第30話
「このままだとあなたも死ぬのよ!しっかりしてクオク!」
私は彼の両腕をつかんだ。クオクは急に優しい表情になって私の腕を自分の腕からそっと離し、私の手を握って微笑みかけた。見覚えがある、絵を描いた後に、私と一緒にお茶を飲んでいるときのあの優しい表情だ。胸が締め付けられる。
「さぁ行こう。」
彼は私の手を引き、部屋を出て屋上へ続く階段を一緒に駆け上った。私はつまづきそうになりながら、彼のすごいスピードになんとかついていった。扉を開けると強風が吹きこんできた。彼が後ろを振り返り、私をすばやく抱き上げた。私はびっくりして彼の顔を見た。
「僕は人を殺しすぎたよ。」
私に一瞬にっこり笑ったかと思うと、彼はそのまま屋上の端まで歩き足で波除を蹴破って、私を海に放り投げた。一瞬の出来事だった。私は落ちたとき、深く沈んだがすぐベストのおかげで浮き上がった。彼は自分の胸のペンダントを引きちぎり、私の方へ投げてよこした。波の上でもピカリと光り、ぽっかり浮いている。慌てて私がそれをつかむのを見ると、彼は笑って手を振った。
「クオク!!」
私は叫んだ。
「カナンさん、先に行って!後から僕も行くよ!」
そう私に叫び返して、彼はその場からいなくなった。私は声を限りに彼の名を呼んだ。何度も何度も叫んだ。
その時突然後ろから腕をつかまれた。父と一緒にいた男の人、タクトさんだ。
「カナンさん、急いで!このままではあの流れに巻きまれる。お父さんはもう海に入ってみんなを避難させているよ。君の声は届く人には届いた。僕は泳ぐのが得意だからカナンさんのことを任されたんだ。早く!」
「でもクオクが、クオクが!」
私は涙が止まらない。何度も海に涙をさらわれても。
「どう言ってもその場を動かない人達はいた。でも俺たちは生きなきゃ。君を助けられなかったら、俺は君の家族に顔向けができない。頼むから一緒に泳いでくれ。」
タクトさんの唇は紫色だった。目も真っ赤で、St3に居た人とよりそっくりになっている。あの人もタクトさんの無事を祈っているはずだ。タクトさんはどれくらい私を海で待っていてくれていたのだろう。St1を改めて見回した。その外壁はどこにもとっかかりがなく、登れそうになかった。
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