第10話 南の島の骨董市(戦下の猫娘)

 七十年前、太平洋戦争末期

 猫娘は行商のため、貨物船でとある南の離島にきました。


 そこは、昔から猫が多く住む島で、猫を守り神としてまつり大切にしているのです。それもあって、猫娘は戦前から、この島に来るようになっていました。

 そのころの猫娘は、一人で自分の身体より大きな籠を背負い、繕いだらけの着物にモンペ姿で、骨董品や日用品を売り歩いています。


 猫娘は船上から近づく島を見つめ

(最近は、戦争も激しくなって全然売れない。鉄製品は軍備に使うと言われて没収されたし。花瓶や、小さな食器くらいしか残ってない。高天ケ原の蔵は、戦争中は無くなったり壊れたりするからと、売れそうな品物が出てこない。また、営業成績ゼロ、早く戦争が終わらないかニャ)

 ぼやくように呟きます。


 船が島に到着すると、猫娘は大きな籠を背負って波止場の先の村に向かいました。

 村の入口の道端に籠をおろし、風呂敷を広げて品物を並べます。角のかけた茶碗などの食器や、雑貨、一輪挿しの花瓶などで、一見すると、どこかで拾ってきたような物ばかりです。


 広げた品物を前にして、お客を待ちますが、人通りは少なく、たまに見かける人はいても、たいていは通り過ぎていきます。あくびをしながら、ぼんやりと海を眺めていると。

「おや、猫娘の行商人さん。また来たのね」

 幼い子を連れた母親が声をかけてきました。


「これは、小春おばさん。その子、この前来たときは、抱っこされてたのに……もう歩けるニャ」

 子供は二歳ほどでしょうか、猫娘が笑顔で話します。小春おばさんは、置いてある品物をみて。

「売れないようね」

「そうですニャ」


 力なく答えた猫娘は、戦時中なので高価な骨董品は売れないため、生活に使う品を安く売って、猫娘自身の食費にもしていました。

 小春おばさんは、並べた品物を見渡し


「それじゃあ、この子が自分で食事できるよう、猫の絵の入った子供用のレンゲを買おうかな」

「ありがとうございます! これは、ニ十銭ですニャ」


 猫娘は笑顔で答えて、新聞紙で包もうとしましたが、小春おばさんは包まずに受け取り、子供にわたしました。

 子供はうれしそうに握りしめると、振り回したり、なめたりしています。


「この子が初めて、自分の手で握った食器だよ」

 小春おばさんが言うと、猫娘も子供の様子を微笑んで見つめ


「実は、お金がなくて困っていました。本当にありがとうございますニャ」

 その日売れたのは、小春おばさんが買ってくれたレンゲだけでしたが、二十銭で、カンパンを買うことができました。

 ちなみに、夜は猫神社の社の中で勝手に野宿しています。


 翌日も道端で、露店をひらいていると、小春おばさんがきて

「この子、昨日買ったレンゲで、初めて自分で食べたのよ。今まで嫌がっていたのに、このレンゲだけはいつも持ってるの」

「それは、気に入ってもらえて、嬉しいですニャ」

 猫娘と小春おばさんは、レンゲを持って離さない子供を微笑んで見ています。


 そのとき突然、空襲警報が鳴り響きました。

 猫娘はどこに逃げようかと、おろおろしていると、小春おばさんが

「こっちにおいで」

「はっ……はいニャ」


