第9話 南の島の骨董市(現在)

 南の小さな離島の海岸


 水平線に続く碧海の海、青空には真綿のような雲の流れが早く、真夏の陽射しが降り注いでいます。


 海辺に遊びに来ていた小学生の健太は砂浜の隅で、捨てられた茶碗やスプーンなど食器類が入った箱を拾いました。


「ゴミみたいだけど、いろいろ入ってるし。一応持って帰るか」

 そのとき、沖の方から漁船が戻ってくるのが見えました。


「お父さんだ!」


 健太が漁港に向かうと、お父さんが魚を一杯入れた籠を港にあげ、お母さんが台車に乗せて運んでいます。健太は船のそばに駆けていくと。


「なんだ、それは。また、ガラクタひろってきたな。お前も骨董市をひらくつもりか」

 お父さんは船の片付けをしながら、陽に焼けた顔から白い歯を出して笑っています。


「うん! それより今日、なつかしの骨董市が来るんだろ」


「ああ、お父さんとお母さんは、これから家に帰って準備するから。お前はフェリー乗り場に迎えに行け」

 健太はうれしそうに


「わかった! あの猫耳のお姉ちゃん、また来るかな」

「ああ、きっと来るだろう」


 健太は港のフェリー乗り場で船が来るのを待ちました。


 夕方、島の小さな港に、二日に一往復する定期便のフェリーが入港してきました。


 船から出てきたのは、小さな車が二台と、今は見られないボンネット・トラックが一台だけ。


 そのトラックに健太が手を振ると、窓があいて猫耳の娘が顔を出し、手を振ります。 


 トラックは、そのまま港の端にある公民館の前に停まり、健太のお父さんをはじめ、村の数人が集まってきました。


 トラックから降りてきたのは猫娘の他。フォーマルな装いで小奇麗にしている自称美少年の黒ウサ(ちなみに、兎(うさ)耳(みみ)を髪の中に折りたたんでいるのですが、たまに飛び出すようです)。


