第7話 春風の骨董市

 桜咲く海岸沿いの道の駅


「やあ、猫娘。春だね」

「春ですニャ」

「景気はどうだい」

「ぼちぼちでんニャ」


「そう言えば借金の方は」

「………まだまだ、先は長いですニャ」


「そうかい。でも、無理しちゃいけないよ。それじゃあ、ぼくは先に行くから」

 猫娘がうなずくと、心地よい春風が吹き抜けました。


 そのあと、駐車場で待っている豚男の運転する、古いボンネット・トラックのクラクションが鳴ります。長旅の休憩で立ち寄った『道の駅』の桜並木。


 猫娘は、ボンネット・トラックに駆けていきました。

 

◇赤いリボンの少女


 猫娘の向かう先は海辺の養護学校

 小学生から中学生までの養護学校で、海岸近くの高台にあり、生徒はこの春から入学した小学生の一人を含め、八人だけの小さな学校です。


 その小さな養護学校の、小さな校庭で、生徒達が昼休みに遊んでいるところに、一陣の春風が校庭の桜をゆらして吹き抜けました。


「春一番だ! 」


 校庭にいる生徒は口々に叫びます。

「来るかなー」

「多分来るよ」


 そこに、校舎から一人の子供が興奮しながら駆けてきました。

「案内状が来たよ!」


 みんな集まり、海辺の養護学校の生徒宛ての案内状を開けると

 

『なつかしの骨董市』本日午後、海辺の養護学校にて開催

 

 生徒達は大喜びで先生の所に行くと、案内状を見た先生はすぐに、学校の表門を開けにいきます。


 そこに、海岸沿いの道を一台の古いボンネット・トラックが、学校に向かって走って来るのが見えました。



 この小さな養護学校には、いろいろな事情の子供がいます。

 病気の子、不登校の子、障害のある子、家庭に問題のある子、さまざまです。


 この学校には小さな病院が併設し、生徒達は病棟に入院し、そこから毎朝、隣の学校に登校していました。


 平日は病院と学校での生活ですが、生徒達は金曜の夜に両親が迎えにきて、土日を家で過ごすと、日曜日の夜に両親に連れられて病棟に戻るのです。


 このため、普通の子供は、親とゆっくり過ごせる楽しい日曜日の夕食が、もうすぐ養護学校に戻らないといけない合図のようで、美味しくありません。


 さらに兄妹のいる子供は、普通に学校に通っている兄妹を、うらめしそうに見つめて、養護学校に戻るための両親の車に乗ります。言うまでもなく、両親も幼い我が子を置いていくのはとても辛いのです。

 

 その中で、週末に誰も迎えに来ない少女がいました。


 いつも髪に赤いリボンをつけている少女は、中学三年生。八人しかいない海辺の養護学校の最年長です。


 その少女は金曜日の夜、両親が迎えに来て、うれしそうに帰っていく他の生徒達を、笑顔で見送りますが。最後に一人になると、病棟のベッドでよく泣いていました。


 そして、日曜日の夜、両親に連れられてきた子供達は、親と一緒に帰りたがりますが、そんな子供達をやさしく迎えてくれる、お姉さんでした。

 

 学校では授業の合間や放課後に、時々海岸で桜貝を拾いに行くことがありました。それは、年に一回来る、なつかしの骨董市で買い物するためです。


 赤いリボンの少女は、生徒のいない土日は、よく一人で海岸に行って桜貝を集めていました。骨董市が来たら、どうしても買いたい思い出の品物があるのです。


 袋一杯にためた桜貝。


 今年やっとその品物を買える量になり、骨董市が早く来ないかと、心待ちにしていました。


 そんな赤いリボンの少女は中学三年生なので、来年は卒業して、この養護学校からは出て行くことになり、少女にとっては最後の骨董市で、やっと念願の品物が買えるのです。


 今年も、春一番とともにやってきたボンネット・トラックに、赤いリボンの少女は心躍っていました。

 そのとき、思いがけないことが……

 

「今年の春に来た、男の子がいない! 」

 

 校舎や、病棟、周辺を探しますが、見つからない。先生はすぐに外にも探しにいき、母親や、交番にも連絡し、他の生徒は、校長先生と学校で待っていることになりました。


 こうした入ったばかりの子は、寂しくなって学校を抜け出して、家に帰ろうとすることが、よくあるのです。


 場合によっては、バスで出かけたかもしれず、以前はタクシーに乗って、家まで帰った子供もいます。


 たいていは、お金を持っていないので遠くに行けず、すぐに見つかりますが、今回はなかなか見つかりません。小学生はお金の持ち込みは禁止ですが、どうやら隠し持っていたようです。