 猫娘が品物を片付けようとすると、飛行機の爆音が聞こえます

「早く、品物は置いてきなさい! 」

「でも、これは大切な商売の品です。なくなったら、食べて行けなくなりますニャ」

 泣きそうな猫娘に


「命が大事でしょ。早く!」

 猫娘は小春おばさんに引っ張られ、山のふもとの防空壕に隠れましたが、おばさんは、家に寄ってくると言って、子供を猫娘にあずけて出ていきました。


 猫娘を始め村人達は戦闘機が頭上を飛ぶ大きな爆音と、機銃掃射の音を震えながら聞いていました。

 それに、出ていった小春おばさんも心配です。


 飛行機が去ってから港に戻ると、乗ってきた船が標的になったようで、ボロボロになっていました。幸い爆弾は落とされなかったようで、村は無事でした。

 猫娘のいた場所にも流れ弾が飛んできたようで、弾痕があり、品物はありません。


 猫娘は、為す術がなく茫然としていると

「可愛い行商人さん、これでしょ」


 小春おばさんが、猫娘の持ってきた背負い籠を持ってきたのです。

「おばさん!」

 猫娘は驚いています。

 品物は無事でしたが、猫娘はそんなことより


「空襲の中を、危ないですニャ! 」

「大丈夫、私は大人だから」

「そんなー、もう骨董品はいらないから」

 猫娘は涙ながらに、言います。


「それより、この島も戦場になるそうなの。村人は明日くる輸送船で本土に逃げることになったから、一緒に行きましょう」

「わかりました。ここも戦場になるのですか……でも野良猫までは無理でしょうニャ」

 猫娘は、周りの猫を見ながら寂しそうにうなずきました。


 翌日の朝、他の離島からも避難する人達を乗せた輸送船が寄港し、村人もこの船に乗ることになりましたが、猫娘は嫌な予感がします。


(この船は、途中で潜水艦の攻撃で沈む)


 神に近い存在だから分ることでしょう。ただし、猫娘はそのことは言えません。

 アマテラスから、未来予知で直接助けてはいけないと、厳命されているのです。それは、歴史をねじ曲げることで、特定の人を助ければ、助けられなかった人はどう思うでしょう、依怙贔屓えこひいきする神を恨むかもしれません。


 かといって、船に乗らず村に残っていたとしても、ここが戦場になり多くの犠牲者が出るのは間違いありません。

 猫娘が悩んでいると、港に一隻の軍艦が入港してきました。


 猫娘はその船を見て

「あの船は、もしや……」

 桟橋でその船を見て、まさかと思いました。


「駆逐艦、雪風!」


 常に最前線に出撃し、終戦まで生き残った、神宿るとも言われた駆逐艦。

 呉の港に整備に帰る途中に、たまたま立ち寄ったらしいのです。


(あの船は、沈まない! )


 雪風は、太平洋戦争の最初から主な海戦に出撃して戦っただけでなく、撃沈された船の乗員や、漂流している人、危険な撤退作戦で兵士を数知れず救助し。終戦後は、動く船が少ないため、日本と戦地を休みなく往復し、復員兵を故郷に送り届けました。


 でも、この船が沈まないことも話せません。もっとも、そんなことを言っても、今の村人は信じないでしょうが。


(なんとか、村人を雪風に乗るように仕向けなければ。それだけでなく、今寄港している輸送船の人達も、雪風に乗るべきだ)


