第3話

 私がこの学校に入った理由は、St2の小学校での成績がよかったためだと思っていた。でも今のSt1の中学校で、私の成績は全体の中くらいに下がっている。私は賢いほうだと思っていたが、上には上がいたのだ。St1の子どもは何が違うのだろうか。St1にはセンターの構成員でもある、ヤマグチの子孫がいるとは聞いてはいるが、それ以外でのSt1~3までの、人の分け方がわからないのだ。ぱっと見では、どこの出身かはわからない。母にどうして人が分かれて暮らしているのか聞いたが、もともとの祖先の居住区を、人々が引き継いでいるだけとのことだった。答えになってない、その祖先はどうやって、それぞれ居場所を決めたというのか。とにかく、あきらかにST1の子たちはST2に比べて賢いのだ。


自分の勉強の話をすると、私は理科がなんとなく好きなのだが、数学のセンスがないらしく、ほとんど先生が何を言っているのか理解できない。昔は国語というものがあったらしいが、今では不要とされ、数学と理科だけが必修科目だ。本を読みたければ、各居住スペースにあるアーカイブで読めばいい。この2教科以外を学びたい場合は、1日の作業後アーカイブにアクセスして、自ら学ぶしかない。アクセス権は年齢に応じて制限がかかっているが、勉強に関してそれはあたらない。

     

ここSt1の学校の子たちは、落ち着いているし、大人しい。嫌なことを言ってこない。St2からのSt1に私と同じくやってこさせられた、同級生ラークは相変わらず誰にたいしても嫌なことを言う。だから浮いている。私も同じだと思われたくないから、彼のことは避けている。

 隣の席のコンの車輪の回転音がうるさい。一番小さな音にできる最新機種らしいがやはりしゅんしゅん鳴っている。

長い時間、静かに座っていられない生徒のための措置で、教室でエアロバイクが置いてある。いかに効率的に各々学習できるかに重きがおかれているため、いろんな形態で授業を受けることかできる。カーは人に見られるのが嫌だから、自分の分身ロボットを登校させ、離れたところから参加している。授業中は教師の話を集中して聞くように言われ、詳しい授業内容は各々の手元のタブレットに、その都度要点をまとめられて送られてくる。それは見ないで、先生の声だけ入るヘッドホンをつけ目を閉じている子もいる。耳栓をして教師が発言した内容が全て書き込まれた、特別に用意されたタブレットをずっと見ている子もいる。授業中でもたえずおしゃべりをしてしまうユウは、電子消音マスクをつけている。今ふとユウを見ると、彼の首の筋肉は動いているから、何かをしゃべっているのだろう。たぶん先生の言うことに、すべて合いの手を入れているはずだ。「先生それどういうこと?」「俺もそれこの前行ったわ・・・」ホームルームで電子マスクを外した時の彼のおしゃべりにはびっくりしたものだ。昔はこんな子たちを、なんでもかんでも一緒くたに教室に入れて座らせ、先生がしゃべるのを聞かせて、同時に黒板に書かれたものをノートに写させていたらしい。そんな乱暴なことってほんとにあったのだろうか?先生にとっても授業はめちゃくちゃになったはずだし、生徒にもそれぞれ学び方というものがあるはずだから、一律な学び方を強制されたら、身につくものも身につかなかったはずだ。

       

「ねぇ、その音それで最小?」と私がコンに聞く。

「やっぱりうるさい? 最新機種のはずなんだけど。」

「ううん、気にしないで。」

私はただ聞いただけをよそおった。生徒の少しの苦情で席替えが行われる。担任の先生はなんでもこちらの要望をかなえてくれる。でもそれがやりすぎの時もある。こちらは何も言ってないのに先回りして動くのだ。

教室に監視カメラがあり、後で先生が見返すことができる。また学期末に行われる生徒アンケートで、各先生に対する生徒の満足度がはかられ、その結果が先生の待遇に影響する。待遇といっても微々たるもので、欲しいものが手に入りやすいかだけだ。


私はコンの隣が気に入っている。騒がしいけど優しいのだ。コンの前に座っている、一方的に自分の興味をしゃべり続けるアキに、付き合う器がある。コンもそういう傾向があるから共感できるのか、なんなのかわからないが、私なら無理だ。 

アキは朝からずっと後ろをむいて、コンに過去のアーカイブで見られる、アイドルグループの話をしている。他の男子は白い目で見ている。当然だろう。ここにいる現実の男子よりすてきな男子がいると、毎日声高で宣言されたら、誰だってそうなる。「空気を読めない」と昔は表現したらしい。今は「共感度が低い」と評価される。「共感」を学習させるために、道徳という科目があったらしいが、今ではない。「共感」は学習できるものではなく、もともと持っているか否かとされ、定期的に脳波をスキャンされる。頭にいろいろつけられて映像を見る。脳波を測定され、また映像に応じた質問にも答えなければならない。あとは「自制心」のチェックも定期的に行われる。いたるところにカメラがつけられていて、私たちは日々の言動を記録され、各々の「自制心」のポイントが、知らない誰かによって加減されているらしい。理想とされる人類のモデルは提示され、それにそった言動をとれないとマイナス評価を受ける。私たちは「限られた資源を平等にシェアし、自分の能力を人類全体のために使う」よう、教育されているのだ。この共感と自制心の両スコアと、数学と理科のスコアとを合わせて、将来の作業場所が決められる。私は共感、自制心ともに高スコアで理科もできたほうだから、このままでは医療分野か保育分野にいかされるのではないだろうか。

それにしても昔は作業選択の自由があったらしい。ということは、自分を客観的に見られない人間が、ミスマッチの作業を選んでも、誰も止めてくれないということだ。そもそも自分を若いうちに、客観的に見ることができる人なんているのだろうか。自分の好きな分野の能力が、他者と比べて優秀とは限らないことを、昔の人は知っていたのだろうか。それに運よく若くして作業が決まっても、後に気が変わったとしたら、年をとってからの作業の変更は難しく、金銭を得ることができずに、生存の危機にまで陥るケースがあったらしい。自由ってこわい、選べるってこわい。私は今のシステムでかまわない。できれば能力を測ってもらって、私に適した作業を誰かに決めてもらいたい。

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