 あわただしくしている学校に、猫娘のボンネット・トラックが入ってきました。 


 いつも盛大に迎えてくれるのに、学校は慌ただしく様子が変です。

「どうしたのニャ」


「春に入ったばかりの、男の子がいなくなったのです」

「いなくなった! 」


 猫娘も驚いて、すぐに豚男の運転するボンネット・トラックで探すのを手伝いました。


 ただ、猫娘はスマホや携帯電話を持っていないので、あまり遠くに行けず、時間を決めて戻ってくることにしています。


 一時間ほど探して、戻ってきてもまだ見つかっていないようです。


 養護学校の先生は校長先生を含めても三人ほどで、病院も小さな病院なので、先生一人と看護師さんが数人しかいません。全員総出で探しますが、人数も少ないので、なかなか見つかりません。

 

 猫娘のボンネット・トラックは、念のため隣町まで足を延ばしました。


 途中の道路脇で地図を見ていると、窓の外から道の駅で話してかけてきた声がします。

 猫娘が窓をあけると


「猫娘。どうしたんだい、あわてて」

「男の子を探してるんだ。学校からいなくなったニャ」


「それは大変だ! ぼくも探すよ、そうだ山の方から見てみるよ」

「頼むニャ」


 そのあと、猫娘のボンネット・トラックも探し回ります。

 しばらくすると、山の方から強い風が吹いて声が聞こえました。


「西の公園に子供がいるよ」

「西の公園、そんなところに! きっと、バスを間違えたんだ、行ってみるニャ」


 猫娘は地図を見ながら、運転する豚男に道を指示します。


 そこで、途方に暮れて公園のベンチに座っている男の子を見つけ、猫娘が声を掛けると、泣きながら抱きついてきました。


 猫娘が連れて帰ってくると、先生たちが総出で迎えました。


 男の子は赤いリボンの少女に、なついているようで、なだめられています。泣いている男の子の横で猫娘は


「よーし、それじゃあ、骨董市を始めるニャ! みんな手伝ってくれるかニャ」

 すると、生徒達は声をそろえて


「はいニャ! 」


 みんな猫娘をまねて笑顔で返事をしました。



 ここで出す品は、おもちゃや文房具が中心で、近代的なゲーム類はないですが、思い出の品もあり、見ているだけでも楽しくなります。

相手は子供なので、お金の代わりに桜貝で取引しています。


 そんな骨董品の中に、あの赤いリボンの少女の目当ての品も

「あった! 」


 最後の骨董市で、やっと手に入るときがきたのです。瞳をうるませながら、品物を大切に抱きかかえていました。

 赤いリボンの少女は幼いころに両親を失くし、両親の顔を知らず、病気もあったので小学校からこの養護学校にきたのです。


 そのうち、両親との思い出の品物は無くなってしまいましたが、この骨董市で失ったはずの幼い自分と両親が映っている写真の入ったオルゴールを見つけました。

その写真に写っているお母さんと、幼い自分がお揃いの赤いリボンで髪を括っているのを見て、それからいつも赤いリボンで髪を括るようになったのです。


 しかし、オルゴールは法外な値段を言われ、桜貝も百個とのことでした。それから、春に来る骨董市でこの写真を見るのを楽しみにするのと、桜貝を集めていつか買い戻そうと思ったのです。


「やっと、買える! 」 

 少女は買おうと思って猫娘に声を掛けようとすると、奥で猫娘が困っています。


「これは、桜貝10個いる……私の独断で値下げすることはできないニャ」

「でも、ほしい! 」

 さきほど、学校を抜け出した男の子が泣きながらせがんでいます。


 男の子は桜貝一個しか持っていません。猫娘は、目のあった赤いリボンの少女に、困った表情をすると。

 赤いリボンの少女は、猫娘のそばに来ると、男の子に


「どうして、これがほしいの」

「これ、パパが買ってくれたカードゲームのレアカードなの。失くしちゃって。もう売ってなくて……」

 男の子は母子家庭で、父親はニ年前に亡くなっていたのです。事情を知っている少女は


「これがあれば、もう学校を抜け出したりしない」

「うん」

 大きく頷くと、赤いリボンの少女は猫娘に

「あのう、私の桜貝余分にあるから……これで」


 そう言って十個の桜貝をわたしました。猫娘も少女が買おうとしている物は知っていますが、桜貝はまだ余裕があるので、受け取って男の子にカードを渡しました。


 それを見ていた他の子供が

「ええ、ずるい。わたしも何か買って! 」 


 他の子供も群がってきます。無理を言う子供達に猫娘は

「お姉ちゃんが困っているニャ 」

 すると、別の子供がカードをもらった男の子に


「だったら、カードかえしなよ! 」

「そうよ、どうしてあの子だけなの。だったら、私も学校を抜け出す!」

「ぼくも! 」


 一方、男の子は、買ってもらったカードを抱えて離そうとしません。わがままを言う子供達に、猫娘は少しきつい調子で

「そんなこと、言うものじゃないニャ!」


 すると、子供達は口々に

「えこひいきだ! 」

「お姉ちゃん、嫌いだ! 」

 そこまで言われた少女も困り果てました。しばらく、お母さんの写真の入ったオルゴールを見つめたあと。手に持った桜貝の袋をみんなに見せて


「わかった、それじゃあ。この桜貝、みんなで分けましょう」

 

