第36話 彼がいなくなった街で

 街を囲む城塞にできた綻びは急ピッチで修繕されていた。

 木でできた足場に何人もの土方が昇り、作業を進めている。


「どうせまた壊れるのに、ご苦労様ね」


 グラニアは冷めた口ぶりでそう言った。

 オレたちアオハルはクエストを終えて街に帰還したところだ。


 このミナイルで冒険者稼業を初めてから三年。

 オレとドンはレベル5に。

 ニールとグラニアとクイントはレベル4に。

 アリサはレベル3になっていた。


 ギルドの前に辿り着いた時、今回スポット参加してくれた魔術師が仕切り出すように喋り始めた。


「さすがミナイル最強のパーティと名高いアオハルだ! お陰で我ながら良い仕事ができた! どうだい? 次からは助っ人ではなく正式メンバーとして俺をパーティに加えてくれないか⁉︎」


 白いローブを着た彼はレベル4の上級魔術師だ。

 ひと月ほど前にこの街に流れてきて、パーティを転々としている。

 実力はある。

 ハキハキと喋り性格もサッパリとしている。

 オレたちよりは年上だけど、まだ二十二歳で伸び代も残っている。

 きっと彼を欲しがるパーティはたくさんあるだろう。


「んーー、あたしはいらないなあ。だって、キミ弱いし」


 アリサが遠慮なしにそう評する。

 当然、彼は怒り出す。


「よ、弱いだって⁉︎ 俺はレベル4だぞ! 上級魔術だって使えるし、火と風の二重属性の魔術師なんて滅多にいない!」

「二種類だけでしょ。だったら私の方が上じゃん。治癒と水と草の三重属性だし」

「君を基準で考えるなよ! 治癒と他の属性を兼ね揃えている術師なんて冗談としか……」


 そう。

 アリサは鍛錬に鍛錬を重ね、治癒魔術以外の属性魔術も使えるようになった。

 もっとも治癒以外は初級魔術しか使えない。

 それでも飲み水や焚き火の燃料を出してくれるから荷物作りが格段に楽になった。


「アリサ〜、もうちょっと分かりやすく言ってあげないと彼も理解できないだろうぜ」


 しゃしゃり出るようにクイントが二人の間に入って喋り出す。


「ま、ウチのパーティじゃキミは大して役に立たないんだ。キミも見た通り、ウチにはレオ、ニール、ドンっていう強力なダメージディーラーがいる」

「い、一撃の威力では僕の方が上だろう!」

「そうだな。だけど一撃撃つのにどれだけ時間かけてんだよ。その時間を稼ぐためにドンが壁になって、グラニアが攻撃撃ち落として、二人をアリサが回復して、全力で介護しなきゃ使えないじゃない。せめて走り回りながら詠唱しろよ」

