第37話 街に迫る危機
その知らせが訪れたのは夕刻だった。
正規軍詰所の鐘が鳴り、波紋を広げるように各地区に据え付けられた鐘が鳴らされる。
緊急事態を告げる鐘の音だ。
オレたちは冒険者ギルドに急行した。
そこにはこのミナイルに駐屯する正規軍の司令官が険しい顔をして待っていた。
「北方に出撃した正規軍の軍勢が敗走した。まもなく帰還するが、モンスターの大群を引き連れている。その数は一〇〇〇以上」
「一〇〇〇だと⁉︎ こないだの襲撃の倍じゃねえか‼︎ 壁の修復も追いついてねえのに」
ニールが噛み付くように司令官に食いかかった。
その反応は予測済、と言わんばかりに彼は経緯を並び立てる。
「無闇にモンスターを刺激したわけではない。軍はスタンピードに巻き込まれたカナイドの救援に向かう最中に敵の急襲を受けた。どうにもモンスターの中に統率するボスがいるらしい。だとすればカナイドの襲撃も陽動の可能性が高い。各個撃破されるより街で総力戦に転じた方が勝算が高いと軍は判断した」
「たしかに戦闘要員の数だけで考えればそうだろうよ。だが、防衛戦になれば非戦闘員を巻き込むだろうが! 先月の襲撃でだって崩された城塞の下敷きになった家族がいた! モンスターの襲撃の報せを聞いてなかった商人が街の外で食い殺されたり、飛行型モンスターの攻撃で避難所ごと焼かれたりしている! しかも今回は前回の倍だろう⁉︎」
「当然、民草を危険に晒すのは本意ではない。だが、軍が全滅することは街が終わるのと同義だ。難民となって他の領地に向かったところでミナイルの人口を受け入れられる領地など近隣にない。となれば、起こるのは人同士の争いだ。それだけは絶対に避けねばならん。騒乱期に突入した現代において人同士の争いは街一つ滅ぼす以上の禁忌だからだ。モンスターだけでなく人間の悪意まで敵に回して人類に生き残る道はない」
インテリの人間の纏う空気はみんなどこか似ている。
自分の意見を通すために感情ではなく、理屈や知識を使いこっちの感情を操ろうとするんだ。
総じて頭は良くない冒険者連中だが都合よく利用されることを嫌う程度には意地がある。
反発は避けられないと思ったが、
「聞いたか⁉︎ お偉いさんがたは立派なことにこの街を犠牲にしても人類を守れだとよ‼︎ ふざけた話だ。俺たちは俺たちが死んだ後の世界なんて見れねえのによ‼︎」
ニールが机を割れんばかりの力で叩く。
ギルドに集められた冒険者の視線が一所に集まった。
「そんな高尚なことクソくらえだ! 絶対に俺たちは死なねえし、街の連中も殺させねえ‼︎ なあに簡単だ! モンスターを皆殺しにしてやればいいだけさ‼︎ 日頃からモンスターの皮を剥ぎ、肉を喰らっている冒険者たちの恐ろしさを見せてやろうぜ‼︎ 報酬はたんまり、軍から巻き上げてなあ‼︎」
ゲラゲラと笑い声が上げながら冒険者達はいきり立つ。
ニールは冒険者たちの反発心を汲み取りつつ、状況を受け入れさせ明確な目標を示した。
この場にもはや戸惑いはなく、戦場に喜び勇んで向かおうとする空気が醸成されていた。
「やれやれ。冒険者の士気を上げるのは容易ではない。貴殿がおらねば撤退準備を始めねばならんところだった」
「アンタは貴族にしては話もわかるし肝も据わってる。協力するのもやぶさかじゃないさ」
司令官は疲れたような顔を見せながらもニールとねぎらいあう。
その様子を少し離れたところからオレたちは眺めている。
「あれで自分は変わってないつもりなんだぜ。超ウケる」
くつくつと笑うクイント。
その脇腹を小突き話しかけるグラニア。
「壊し屋のニールと女殺しのクイント。ギャングの中でも若手の有望株だったものね。荒くれ者と女の扱いはお手の物ねえ」
「やだなあ、忘れておくれよ。今の俺は一途に生きる愛の戦士よ。命懸けで愛するこの街を守ろうじゃないか」
「やれやれ、いつまで保つのかしらね。軍人も冒険者も人手不足。そのくせモンスター達の数は減るどころか増える一方。いくらレベルアップしても追いつかないわ」
グラニアの言う通り、ミナイルの防衛戦力は全盛期と比べて半減している。
三年前、ミナイル総督クライン伯爵の指揮のもと、軍や冒険者は近隣のダンジョンの根絶作戦に打って出た。
モンスターの数が膨れ上がる騒乱期を抑えるために、モンスター発生の源となるマナを調伏し、ダンジョンを封印した。
ミナイルの街は今日までモンスターによる被害は比較的軽微なものに収まっている。
反面、ダンジョンが枯渇したことでモンスターを狩ることを生業としている冒険者の需要が下がった。
その上、ミナイル以外の地域ではモンスター被害が拡大しており、軍人や冒険者が集められている。
イルハーンを始め、高レベル冒険者の多くが抜けたことで戦力が低下した今になってミナイルは遅れてやってきた騒乱期に突入したのだ。
ため息を漏らすグラニアの肩をドンが叩く。
「オラ達は誰も死なねえゾ。この戦いが終わったらみんな揃ってメシを食おう‼︎」
「そういうの『死に場所に旗を立てる』って言うのよ。でも、そうね。戦いの後のご飯は美味しい。それだけで頑張れるし生き残りたいと思えるわ」
「うん! みんなでガンバロー!」
どんな状況だって明るくて賑やかな仲間達。オレの大切な宝物で居場所だ。
……アーウィンさん、アンタにとってもそうだったんだろう?
指揮官は部隊を三つに分けた。
タンク・アタッカーで構成される前衛部隊を壁の外に。
アーチャー・ソーサラーで構成される後衛を壁の上に。
そして、レンジャーを中心にした遊撃部隊を後衛の側に配置し、敵が壁を越えるのを防ごうとしている。
オレはアタッカーだが遊撃部隊に組み込まれることになった。特命を受けていたからだ。
「レオ。イルハーンがいない今、ミナイルの冒険者の最大戦力は貴殿だ。よって、一番重要な役目を請け負ってもらう」
指揮官は配置を告げた後、耳打ちしてきた。
「敵のボスの討伐……でいいんですよね?」
「ああ。先の戦いで確認されたヤツの戦闘力は低く見積もってもレベル5相当。しかも翼を持ち飛行能力も有する。そんなのに脆い魔術師や弓士に襲われればひとたまりもない。貴殿が止められなければ防衛軍は瓦解すると思ってくれ」
正規軍のくせに重要な任務を冒険者に押し付けやがって、と思わなくはないが重装の鎧を身につける彼が壁の外で先陣を切ることを思えば強くは言えない。
「任せてください」と爽やかに返してオレは持ち場に着いた。
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