第4話

下校のチャイムがなるとほぼ同時に、みんなの手首のリストが光って鳴り出す。今日は同じクラスのククと作業が同じでほっとする。作業は天気と海中水温の計測機のチェックで楽だ。

「カナン、一緒に行こう。」

ククが笑顔で私に声をかける。

「うん。」

と私は答える。彼女といると不思議と安らぐ。計測器はいたるところにあり、二人でパスを首から下げて、割り振られた、St2の計測箇所をくまなく回る。私はデータ入力用のタブレットを抱えながら、ククに話しかける。

「あのさ、最近私の部屋の窓に、金色の魚が来るんだけど、

ククはそんなの見たことある?」

「・・・そんなの来ないよ。」

私達のだいたい胸の高さの位置にある、壁にはめ込まれた計測器を、ククが少し傾いてチェックする度に、彼女の髪の毛がさらりと、彼女の背中をながれる。こんなストレートの髪に生まれたかった。私の髪は長く伸ばすと、うねうねと生き物みたいにうねりだすのだ。だから髪がのびるとすぐ母に切られてしまう。

「エリアSt203 5.3°」

ククが読み上げ、私がタブレットに数値を打ち込んでいく。

「やっぱりそうだよね。そんな魚聞いたことないよね。ちらっと窓からその魚が見えるんだけど、私が気付くとすぐいなくなるんだ。気になって調べたんだけど、どうやら淡水魚らしくてさ。昔の池に住んでいたとされる鯉っていう魚に、すごく似てるの。」

自然界で何か変化があれば、市民はセンターに報告する義務がある。母を呼ぶと、もうその魚はいつもいなくなっている。基本は目撃者が直接報告しなければならない。自分の端末から、決められたフォーマットをうめて、送信するだけだが、それが億劫だ。後々知らない人が調査のために、自分の部屋に入ってくることがないのだろうか。

ククが私に話しかける。

「さぁ、これで後は外の天候を記録しておしまい。さっさとすませて、ちょっと外でのんびりしようよ。」

「うん。」

私は少し解放された気持ちになる。体育と作業の時間以外で、St1の屋上の「外」に出ることを禁じられている。まず外には監視カメラがないし、作業終了時刻を少しごまかせば、長く監視者がいない中で、風にあたることができる。私たちはSt1のフロントで作業内容を報告し、装備を身につける。たいていフロントは、きれいな女の人が担当している。今日は肌が透き通るように白く、黒く大きな瞳をしている女性だ。特性に応じた作業所を割り当てられたのだろう。みんなにとっての、束の間の花になるためにここにいる。この役割は、容姿が十人並みの私には無縁かもしれない。

「作業中も酸素残量をよく確認してね。」

笑顔でエレベーターのドアを開錠してくれた。

屋上につき、ドアを開くと冷たい風が体にうちつけてくる。私の体を覆っている、湿ったもやをふきとばした。この喜びは何にも代えがたい。ククも微笑んでいる。


私達は一通り作業を終えて、二人のお気に入りの、通路が交差する少し広めの場所に座り込む。私達以外誰もいない。日がかたむきはじめている。突然ククが自分の酸素マスクを外して通路に放り投げて、私はびっくりする。

「死んじゃうよ!」

と言って、私はククのマスクを慌ててひろう。ククはそれを手で制して言う。

「少しだけなら大丈夫、カナンも外してみて。ねっ、私と少しだけ。」

私は恐る恐るマスクを外す。少し息がしづらいような気がする。風が私の額にかかっていた産毛をとばした。昔の人はこんなふうに生活できていたなんて、なんて贅沢なんだろう。なぜ彼らは風を失うことになったのだろうか。地球の資源は無限だとでも、思っていたのだろうか。

私とククは見つめあった。ククは何か言いたそうにしている。ククの瞳に海面が映り、キラキラ光る。彼女の髪の毛に夕日がながれこんでくる。私はオレンジ色の光に包まれながら、「約束の日」もきっとこんなものなのかもしれないと漠然と思った。輝きをはなった神様が、あの雲の隙間から降りてきて、それを見たみんなが歓喜し、新世界の幕開けを祝う・・・。

ククの酸素マスクの警告アラームが鳴りだす。一定以上鳴り続けると、フロントに連絡がいってしまう。私たちは酸素マスクをつけて、大きく息をした。ククが突然白目をむいて口を膨らませ、両手で自分の首をつかみ苦しい真似をする。私たちはお互い大笑いする。

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