「そんな大道芸みたいなことできるかっ! 魔術は集中力が必要なんだぞ!」

「えー、あたしはガッシガッシ突かれて感じて喘ぎまくってるときでも使えるけど」

「……そりゃ是非見せてほしいもんだな」


 アリサの下ネタに食いついてきた。

 下卑た笑みが混じると好青年も一気に台無しになるな。

 グラニアに目をやると、めんどくさそうな顔をしていた。


「ドンちゃんはどう思う?」


 と、ドンに振った。

 ドンは早く飯が食べたくて明らかに機嫌が悪い。


「どーでもいいしみんなに任せるゾ。でも、オラ的にはソイツと一緒にメシ食っても美味くはならなかったゾ」

「あらら。これは決定的ね。美味しいご飯が食べたくて私たち冒険者やっているんだもの」


 ふざけた態度の二人に対して、彼はギリギリと歯を食いしばる。


「お前らぁっ! 調子に乗るなよ! お前らは所詮Bランク止まりだ! 魔術師がいないパーティなんて現代の冒険者としてはあり得ないんだからな!」


 そんなことはこの3年間ずっと言われてるよ……あ、怒らせちゃいけないヤツがキレた。


「テメェが選ばれなかったのはテメェが無能だからだろうが。何コッチが悪いみたいな言い草なんだ? あ?」


 ニールが彼の胸ぐらを掴み上げる。


「イタイッ! やめろ! こっちは魔力切れ寸前で病人のようなものなんだぞ!」

「たかが二、三発出しただけで勃たなくなってる不能ヤロウが。百発出してもピンピンしてる童貞がいるのに情けねえこったな!」

「なんだよ、それ! どっちの意味でもバケモンだろ!」


 同感。やっぱ、あの人は凄かった。

 この三年間、何度あの人が居てくれたらと思ったことか。


 オレたちが魔術師選びに厳しい目を向けるのは最初に出会ったあの人があまりに鮮烈すぎたからだろう。


 ギルドで任務完了の手続きを終えた俺たちは行きつけの食堂で飯を食った後、酒もそこそこに切り上げて家に戻った。


「あー、ニールがぶん殴ってくれてスッキリしたわぁ! アイツ、私たちのこと明らかにエロい目で見てたのよ!」

「アリサは仕方ないとしてグラニアもか…………オラもぶん殴っておけばよかったゾ」

「ドンちゃーん? 私が仕方ないって、どういう意味かな?」

「丸出しのケツを見るのとスカート捲くし上げてケツ見ようとするのとの違いだろ」

「うえーん、レオぅ! 二人が私をエロ女扱いするぅ!」


 オレはポンポンとアリサの頭を撫でてやる。すると、グラニアが寄ってきて、


「ま、一番気になってたのはあなたみたいだったけどね。剣豪姫さま」

「やめてくれよ、その小っ恥ずかしい異名で呼ぶの」


 オレは辟易としてしまう。鎧の胸当てを外すと、押さえつけていた胸が解放されて弾んだ。


 もうオレが男のフリをしなくなってから半年だ。

 グラニアほどじゃないにしてもオレの体つきはどうしようもなく女になってしまって隠し切れなくなってきたから普段は女物の服を着て化粧をして外を出歩いている。


 冒険者になる時、オレは自分が女であることを隠そうと決めた。

 昔、酒場で働いていた時に襲われかけたこともあって荒くれ者が揃う冒険者の中に女として飛び込むことが怖かったからだ。

 情けないオレのワガママにみんなは笑って付き合ってくれた。

 ニールなんてパーティの教育係に男が来ないように注文をつけてくれたりした。

 まあ、それなりに男装も上手くできていたのだろう。

 一緒に暮らしていた彼も最後までオレが女だってことも、変装を解いた姿がレオナだってことも気づかなかったみたいだし。


「さて、と。俺はちょっと出てくるぜ」


 鎧を脱ぎ捨て洒落たジャケットを羽織ったクイントはまさに伊達男といった容貌だ。


「まったくお前も好きだねえ。アリサのこと笑えねえな」

「やめてくれよ。俺は我が姫専用。誰でも乗せるエロフとは一緒にしないでくれたまえ」

「よーし、あんたたちそこに直れ。男に生まれたこと後悔させてやっから」


 わちゃわちゃとしたやりとりをした後、抜け出すようにクイントが外に出ていった。


 どうも最近、手当たり次第に女遊びするのをやめてひとりの女を追いかけているらしい。

 ま、お陰で遊んだ女が家にやってきてアリサやグラニアにナイフ向けるような事件はなくなったので良いことなんだけど。


「さてと、オラも少し体動かしてくるゾ」

「じゃあ、私も付き合ってあげるわぁ。アイツとは違って健康的な汗を流しましょう」


 ドンとグラニアは武器を持って庭に出て行った。


 一年ほど前、危うく全滅しかける事態があった。

 アリサが重傷を負い、ヒーラーを欠いた状態での撤退戦。

 命からがら逃げることに成功したが、パーティの壁役であるドンとグラニアは自分を責めた。


 以来、ストイックなまでに鍛錬を重ねている。

 巷ではアオハルの双盾なんて言われるほどだ。


「すっかりまじめになっちまって。メシのことしか考えてないデブとやる気ねえサボり女はどこいっちまったのか」

「十八にもなれば人は変わるさ」

「へっ、俺は変わらずガキのままだってか?」

「ニールは変わらないところが良いんだよ」


 と言っておいたが、ニールだって成長している。

 あの人がいなくなった後、読み書きや算術を身につけオレたちのパーティの事務仕事を全部引き受けてくれている。

 ランクが上がる程に分厚くなる書類を黙々と処理している姿は実にクールだ。


「どうしたんだ? 人の横顔をジロジロと」

「ああ……いい男になったもんだと思って」

「ケッ。お前には負けるよ」

「そうか? オレはいつだってナチュラルだから自覚ないなぁ」

「いなくなった男のことを三年も想い続けてるなんて紛れもなくいい女だろうが」


 ニールが意地悪そうに笑う。

 オレはしてやられた気分になってソファに寝転んだ。


 オレたちが暮らすこの家はかつて彼が母親に用意してもらった家。


 彼が姿を消してからしばらくして、彼の実家の使いを名乗る人たちが私たちを追い出そうとしてきた。

 その時、彼の母親が彼に告げた言葉も聞いた。


 まったくもって心外だった。


 そもそもオレたちはヒッチさんから何の話も聞いていない。

「新人パーティが指導係もつけず冒険を始めるのは自殺行為ですよ」と、おすまし顔で説得してきたから彼女の提案に乗ったんだ。

 彼とパーティを組むことなんて会う時まで知らなかったし、その前日に奇妙な邂逅を果たしているんだから。

 きっとヒッチさんはキャデラック夫人からもらったお金をちゃっかり着服していたんだろう。

 本当にヒドイ女だ。どうして、彼もあんな女なんかに……


 まあ、ヒッチさんのことはさておき、何も言わないで行方をくらました彼に文句は山ほどある。

 だから、絶対に再会しようとみんなで誓い合った。

 この家に住み続けているのもそのためだ。


 立ち退きを迫る彼の実家に対し、相場の金額に上乗せしてこの家を買い取った。

 資金源はダンジョン発見の報奨金。

 おかげで見事に素寒貧になった。

 働かなければ食べていけない環境になったことで緊張感を取り戻し、片っ端からクエストを受けて行くうちにいつしかオレたちは街でも最強の一角と評されるほどのパーティにのし上がった。


 増える収益、伸びる名声。

 冒険者としての成功を俺たちは掴んだと言える。

 だけどそんなことよりもアーウィンさん……会いたいよ。


 今、アンタはどこでどうしてる?

 冒険者稼業は続けてる?

 誰かとパーティ組んでる?

 信頼できる人には出逢えた?


 思っていた以上にアンタと過ごした時の穏やかで優しい空気にあてられていたみたいだ。

 ちょっと弱音を晒しあったり、慰め合ったりしただけの関係なのに。

 オレの中でアンタは大きな存在になり過ぎた。

 邪魔なだけなもの、と眠らせた乙女の感傷を叩き起こされて良い迷惑だよ。

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