「ほんと! 」

 子供達は、大喜びです。

「おねえちゃん。いいの」


 年長の子供は、さすがに気にしていますが。赤いリボンの少女は笑顔でうなずいて

「猫娘さん、私は他にほしい物ないし、最後だから全部使って」


 猫娘は唖然として(ほんとに、いいのか)と言葉にだせず、見つめたあと。

 赤いリボンの少女から桜貝を震えながら受け取り、子供達に、それぞれほしがる物を売りました。


 生徒達は喜んで、思い思いの品物を手にして、はしゃいでいます。そんな子供達に猫娘は

「みんな、おねぇーちゃんに、お礼を言うニャ。今、手にしている品物は、お姉ちゃんが苦労して桜貝を集めて買った、いわばお姉ちゃんの分身と言ってもいい。そのことを忘れずに、大切にするニャ」


 諭すように猫娘が言うと、みんな赤いリボンの少女にお礼を言い、少女は少し面映い表情でうなずきましたが、さみしそうにしています。



 そのあと、手ぶらになった赤いリボンの少女は、あの品物の前で佇んでいました。

 猫娘は、譲ってあげたいと思うのですが、安易に渡すわけにいきません。


 先ほどの、子供達のように、一人に渡すと他の子もほしがり、この少女だけ、というわけにいかなくなるからです。

 横に来た猫娘は


「なんとかしてあげたいけど……ごめんニャ」

「猫娘さんがあやまることないよ。こうして、なつかしの骨董市が来てくれて、この品物に出会えただけでも、良かったと思ってる。みんなも喜んでいるし」そして、震える声で「……オルゴール聞かせてもらっていいですか」


「いいニャ」

 子供のころ聞いたなつかしい音色ですが、この先、二度と聞けないでしょう。少女は骨董市が終わるまで、何度も聞いていました。

 猫娘は言葉がありません。

 

 時間となり骨董市は終わりました。

 みんな、手を振ってくれますが、猫娘には少し後味悪い店じまいでした。

 夕暮れの海岸線を、ボンネット・トラックは走って行きます。


 窓を開けて、ぼんやりと夕陽を見つめる猫娘、そこに再び声がしました。

「やあ、猫娘、今日の売り上げはどうだい」

「今日はたくさん売れたニャ……」

 でも、その声に力はありません。


 運転席の横に、袋一杯の桜貝が置かれていますが、ほとんどが、赤いリボンの少女が拾ったものです。

「おお! これはすごい。借金の完済も、もうすぐだね」


 ただ、猫娘はもの悲しく桜貝を見つめています。

「どうしたんだい、うかない顔だね」


「あの娘は、自分のことをさし置いて、子供達に渡したけど。私はしなかった……」

 猫娘は俯いて、自分が情けない、といった口ぶりです。


「猫娘、時に我慢することも大事だよ。何でも思い通りに手に入るなんて、どうかと思うよ。一応、そのことを子供達に伝えたからいいじゃない」

 猫娘は顔をあげると


「そうだといいニャ」

「それじゃあ、ぼくは、これから日本中を駆け抜けないといけないから、また来年」

「うん、また来年……春一番の精霊さん」

 

◇春風


 ………十年の月日がたちました


 猫娘は相変わらず、春になると海辺の養護学校に来ます。

 もう、あの赤いリボンの少女はいません。でも、あの娘が買えなかった、お母さんとの思いでのオルゴールは必ず持ってきています。


 今回も学校に近づくと先生が門を開けてくれました。

 校庭に入って、猫娘がトラックから降りると、先生と生徒が並んで挨拶します。


 並んでいる子供は、元気な子、大人しい子、恥ずかしがる子、さまざまですが、いつものようにみんな期待している表情で、猫娘もうれしくなります。


 生徒の後ろには先ほど門をあけた、優しく微笑む新任の先生……そこに春風がふきぬけ、先生の髪を巻き上げます。

 それを見た猫娘は


 ………先生

 ………まさか!


 猫娘は感激で言葉がなく、知らずに涙があふれてきます。


 春風になびく、その先生の髪には、赤いリボンが括られているのでした。


<春風の骨董市 了>

 


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