第31話
「…わかりました。」
私はクオクのペンダントを首につけて、タクトさんとボートに向かって泳ぎ始めた。St3がずいぶん小さく見える。遠くで海に飛び込む音が何度かする。振り返って見ても、誰が飛び込んでいるかがわからない。もしかしたらクオクかもしれない。そう自分に言い聞かせて、ボートに向かって懸命に泳いだ。途中海水を何度も飲んだし、足もつった。その度にタクトさんが私を引っ張って泳いでくれた。
私は屋外に出てから長く経っているのに、その間一度も酸素吸入していなかったことに気づく。タクトさんもしていない。心配になって私はタクトさんに尋ねた。
「私達酸素を吸ってない?」
タクトさんが振り向いて言った。
「外の酸素は増え続けている。彼らは隠していたけれども、変化はもっと前からすこしずつあったんだ。」
じゃあクオクはそれを知っていた?こうなることもわかっていた?胸が張り裂けそうだ。でも彼はきっと私と同じように、ボートに向かって泳いでいるはずだと自分に言い聞かせる。じゃあどうして私の胸はこんなにも痛むのか。
私達はやっとボートに着き、そこに先に居る人達に引き上げてもらった。寒さで全身の震えがとまらない。体が重い。誰かが大きな毛布を掛けてくれた。毛布の重みが加わったせいで、今にも前のめりに倒れそうだった。タクトさんが誰かに確認してくれて、別のボートに父と母と兄が無事でいることがわかった。私は遠く小さくなったSt1とSt2を見た。そこからだろう、最後の何人かがボートに乗り込むのを見た。もう誰も泳いで来ないと彼らは言った、自分たちが最後だと。St1とSt2から一番近いボートはこのボートだ。
私は体を引きずるようにして、ボートにのっている人たちの顔を見て回った。クオクが背を向けて立っていた。
「クオク!クオク!」
振り向いたその人は別人だった。全員を見て回ったが、彼は乗っていなかった。何も考えたくない。
「あれを見ろ!」
誰かが叫んだ。みんなが指さす方を見ると、私たちがいたSt1とSt2があの海水の柱の中に入りこんで宙に浮かび、あっという間に空に吸い込まれていった。私はそれを見つめ、思わず服の上からペンダントを握りしめると、パチッと音がした。服の中から取りだすと開閉式のペンダントになっていることに気づいた。そっと開けると、中に小さな白い石のようなものが入っている。石ではない、骨だ。クオクの足の指の、ちがう、クオクの親の。私はその場でそれを握りしめ、泣き崩れた。彼は本当のことを話していた。涙は後から後から出て止まらなかった。
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