第21話 調査結果

 日曜日。俺たちはまた新聞部の部室にいる。日曜日にも学校に行くことに親父は怪訝そうにしていたが、自習室で勉強をすると誤魔化した。「またお勉強かよ」と嘲るように言われたが、無視した。バイトだ塾だなんだと家に居つかないのがお気に召さないらしいが、いちいち取りあっていても時間を無駄にするだけだ。

 この日もまた、大量のお菓子とお茶が俺たちを出迎えた。部活終わりのみっきーが来るまではどうせ暇だ。「これ、顧問の先生には何も言われないんですか」と話を振ってみる。

「いいのいいの。顧問もグルだから」

 ユウ先輩は笑いながらひらひらと手を振る。

「このティーセットだって顧問のだしね。たまにおれたちも一緒にお茶すんの」

 横からまひろが口添える。部活動、がそんなんでいいのか。ご相伴にあずかりながらも、そんなことを思ってしまう。

 聞くところによると、新聞部顧問も例によってオカルトマニアらしい。UMAやらUFOやら、ユウ先輩が言うところの「信じるか信じないかはあなた次第です」系の都市伝説が好きなのだそう。新聞部がオカルト研究部と化している一端もこの人が担っているようだ。不審がる声はあるが、新聞部は表向きには実績もあり、部員の成績もそれなりなので、目を付けられるには至っていないらしい。「俺、けっこう優秀なんだよね」と部長は得意げだった。

「お菓子をダシに道ずれにすれば、そいつもチクれないしね」

 これは俺への牽制なのかもしれない。

 そうこうしている間にみっきーが来た。半袖の体操服が、いかにも爽やかな運動部という様相だ。「遅れてごめんなさい」と言いながら、みっきーは俺の左隣に座る。

 新聞部の収穫はなかなかだった。机いっぱいに新聞のコピーらしきものが並べられた。まひろとユウ先輩とで郷土史と地方新聞を漁り、「古い歴史を調べている」と地域住人への取材を行った。部長の方は渡部家を中心に追ったらしい。

「遊園地の噂については、多少尾ひれもついていましたけど、事件らしい事件はそれなりにありました。まずはこれ」

 と言ってユウ先輩が差したのは、年代がかった記事のコピーだった。プールでの死亡事故について書かれていたものだ。排水溝の蓋に髪の毛が挟まったことで、十歳の女児が命を落とした。文脈としては、施設側の危機管理を問うニュアンス。

「それからこれが、例のホテル火災の記事です」

 こちらもおおむね聞いていた通りだった。火元不明の火災が起き、従業員と客を含む二十四名が死亡。スプリンクラーが正常に作動しなかったことが、ここまで被害を大きくした原因だと言われている。

「子供が行方不明になる件、観覧車の人数が合わない件については、記事はないものの当事者を知る人にあたることができました。一人が、ご近所のおばあちゃん。開園後まもなく、お子さんと一緒に遊園地に行ったものの、どこかではぐれてしまった。迷子のアナウンスをしても、閉演時間になって従業員総出で探しても、どこにも見つからない。結局、敷地外に言ってしまったり、誘拐に巻き込まれたりした可能性を考えて捜索届を出したけれど、そのまま音沙汰なし。当時お孫さんは八歳だったそうで、生きていればもう五十手前になるとか」

 同様のことはそう多くはなかったが、たびたび問題にはなっていたらしい。施設側も防犯体制を強化したが、不審な人物を特定することもできなかった。

「次に、観覧車の人数が合わない、ということに関しては、当時アルバイトをしていた人にお話を伺うことができました。絶対に三人乗せたはずなのに、帰ってきたら四人だったとか、乗せた覚えのないゴンドラから人が降りてきたとか、その逆とか。なかなかうすら寒い思いをしたようで、アルバイトは数か月でやめてしまったみたい。あそこ、従業員も居つかないんで有名だったみたいですね。他にも、閉演後に遊んでる子供がいたんで注意したら、気づいたら目の前からいなくなっていたとか、開演前に朧げな影を見たとか、そんな話もあったらしいですよ」

 話によれば、遊園地という楽しげな場所のはずなのに、どうにも暗い印象だったという。

「みなさん最初は口が重かったんですが、やはり印象には深く残っていたようで。どうにも話し始めると止まらない感じでしたね」

 遊園地が閉園したのはおよそ三十年前。それでもこれだけのことを集められた。それだけ曰くのあった場所だということか。

 過去の地図を追ってみると、遊園地が建つ前は長らく空き地で、戦中には工場が建っていた。女子学生たちが集って軍服を縫っていたらしい。こちらは戦災で焼けてしまった。

 ユウ先輩たちは次に、元従業員の紹介で、老人ホームでの聞き込みをした。答えてくれたのは、九十過ぎのおばあちゃんだった。最近のことは覚束ない様子ではあったが(最初は孫だと勘違いされていたらしい)、工場で働いていた当時のことはよく覚えていた。