 トラックを運転していたのは、黒ウサの相棒で、小太りで白髪のヒゲに太いまつげ、まるで仙人のような銭亀という初老の男でした。


 村の代表が前に出て

「いらっしゃい、島の住人一同、心待ちにしていました」

「それは、うれしいです。私も、ここに来るのを楽しみにしてます。よろしくお願いしますニャ」


 猫娘が頭をさげると。黒ウサと銭亀も丁寧に挨拶をしました。


 周りを見ると、なぜか野良猫があつまってきました。港の周辺にも、たくさんの野良猫がいます。黒ウサが


「この島、やたら猫が多いな」

「ここは猫を大事にしている島で、猫神社もあるのニャ」


「それで、猫娘はよく来るんだな。いいな、自分の島みたいじゃないか」

「そういえば、兎がたくさんいる島に行ったことがあるニャ」


「マジか! 今度、教えてくれよ」

 猫娘は笑って、うなずきした。


 村長は、猫娘達を見渡して

「そういえば豚男さんは、いないのですか」

「実は豚男(ぶたお)の奥さんがもうすぐ出産で、代わりに、横にいる黒ウサと、銭亀に手伝いに来てもらいましたニャ」


「へえー、豚男さんには奥さんがいらっしゃったのですか」

 村人は意外そうに顔を見合わせると。黒ウサが


「それが、豚男には似合わない、別嬪さんで、子供も五人目なんですぜ」呆れたように言うと、みんな微笑んだ。 

 猫娘は続けて


「とりあえず、荷物をおろしますニャ」

 猫娘達はトラックの荷台から荷降ろしを始めます。健太の父親や、島の人も集まって、荷降ろしを手伝いました。


 荷物を公民館に入れ終わると、手伝ってくれた村の人達に

「ありがとうございます。陳列は明日の朝、私達でしますので、楽しみにしていてくださいニャ」


 黒ウサも並んで村の人に頭を下げると。終わるのを待ち構えたように健太がきて


「猫耳のお姉ちゃん。今回もぼくの家に泊まるのでしょ」

 健太に笑顔でうなずくと、次に父親に向かい


「またお世話になるニャ」

「なつかしの骨董市には大きな借りがあるし、女房も楽しみにしてるから、自分の家と思ってくつろいでください」


「ありがとうございますニャ」

 お礼を言うと、健太は猫娘と手をつないで家に向かいました。


 家に向かう途中、黒ウサは前を歩く猫娘に

「ここは、案内状なしで、だれでも来られるのか」


「そう、だれでも来られる。アマテラス様にも許可を得ているニャ」

「へえー、許可くれたんだ。あの、渋ちん、ババァが。俺にはいつも、あれはだめ、これはだめ、と言うくせに」


「それは、黒ウサが人を騙すような商売をするからニャ」

 猫娘が蔑むような目で黒ウサを見ると


「騙すとは人聞きの悪い。効果的な宣伝で消費意欲を向上させ、相手の財力を見て、適切な報酬を得ようとする。自由競争の民主主義的な商売をしているだけだ」と、悪びれなく言う黒ウサに


