の効果は切れたはずなのに、天女と豚男は結婚して幸せに暮らした………? とのこと。
◇ 高天ケ原、豚男の家
猫娘と黒ウサが、高天ヶ原のはずれにある豚男の家にやってきた。
ボロボロの小屋のような家と、その周りには鶏や牛、ヤギなどが放し飼いになっている。
奥には、自分たちで食べる程度の畑があり、あたりを、数人の子どもが駆けずり回っている。
「ねこ来た! 」
「うさぎも! 」
すると、奥から大きなお腹の天女が、繕いだらけの割烹着姿で出てくる。
「あら猫ちゃん! いつも、主人の豚男がお世話になっています」
頭を下げる天女に、猫娘は両手を出して制しながら
「そんなー! 天成天女様が恐れ多い! 」
「何をおっしゃいます。骨董市では豚男の上司、店長様ですから。無愛想で力しか取り柄のない夫を雇っていただいて、豚男共々感謝しています」
「いえいえ、私などアルバイトの雇われ店長、こちらこそお世話になっています……ところで豚男は」
「うちの旦那。今、人間界に出稼ぎに行ってるの。五人目の子供がもうすぐ生まれるので張り切っているようですよ」
微笑みながら自分の大きなお腹をさすっている。
「そうですか、豚男は天女様が臨月の間は、奥さんのための産休にしますので、養生してくださいニャ。骨董市は黒ウサに手伝ってもらいますから」
「すみませんね、猫ちゃん、それに黒ウサさん」
「いえいえ」
黒ウサも頭を下げると、子どもたちと遊んで、豚男の家をあとにした。
◇
帰り道、黒ウサは
「豚男にはもったいないというか、過ぎた麗人だよな。しかも天成天女と言えば、天界の三大美神の一人、しかも美しいだけでなく、別次元の天界、
猫娘も首をかしげる。どうも、天界の七不思議の一つらしい。
「しかし、本来なら天成天女様の創世神界で豪華な生活ができるのに」
「まあ、創世神界の方は妹に任せているみたいだし、二人には考えがあるのでしょ。それに天女様、豚男と結婚する前の創生神界で会ったときは、神々しくて近寄り難たかったけど、今は子供達と笑ったり、叱ったり、のびのびして楽しそう。私も、あんな家族をもちたいニャ」
猫娘が言うと、黒ウサは、少しぎこちない調子で
「猫娘は、そのー……結婚したい相手とか……いるのか」
「いるわけないニャ。そんなことより、早く借金を返さないと」
即答した猫娘に、黒ウサは嬉しそうに
「そうだな、次の南の島の骨董市。ゼニガメと手伝ってやるよ」
「ああ、たのむニャ」
振り返ると、天成天女と子どもたちが手を振っているのが見える。
それは、あの村で豚男が願い、守りぬこうとした、光景なのだろう。
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