おばあちゃんによれば、夜中の空襲だったから死亡者はいないだろうとのこと。だが、妙なものを見た、という話はここにもあったようだ。まだ工場が焼ける前、忘れ物をとりにこっそり戻ると、子供の泣く声がした。迷子でも忍び込んだのかとあちこち探してみたが、泣き声は近くも遠くもならず、一向に見つからない。「誰かいるの?」と呼びかけても答える気配がない。後ろ髪をひかれつつも、薄気味悪く思ってそのまま帰ってしまった。

 また、こんな話もあった。ある女工が「人魂を見た」と言って工場に行き渋るようになった。サボればただでは済まされないし、なにぶん連帯責任だ。他の女工たちから説き伏せられ(時には引きずり出されて)しぶしぶ針仕事をしていたが、ある時とうとう来なくなった。しかし、彼女は家にも帰っていなかった。それきり彼女の姿を見た人間がいない。当時は「駆け落ちかしらね」なんて囁きあっていたようだが、当時の男たちは多くが戦争にとられており、それも妙な話だ、と。

 それ以前のことは、人々の記憶には途絶えている。渡部という家があったのは事実だが、物珍しい洋館で、有名な幽霊屋敷だったらしい、という程度しか、人々の記憶には残っていない。

「あそこに行くと、斧を持った人に追いかけられる……なんて噂もあったみたいですけど。なんだかアメリカンホラーみたいですね。洋館に殺人鬼」

ユウ先輩はどこか楽しそうに笑った。以上がユウ先輩たちの報告だ。

 続いて部長のターンに入った。渡部りつ子を追うために、彼は件のブログの制作者にメールでアポイントをとった。対応してくれたのは地方大で民俗学を学ぶ大学院生だった。怪談収集は趣味の領域らしかったが、渡部家はその筋では有名な家なのだそう。

 部長は一枚のコピー用紙を取り出す。雑誌か何かの記事のようだ。中央に白黒の写真。父母と姉妹の家族四人が収まっていた。そのうちの一人を指さして、まひろが「これ」と声を上げる。「この女の子、おれが見た子と一緒だ」

 親二人は立って、娘二人が座っている図だった。向かって右側の、お姉さんの方が、まひろの見たという女の子。ではこの子が「りつ子」だろうか。横には四、五歳くらいの小さな女の子が、人懐っこそうな笑みでちょこんと座っている。この子の名前は「晴子」らしい。

 部長曰く、りつ子は不思議な力を持っていた、と言われている。遠く離れた場所にある木箱を潰したり、鉄の棒を捻じ曲げたりした。当時はオカルトブームのあった時代でもあり、超能力少女だと面白がって取りざたされたこともあったが、不気味に思った人間たちから遠ざけられ、彼女は孤立していた。

 そして、件の殺人だ。使用人を含め一家全員が死ぬという悲惨な事件。渡部家は輸入業で財を成した。事業家として高名である分、恨みを買う相手も多い。噂は噂を呼び、強盗だとか、一家心中だとか、恨みを買った事業者からの呪いだとか、様々な憶測が飛び交った。一番根強かった噂は、やはり、件の死に方とりつ子の能力を結びつけるものだった。

「興味深いのは」部長が眼鏡をかちりと上げる。「この記事を書いた記者も、この場所で死んでいるらしいってこと。これは数年後の別の記事」

 廃墟となっていた渡部邸跡で、二人分の男の死体が見つかった。記者の方は首が一八〇度曲がった状態で見つかっており、地下通路ではアシスタントの男が、首が胴から離れ、足がねじれた状態で死んでいた。傍には彼のものと思しきカメラが転がっていた。

カメラと、若い男――

同じことを思ったのか、全員がみっきーの方を見ていた。

アシスタントの男が死んでいた位置は、記者の死んでいた位置のちょうど真下にあたる場所らしい。ということは、あの血は記者のもので、アシスタントの男がそれを見た、ということか。だが、地下にある階下に血が滴ることがあるのだろうか。

「地下には座敷牢があったようだ。時代柄、精神病患者はそういうところに隔離されていた。りつ子はそこに閉じ込められ、封じられていたことがある、と言われている。小学校には通っていた記録があるから妙だけど。あれは忌々しいものだから外には出せない、と父親が言っていたなんて記述もある。このへんはちょっと曖昧かな。部屋に鎖があった、なんて話もあるけど、それは地下でなく二階にあったものらしいし」

 鎖。これもまた思わしげだった。脳裏によぎったのは、暗い一室に閉じ込められ、手足か首に枷をはめられた少女の像だ。

「みっきーくんとりつ子との親和性はもしかしたらこれかもな。首輪で繋がれた状態で保護されたんだろ?」

 みっきーは重たげに頷いて、じっとうつむいていた。

「こりゃ相当根深そうだなあ」

 部長が誰ともなく呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る