 猫娘は、歴史に手を加えるなという、アマテラスの厳命もあり、グレーゾーンで勝負することにしました。

 猫娘は夜、密かに輸送船に忍び込み、輸送船の機関部を壊し、船が出港できなくして、全員が雪風に乗るように仕向けようと考えたのです。


 猫の頃の身のこなしが出来るので、音もなく船に飛び移り、機関部に入りましたが、どこを壊せばいいか分かりません。


 適当に、機関部の管を外すと蒸気が吹き出し、そこに船員が駆けつけ、あっけなく猫娘は捕まり、敵の工作員かスパイ容疑がかけられて、村の駐在所の牢屋に入れられました。


 国家反逆のスパイはかなり罪が重く、このまま置き去りにされることになったのです。


 殴られて顔を晴らした猫娘を、村の人は哀れに思い、小春おばさんが食事を持ってきました。

 猫娘は殴られたことよりも


「あの船の出港を止められなかった………」悔しそうに拳を握る猫娘は、続けて

「お願いです、村の人だけでも雪風に乗ってほしいニャ」


 涙ながらに訴える猫娘に、小春おばさんは不思議そうに

「どうして、雪風なの」

「………」

 理由まで言うことはできません。


「お願いニャ……」懇願するしかできない猫娘。

 あとは村人の判断……いや運命なのでしょう。

 すると、小春おばさんが


「猫はこの島の守り神、猫神様のお使いのような猫娘ちゃんの言うことだし。村の人に話してみましょう。それに、私達はこの島以外に行く宛もないから、どこでも同じだし」

 猫娘は、ここが猫の島でよかったと思いました。


 とにかく、話を聞いてくれた小春おばさんに、猫娘は腫れた目で笑顔を作って、うなずきます。

 その後、島の代表が呉に向かいたいと話して、なんとか雪風に乗ることになりました。


 出港直前、牢屋で寝ている猫娘に小春おばさんが、食事をもってくると。

「一緒に行けなくて、ごめんね。レンゲ大切にするから」

 猫娘は、努めて笑顔で


「あまり私と一緒にいると、小春おばさんも疑われる。早く行くニャ」

 小春おばさんは、俯いて去っていきました。


 牢屋の窓から、雪風が出港するのを見届けると、小春おばさんの食事に手を付けました。すると、おにぎりの中に硬いものが入っています。


「鍵……」

 小春おばさんは、ひそかに牢屋の鍵を入れてくれたのです。

 駐在所の人も許可してくれたのでしょう、猫娘はありがたく握りしめると、牢屋から抜け出しました。


 しかし、今の猫娘が高天ケ原に帰るには、一度本州の高千穂峰に行かねばなりませが、海を渡る霊力はありません。


 島の猫と一緒に山に隠れようと、猫神社に向かう途中、海を見渡せる高台から水平線に向かう雪風の船影が見えました。


「これで少なくとも、村人は助かる。でも、輸送船の人達は……」胸が痛みます。


 何とかできなかったのか……自分が神に近い存在で、先のことが予知できるために、かえって辛い思いをするのだと思いました。

「それに、今回のことはアマテラス様には内緒にしておかなくては……」


「なにを、内緒かなーーー」


 だれもいないはずの村ですが、突然後ろで、聞き覚えのある声がします。恐る恐る振り返ると


「アマテラス様! 」


 艶やかな羽衣をまとったアマテラスが、含みのある笑みを浮かべて立っています。


「あの……その……」

 しどろもどろですが、アマテラスはそんな猫娘にかまわず、海の方を見つめて、どこか悲しげです。

 そして、独り言のように語り始めました。


「私は、その気になれば、この悲惨な戦争を止めることができたかもしれません。私は、それだけの神力を持っています。でも、力で世の趨勢を変えるのは、力の行使である戦争と同じだと思ったのです………」


 自分にも責任があるような言い方をするアマテラスは、そこで言葉を切り。やりきれない、といった表情で


「身銭を切ってお賽銭を捧げ、努力してささやかな願いを叶えようとする。あるいは救いを求める人に、手を差しのべるのが私達の役目なのです」

 最後はうつむいて、自分自身に諭すように語るアマテラスに、猫娘は


「救済は神の専売特許ではありません。人間にだって出来ますニャ! 」

 元気づけようとする猫娘に、アマテラスは顔をあげ


「ごめんなさい、つい愚痴を言ってしまいました。さあ、帰りますよ。もうすぐここも戦場になります。優秀で可愛い従業員を死なせるわけにいきません」


「はいニャ……できれば、野良猫も」

 アマテラスは、笑顔でうなずきました。


 そこで、ふと猫娘は

(ちょうど島の人が脱出するときに。しかも、こんな小さな離島に、かの雪風が寄港するなど、偶然にしては出来すぎている。まさか……)


 猫娘はアマテラスを見上げますが、アマテラスは島の方を向いて。

「ここは美しい島ね、砂浜もきれいだし。戦争が終わったら、みんなで海水浴に来ましょう」


 猫娘は笑顔になり

「ぜひ、来てくださいニャ! 」

 

◇村人の想い

       

 その後、雪風は無事に呉に到着しましたが、輸送船は猫娘の予想どおり撃沈され、多数の犠牲者がでました。

 その話を聞いた村人は、輸送船に乗っていた人を悼むとともに、猫娘に感謝しました。


 終戦後、村は壊滅状態でしたが、小春おばさんを始め、少しずつ村人が戻って復興を行いました。 


 村人を助けてくれた猫娘は、猫神様のお使いに違いないと思い、島民全員で猫娘を探しましたが見つかりません。


 ひどいことをされたので、もうここには来ないのか、死んだのか、猫娘を島に置き去りにしたことを、とても後悔しました。


 それから数年が過ぎて島の暮らしが安定すると、村人は猫娘を偲んで露店を開いていた道端に小さな石碑を建てました。


『猫娘の骨董市場』


 村人は、猫娘が露店を開いていた場所には、建物や店を出さないことに決めました。

 その翌日……



 石碑の前に、大きな籠を背負った少女がたっています。

 すぐに、村人達が集まると。


「ここで、骨董市をひらいてもいいですかニャ」


 笑顔の猫娘を、村人は大歓迎したのでした。


 <了>

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