第29話 レオとレオナ

 ドアを開けると、いつものように連中が大騒ぎしていた。


「じゃあ、あたしはどこかの宿に連れ込んで今夜は帰ってこないの一〇〇〇アッシュ!」

「いやー、リーダーにそんな器量はないでしょう」

「わからないわよぉ。私やアリサちゃんを見る時と目が違ったもの」

「案外、うまくいくと思うゾ。なっ、ニール」

「ケッ…………ウィンに女なんて百年早えよ。どうせフラれて泣いて帰ってくるに決まってるぜ」


 と吐き捨てるように言っているニールの背中に声をぶつける。


「残念でした! 泣いてなんかいないさ」

「うわおっ⁉︎ び、ビックリさせんじゃねえよ‼︎ 殺すぞ‼︎」


 狼狽えるニールを見て僕は苦笑した。


「おかげさまでパーティは無事に終わったよ。少なくとも僕は評価を下げていないし、みんなに迷惑かけずに済みそうだ」


 スッキリした気分でそう言うと、ニールは鼻を鳴らして「そりゃ残念だ」と吐き捨てた。


「ん? おい、レオはどうした?」

「あれ、そういえばレオがいないな。レオナのことお礼言いたかったのに」

「…………れおな?」


 ニールが首を傾げる。


「レオの妹のレオナだよ。まったく、双子の妹がいるなんて聞いてなかったから驚いて取り乱しちゃったよ。本当にレオそっくりでビックリした。見た目も中身もさあ」


 彼女を家の近くまで送り届けてから数十分と経たないが、すでに会いたくなってしまっている。

 ヒッチの代役だった彼女をこんなに意識するなんて節操ないとは思うけれど。


「いっそのこと、あの子も呼んで一緒に暮らす? レオも兄妹揃っての方が落ち着くだろうし」

「ヘイヘイヘイ……お前、頭でも打ったのか?」

「頭を打ったのはジュードの方だけどな。レオナの蹴りがスパーーーンって入って白目剥いて倒れた挙句失禁しやがった。ああ、みんなにも見せてやりたかったよ!」


 いつになく晴れやかな気分の僕は軽口混じりに愛想笑いを振り撒くことだってできる。

 なのに珍しい態度のせいか、みんな呆気に取られている。


 そうしていると、ドアが開き「ただいまー」と言ってレオが帰ってきた。


「おかえり! 今日はありがとう。たすかったよ」

「ん……」


 ヒラヒラと手を振って僕に応えるレオ。

 随分とおとなしいな。

 他の連中もレオのことを凝視している。

 するとクイントが悪い笑みを浮かべた。


「なあ! リーダー的にはレオナってどうだった⁉︎ ヤリたい? ヤレない?」

「クイントっ‼︎ お前えええっ‼︎」


 無遠慮な質問をするクイントにレオが飛びかかった。

 さすがのレオもあの妹のためには怒るんだな。


「やめろよ。仲間の妹にそういうこというの趣味悪いぞ」

「ぐえぇ。なんだよ、リーダー。言うようになってきたじゃん。それはそうと、レオナに対する率直な感想は?」

「クイントおおおお‼︎」


 レオに首を絞められるクイント。

 懲りないなあ、まったく。


「すごく綺麗で明るくて、優しい————ひまわりの花みたいに素敵な女の子だった」


 と、答えると「ヒューー!」と高らかにニールが口笛を鳴らした。

 他の連中もニヤニヤと締まらない顔をしている。

 そんな中、レオだけが顔を真っ赤にして今まで見たことがないくらいに動揺していた。


「あ、アーウィンさん! 別にオレの身内だからって無理に褒めたりしなくて良いから!」

「心にもないおべっか使えるなら、もう少しジュードにも好かれているよ」

「う、上手いこと言うなよ! こんな時に限って! いや、オレ————アイツはダメだろ! 化粧したり髪を梳かしたりしてもガサツで育ちが悪いのが出てるというか」

「まあ、貴族のお嬢様みたいにとはいかなかったけれど。それでも可愛かったよ。ハツラツとしていて笑顔がキラキラしてて……少なくとも今日来てた女性の中でいちばん可愛かった」

「うぐぅーーー!」


 レオは胸を槍で貫かれたかのように押さえ込んで床にへたり込んだ。

 レオだけじゃなく、グラニアやニールも目頭を押さえて俯いている。

 クイントとアリサは腹を抱えて笑っていて、ドンは「メシが進む話だなー」と言いながら蒸した芋を頬張っている。

 どうも、僕だけズレてしまっているような気がするけど、まあいいや。

 風呂でも入ろうっと。


「バカだねえ、さっさと言わないからそんな目に遭うんだよ」

「ホント……側から見てるこっちまで熱くなっちゃったわぁ」

「レオ、みっちり説教してやるぜ」

「パーティの料理うまかった?」

「で、可愛いひまわりのお花みたいなレオナちゃんは、ウィンとチュッチュしたの?」

「す、するわけないだろ‼︎ バカァーーーっ‼︎」


 居間から聴こえるみんなの騒ぎ声と自然と漏れる鼻歌が合わさって心地よい入浴だった。



 ◆



 アーウィンさんは気疲れからかすっかり眠り込んでしまっている。

 オレもなれないことをして疲れ切っているから早く眠りたかったんだけどニールが許してくれなかった。


「お前バカだろ。なんで格好の機会に全力で逆走してるんだ?」

「返す言葉も無いよ……」


 オレはまたしても逃げた。自分の正体を明かすことから。


「つーか誰だよ! レオナって! アイツの天然ボケを利用してんじゃねえよ!」

「だ、だって……赤の他人だと思ってくれてるなら女らしくしても気持ち悪がられないと思って」

「その発想が既に気持ち悪いわ。ドレス着て正体隠して女らしくするって女装する男がやることだぞ」


 気持ち悪いと面と向かって言われるとたとえニールの悪態だろうと傷つくよ……つらくってベッドに顔を埋め唸ってしまう。

 ニールは大きなため息をついた。


「なんだか……複雑だな。信用できない男には明かしたくないし、好きになった男には明かせないなんて」

「おいおいおいおい、ちょっと待て。別にオレはアーウィンさんのことをす、好きだなんて」

「ドレス着て化粧して、指を繋いで踊っておいてよく言うぜ。それに、あの陰気バカは警戒心強いからな。好意を向けられていない相手に好意を返さねえよ」


 ニールの鋭い指摘に参ってしまう。

 たしかにオレはアーウィンさんに好意を抱いている。

 同い年くらいなのに冷静で大人びているところとか、知的なのに中身はメチャクチャ感情的なところとか。


 そして今、オレ達は良い関係を築けていると思う。

 彼はオレに憧れや信頼を抱いてくれているし。

 だけどそれは男同士という前提で成り立っているものだ。

 しかもレオナを演じたことで彼の本音を探り出してしまった感もあるし、今明かしたら恥ずかしさでのたうち回ることになるだろうな……


「嘘を一度つくとどんどん膨れ上がっていくって本当だなぁ……」

「さっさと解消しないと余計しんどくなるぞ。今日だって楽しんできたんだろ。バカ貴族やり込めて気分爽快の一日だったんだ。それがアイツとレオナの思い出のままじゃレオは思い出話に参加できないんだぜ」

「あー、もう! 分かったから! ガラにもないセンチメンタルな説得されなくてもちゃんとアーウィンさんに白状するよ……近いうちに」


 オレが弱気になるとニールは苦笑して、少し遠い目をした。

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