「効果的な宣伝?………誇大宣伝じゃないのかニャ」

 猫娘は上目遣いで黒ウサを見ると、焦ったように話題を変えます


「そ……それより、どうして許可してくれたんだ。猫の島だからか」

「そのことは、骨董市が終ればわかるニャ」なぜか、にやけながら言います。


「終われば? たとえ、誰でも来ていいことを許可しても、ここで、なつかしの骨董市が開かれることを、世間に知られるのは、まずいだろ」


「外に漏れれば、私達は二度と来ないことを村は知っている。それと、さっき健太のお父さんが言ったように、この村には大きな貸しがあるのニャ」


「貸しってなんだ」

「それは、秘密」

 笑ってとぼける猫娘に不満な黒ウサです。


 家に着くと、健太のお母さんが笑顔で出迎えてくれました。猫娘達も挨拶したあと、家を見渡し


「あれ、小春さんはどうしたニャ」

 すると、お母さんは、寂しそうな表情で

「昨年、亡くなりました」

「そうですか。それは……」


 猫娘も言葉がありません。お母さんは

「骨董市に行くことを楽しみしていたのですが、もう九十歳を超してましたから」


「そんなになりますか……小春さんには、以前から世話になりました。骨董市では一番にきて、一日中品物を見ていたのですニャ」

 寂しそうに偲んでいます。


 横で聞いていた健太は

「ねえ、お父さん。猫娘って小学五・六年生くらいと思ってたけど、曾(ひい)おばあちゃんの若い頃を知ってるの。だったら、何歳なの」


 お父さんは笑顔で健太の頭をなでて

「さあ、何歳だろうな。わしも、小さいころから知っている」


「そうなの! それじゃあ、猫神様のお使いかも」

「そうかも知れないな。だから、前も言ったが、この骨董市のことは絶対に島以外の人に話してはダメだぞ」

「わかった! 」


 その夜は、健太の家族や親せき、村の人も何人かきて宴会となりました。

 特に健太のお母さんは猫娘と親しげに話しています。宴会が盛り上がると黒ウサが手品を披露しました。


「やっぱり、黒ウサは人を騙すのがうまいニャ」

「おい! それはないだろう。みんなに喜んでもらうため、鍛錬を積んで習得した、立派なエンターテイメントだぞ」


「そうだニャ。ごめん、ごめん、言い過ぎたニャ」

 さらに、若い頃、巫女だったという健太のお母さんが、神楽(かぐら)を少し舞って盛り上がります。


 そんな賑やかな宴会の中、銭亀は終始無言で、ちびちびと満足そうにお酒を口にしていました。


◇健太の骨董市

 翌日、骨董市が開かれました。


 陳列されている品物は、個人の家や村にあった物で、家具や小物、古い農具や漁業の道具、書類や写真、神社に奉納された絵馬などもあります。


 骨董市というより、博物館のようです。そんな品物を村の人は懐かしそうに見ています。


 健太も両親と一緒に来ると直ぐに、おもちゃの置いてある場所に行き、何やら見つけました。


「お父さん! これ、僕が持ってた、合体ロボットだ」

「おう! そうだな、いつも持ち歩いて、海に落として。泣いていたな」


「ねえ、買ってもいい。おこずかいの五百円もらったばかりだし」

 健太がうれしそうに言いますが、お父さんは


「だったら、値段を聞いてごらん」

「うん! 」

 傷もありボロボロなので、健太は百円程度と思っていたようです。忙しそうにしている猫娘を掴まえて


「これ、いくらですか」

「これは健太君。おこずかいを、もらうようになったのですか」成長した健太に、猫娘はうれしそうに言うと、腰に下げた大福帳をみて


「えっと……三十万円ですニャ」

「ええ!…………」


 健太は、目を丸くし、その表情を、猫娘は面白そうに伺っています。

 健太は納得いかず、文句を言おうとしましたが、猫娘の穏やかな笑顔をみると、決して悪い冗談や嫌がらせではないと感じ、あきらめて父親のところに戻りました。


「お父さん、三十万円だって……」

 お父さんは予想通りといった表情で笑いながら


「さすがにそれは、買えないな」

 消沈する健太に、お父さんは

「でも、部品の一部を売ってくれることもある。一応聞いてみたらどうだ」


 お父さんのアドバイスですが、三十万円と言われ、六体の動物ロボットの合体なので、単純計算で1体五万円になります。

 買うのは無理と思いますが、一体なら幾らになるのか、一応、聞いてみることにしました。


「合体ロボの頭の、イーグルだけなら……」

 恐る恐る聞く健太に、猫娘は、一瞬鋭い瞳で健太の様子をうかがったあと


「これらからの、お得意様ですから。今日だけの出血大サービスで……五百円! 」


「五百円……! 」


 でも、バラ売りは一体だけで、それ以上はダメとのことでした。

 しかも、健太の懐具合を見透かしたような五百円。一か月のおこずかい全てとは、さすがに健太も躊躇して考えこみました。


「まあ、よく考えてニャ」

 そう言って、猫娘は他の人の接客に回り、健太は腕を組んで考え込んでいます。


 ちなみに、この島での骨董市は特別に朝から晩まで開いています。


 村人はお弁当を持ってきたりして、和(なご)やかに骨董品の思い出話や、懐かしい品物に見入っています。

 法外な値段なので、買うことはできませんが、捨てた物、亡くなった物なので、懐かしさはあるものの特に必要ではないのでしょう。


 しかし、健太のように、部品の一部や、布の端切れの一部がほしいという人には、快く売っていました。


 一方、健太は一日中考えました。すでに夕方、もうすぐ閉店です。


(おこずかいは先月の残りが少しあるし、毎日買っている駄菓子を二日か、三日に一度に切り詰めれば……なんとかなる)

 健太は思い切って買うことにしました。


「ありがとうございますニャ」

 猫娘は笑顔で品物を渡しますが、健太はうれしさの反面、衝動買いしたことに、少し後悔もあるようです。そんな様子の健太に


「大切なお小遣いを全部使って買ったことで、このロボットは健太君にとって、単なるおもちゃから、小さな成長を促してくれた、思い出という価値が込められた宝物になるニャ」


