第9話

「起きて、カナン!」

母に揺り起こされる。いつもは台所から起きてと声をかけられるだけだから、二度寝して寝坊してしまったのかと思った。いや一度も今朝は起こされていない、思わず時計を見る。まだ起きる時間には早い6時だ。

「リーダーに選ばれたのよ。はやく支度して。」

母は顔色が悪く、表情もこわばっている。

「・・・何?」と私がねぼけた声で言う。

「前のリーダーが年齢の法律を変えて、カナンを指名したのよ。」

と母が早口でこたえて、私の布団をはいだ。化粧をしていない母はもともとかなり年をとって見えるが、今朝はいつもより老けて見える。私は混乱して言葉がでない。母は私の服をもう用意していて、すぐに顔を洗って、支度するようにとせかす。もう玄関にセンターの人たちが待っていると言うのだ。

「ちょっと待って、私があのリーダー?」

私はやっとまともな言葉を発して、助けを求めるように母を見る。

「訳が分からないのはママも同じ。急に今朝来たのよ。こんな不意打ちなのかしら。あなたにすぐに声明文を読むようにって。」

母に服をわたされ、洗面所に押し込まれた。仕方なく着替えながら考える。そもそも前のリーダーとは知り合いではないから、なぜ私を指名したのかわからない。たしか名前はココといった。18歳にしては幼い雰囲気で、スピーチの時には下の紙ばかり見て、なおかつ読むのにつまずき、読めても棒読みの子だ。着替えてから改めて断ることはできないのか母に尋ねた。全体への奉仕をする義務が国民にはあるのよと、洗面所の外から母は答えた。それじゃもう絵の作業はできなくなるのだろうか。もうクオクに会えないのか。真っ先に考えなきゃいけないことはあると思うのだが、起きたばかりであまりうまく頭が働かない。私がリーダー…。


 そこからは頭が真っ白であまり覚えていない。気が付くとSt1のセンターの部屋のソファに座っていた。その他の家具は、大きな楕円形の机の周りに、10個の椅子が並べられているだけだった。私と母の部屋より何倍もありそうなほど広く、そして天井の高い部屋だ。私を連れてきた男の人たちはいなくなっている。ふと私が座っているソファが座り心地が良いのに気づく。見た目は家のと同じなのに、中身が違うのだろうか。グーで座面を押してみる。


 ノックが聞こえ私が返事をすると、私が座っている真向いのドアが開いて、男の人が入って来た。クオクだった。口元には微笑みを浮かべている。

「カナンさん、リーダー就任おめでとうございます。」

私はびっくりして、目を見開いた。そして立ち上がって言った。

「どうしてここにいるんですか?」

クオクは笑顔で続けた。

「私がリーダーの秘書役だからです。」

私は一瞬ぽかんとしてしまった。そして次にみんなにだまされているような気がしてきた。では絵の作業はなんだったのか、ヤマさんもグルなのか、私を探っていたのだろうか。私の曇った表情を見て、クオクが言う。

「絵の作業ではお世話になりましたね。でも今回の事とは無関係ですよ。」

私は素直にうなずくしかなかった。あの質問、私が新リーダーに選ばれたらどう思うかを思い出す。そう言えばクオクは少し困ったような、私に同情するような顔をしていた。もうあの時には私が次のリーダーと決まっていたのだろうか。何を言ってもたぶんもう覆すことは無理なのだ。神に近い存在と言われているセンターの指示を破った人間は、資源探査船にのせられて追放されるという話を、母から聞いたことがある。なんとかこれからの2年間をやり過ごすしかないのだ。クオクに渡された声明文を何度も練習し、カメラとマイクの前に立つ。私の映像が全Stのモニターに映し出されるはずだ。息を大きく吸い込む。

「みなさん、おはようございます。今期のリーダーに選ばれたカナンです。私はこの・・・。」


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