第28話 夕焼けのダンスホール
ホールの隅の壁にもたれかかり、十歳くらい老け込んだ気持ちになっていると、レオナが心配そうに話しかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「……生きた心地しなかったよ。モンスターに取り囲まれた時よりも嫌な汗をかいた」
「でも良かったじゃないですか! よくわからないけれど、アーウィンさんが認めてもらえたということですよね!」
「認めて、か……僕が騎士ならば総督や連なる人々に覚えめでたくなるのはいいことなんだろうけど冒険者だからね。旨味がないのに注目を浴びるなんて何もいいことがない————」
と、ボヤいていると案の定、ジュードがツカツカと近づいてきた。
「さすがだなあ、アーウィン。イルハーンに取り入ってうまくやり過ごしたじゃないか。エルンスト様といい強者への尻尾の振り方は覚えたようだな」
酒を思い切り呷ったのだろうか、赤ら顔で足取りも覚束ない。
よほど僕が伯爵や他の学友に認められたことが気に食わないのだろう。
「問われたことに答えただけだ。イルハーンさんにしても、ギルドでは言葉も交わしたことがない」
「嘘をつけ! どうせ冒険者同士、平民同士で口裏合わせていたのだろう! 伯爵様もいいかげんなものだ! トーダイの面汚しをのさばらせるわけにはいかないと言ってくれていたのに‼︎」
やっぱり、さっきの問答はコイツの差金か。
傲慢で横暴なくせに目上の人間にはへつらうものだから味方を増やすのが上手い。
学生時代と変わらずだな。
「落第した僕を救済するという建前を自分で潰しているけれどいいのか?」
「貴様っ‼︎」
ジュードの手が僕の胸ぐらを掴む。
瞬時に会場がざわめき、僕たちに視線が送られる。
「や、やめろ! お前! こんな場で暴力沙汰なんて」
「うるさい! まぐれで感心を得たくらいで調子に乗るな! どうしてお前が中退したのか! 先輩方に知ってもらおうじゃ————」
「テヤアアアアアッ‼︎」
パキャッ————と缶を潰すような音がした。
それは、レオナの蹴撃がジュードの後頭部に突き刺さった音だった。
ぐるんとジュードの目玉が回り、白目を剥いてその場に倒れた。
「レ、レ、レ…………」
僕は起こった事態に言葉と冷静さを失っている。
レオナもさすがにマズイことをしてしまったと分かっているようで顔を両手で隠していた。
伯爵邸の庭は広大かつ手入れが行き届いており、屋外パーティを行うための拓けた場所もある。
夕暮れの時間には涼やかな風が流れ、鈴を転がすような虫の鳴き声を運んでくる。
会場を追い出されたという状況でなければその風情を楽しめたのだけどな。
「本当に…………ごめんなさい」
「ど、土下座なんかするなって。着飾った女の子がさ」
君のドレスは背中が開いていて目のやり場に困ってしまうんだよ……
ジュードを失神ノックアウトしたレオナは当然、会場を追い出された。
伯爵やエルンスト様達が僕たちの肩を持ってくれたが、名門貴族家に繋がる上に正規軍の騎士であるジュードがパーティで失態を晒したことはなかなかに面倒なことなので隔離されたのだ。
「まあ、僕の評判なんて落ちるところないんだ。それにジュードに暴力でねじ伏せられる方がよっぽど嫌だったよ。護ってくれてありがとう」
まーあんな凶悪な足技持っているなんて予想外だけど。
レオの妹だし、アオハルの連中はみんな常人離れしているからあり得なくはないのか。
それから少しの間を置いて、レオナが口を開く。
「やっぱり、アーウィンさんはエリートなんだよね」
「どういうこと?」
「冒険者やって街の喧しい酒場で大声上げて騒いでいるのよりも、ああいう偉そうな人たちと賢そうに言葉を交わしているのがしっくりくるんだもん。私が余計なことしなければ正規軍とか伯爵様の従者とかになれたんじゃないかって思えて」
「僕は、そんな大した人間じゃないよ」
「あなたの自己評価はあんまり信じてない」
レオナはどこか拗ねている様子だった。
なんだろうな、この馴染みある面倒臭さは。
「今のパーティを抜けて、軍に入るとか宮仕えをするつもりはない」
「本当に?」
「うるさい奴らだし、知性のかけらもない連中だけど居心地は悪くないんだ。キミの兄さんには本当に憧れているし」
「そ、そういうのはいいんだけど……じゃあ、ずっとアオハルに居てくれるの?」
「みんなに嫌がられない限りはね。僕のことを仲間扱いしてくれるのはアイツらくらいだし、僕も彼らの仲間でありたいと思ってる」
と、言うとレオナはホッとしたような顔をした。
「よかったぁ〜」
自分の兄のことを案じてのことだろうに、自分のことのように喜んでいる。そういうところも可愛く見えるな。
「ねっ。せっかく練習したんだし踊りませんか?」
「えー……僕は別に」
「私が踊りたいの! それとも……私じゃダメですか?」
僕の手を取って上目遣いで尋ねるレオナ。
そんなことされたら、どうしようもない。
シャンデリアの灯りではなく、煌々とした夕焼けの太陽の光の下で僕はレオナと踊りはじめた。
彼女の踊りはレオと瓜二つだ。
同じ手足の長さ、表情、身のこなし。
だけど厳しい練習とは似ても似つかない幸福な時間。
鼻歌で奏でるワルツの調べに身を委ねれば安らかな気分になり、目と目が合うたびにドキッと胸に稲妻が走る。
ダンスなんて洒落臭い遊びだと言ったのは撤回しよう。
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