 まだ、小学生低学年の健太には、よくわからない様子なので、猫娘は

「とにかく、健太君が一生懸命考えて買ってくれたことを、このロボットはいつまでも覚えていてくれるニャ」


 実際はロボットが覚えているのではなく、人が覚えているのですが。健太は、猫娘の言いたいことが、なんとなくわかったようで、笑顔でうなずきました。


 そのあと健太は、大切な用事を思い出しました。

「そうだ、ぼくも骨董市を開きたいんだ。それで、島で集めたものだけど見てくれる」


「へえー、骨董市をですか。わかりましたニャ」

 思わぬ健太の申し出ですが、猫娘は快諾します。


 健太は、隅に置いていた箱に詰めたガラクタを出して見せました。


 島で拾った茶碗などの食器、錆びた機械の破片、ガラスのような綺麗な石などがあります。どう見てもガラクタやゴミですが、猫娘は箱の奥に残っていた物に目が留まりました。


「これは……なぜ、こんなところに」

 食事に使う、猫の絵の入った子供用のレンゲ。これには、猫娘も思い出があります。見入っている猫娘に、横から健太が


「あれ! これ、茶碗やスプーンとかと一緒に箱の中に捨てられてたやつだ。欠けてるし、つまらないから全部捨てたのに、一個だけ残ってたんだ」


 健太は全く気にとめず興味ないようですが、猫娘は感心しながら

「これは、なつかしの骨董市、顔負けですニャ」


「こんな物が」

 健太は不思議そうにしています


「そう、こんな物が、なのニャ。健太君ならこれを幾らで売りますか」

「えっと、普通なら……十円でも高いかな」


「そうです、普通は十円どころか、ただでも売れない、もはやゴミです。でも、今の私なら十万円でも買いますニャ、売ってくれますか」

 突然の話に健太は驚きます。


 十万円なんて、とんでもない金額です、お父さんに相談しようと思いましたが。健太をじっと見つめる猫娘は、自分で考えろ、と言っているようです。


 まだ頑是ない子供の健太には重すぎる判断かもしれませんが

「お姉ちゃん、十円で売るよ」


 すぐに答えた健太に、猫娘は満面の笑顔で健太の頭をなで、十円を渡してレンゲを受け取りました。


「これは、私の遠い昔の思い出の品。そして今、健太君が初めて売った骨董品、私が健太君から初めて買った品物。もう、私には値段のつけようのない、大切な物になりましたニャ」

 そこで、ホタルの光が流れ始めました。


 猫娘は、名残惜しそうに品物を見ている村人に向き直り

「これで閉店です。またのご来店を、心からお待ちしておりますニャ」


◇巫女達のバカンス

 骨董市が終わった翌日、トラックに荷物を詰み込んだあと、猫娘は夕方の便がくるフェリー乗り場に向かいました。


 しかし、トラックは公民館に停めたままで、帰る気配がありません。

 黒ウサは、だるそうに。


「次のフェリーで帰らないのか」

「明後日のフェリーでかえるニャ」

「ええー、早く帰ろうぜ。こんな、何もない島つまらないよ」


 面倒くさそうな黒ウサに、猫娘は含みのある目つきで

「昨日、アマテラス様が、島の人がだれでも来られることを、なぜ許可したか知りたいと、言っていたニャ」


「えっ……まあな」

「もうすぐ、その答えがわかるニャ」

 黒ウサは仕方なく猫娘とフェリー乗り場で待ちました。


 しばらくして、フェリーが波止場に着くと、降りてきたのは……

「猫ちゃーーーん! 」


 聞き覚えのある声です。

 サンダル履きにサングラス、派手なTシャツに、大きな浮き輪を持ったバカンス姿のアマテラスが出てきました。


「ええ! アマテラス様」一瞬、青ざめた黒ウサでしたが

 その後ろからアメノウズメが、細いお腹を丸出しのタンクトップのシャツに、ホットパンツといった露出の多い姿で降りてきます。さらに数人の巫女神も、可愛い薄衣(うすぎぬ)の夏の普段着で降りてきました。


「おおおお! これは、高天ケ原美女軍団」

「軍団とは失敬な、女子会だニャ」

 言うまでも無く、村人総出のお出迎えとなります。


 健太のお母さんも来て、懐かしそうにアマテラスやアメノウズメに挨拶しています。

 いつもの巫女姿と違い、ミニスカートやホットパンツで素足やおヘソを惜しげもなく露出する巫女神に、黒ウサはデレデレです。


「おい、まさか、この南の島でのバカンスが目的で許可してるのか! 確かにこれじゃあ、島の人も秘密をばらすわけ、ないよなー………特に男どもは」


「まあ、離島で若者が離れていくから嫁不足で。婚活もかねているニャ」

「婚活?……」

 驚く黒ウサに


「ちなみに、健太のお母さんは元、高天ケ原の巫女神で。こうして来た時、お父さんと知り合って結婚したニャ」


「まじか! それで、アマテラス様や巫女神と親しく話しているのか」

「巫女神は人間と結婚すると霊力はなくなるので、今は普通の人間だけど。幸せに暮らしているニャ」


 からくりを知った黒ウサですが、まだ納得できない様子です。


 一方、猫娘は夕陽の沈む海を見つめ、健太から買ったレンゲを握って

(それだけじゃ、ないんだニャ………村には、大きな貸しがあるんだニャ)

 猫娘はしみじみと、七十年前の出来事を思い出します。


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