第25話

 私がトイレから出ようとした時に、聞いたことのない不気味な轟音と共に、下から突き上げるような衝撃を感じた。その後数秒間上下に大きく揺さぶられ、ドアノブにしがみ付いていたが、振り落とされ最後には床にたたきつけられた。私は地震だと思い、這ってダイニングテーブルの下に向かい、揺れが収まるのを待った。テーブルの脚をつかみながら、いやこれは地震ではない、ククだと思った。出航しているのだ。


 大きな揺れは収まったが、小さな揺れはなかなか収まらず、不安がつのった。これを大災害と呼んでもいいぐらいの揺れだった。揺れが小刻みになってきたので、私は這って窓辺に向かい外を見た。大きな地下直下型の地震が起きたときは、各Stは自動的に繋がっている各通路や管を遮断し、浮き島のように海面に浮かぶことができると聞いたことがある。ジョイントを外して浮かぶのだ。私は操舵室とエンジンを備えた潜水艦になっているはずのSt3を探した。海が濁ってよく見えない。でも何かがおかしい、違和感がある。日の出を迎えたとはいえ、普段より明るすぎる。上の方に見えるキラキラ光っているあれは何?・・・海面だ。海面が下がってきている、潮位がかつてないほどに下がってきているのか。それともSt1がSt2とのジョイントを外し、浮いているのだろうか。


 その時部屋の真ん中の太陽柱が、ブーンと音を立てて消えた。部屋のドアがカチャっと小さく鳴った。私は急いで玄関のドアを確かめた。鍵が開いている。私は外に飛び出し、母を探しに部屋に向かった。母は自宅で避難準備をして、私を探しに行くところだった。顔の血の気が引いている。

「カナン、けがはない?スタジオに泊まっていたのよね。センターから連絡があったの。でもメールを送ったのに既読にならないから心配していたのよ。早く屋上に避難しましょう。」

私は救命ベストを先に探すと母に伝えたら、海に飛び込まないからそんなものはいらないと母に言われる。災害時にはSt1は大きな波除に縁取られた浮かぶ船のようになるから、屋上の手すりにしっかりつかまっておけばいいし、おそらくそれはそもそも屋上に、大量にストックしてあるだろうからと言って私を急かした。それに停電で酸素が供給されない室内にいるほうが危ないからと言って、母は酸素ボンベが入った避難リュックを背負い私の手を引いた。私たちは壁植物のある廊下にでて、屋上につながる階段にむかった。階段に近づくにつれ、人が多くなりお互い声をかけながら進む。

「とうとう約束の日だ。」

「地面に降りられるのね。」


 みな不安と期待が入り混じった表情をしている。小さな子供たちは親に抱かれ、目を大きく見開いて周りの状況を見ている。このことを後に彼らはなんと呼ぶのだろうとふと思った。約束の日、厄災の日、革命の日、運命の日、神の恵みの日、デマの日、分離の日…。

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