第30話 積年の怒り

 かつて僕が師事した魔術の家庭教師は言っていた。


「人間の運命ってそう簡単に変わらないものよ。クズが少しくらい善行積んだところで善人にはなれないし、権力者がちょっとミスったくらいではその地位は揺るがない。肝心なのはタイミング。人生には必ず分岐点があるわ。その時にやった事が今後の人生を決定づけるほどの大きな分岐点が」


 当時はトーダイ受験を焚き付けるための方便だと思っていたけれど、その言葉は彼女が僕に授けた数少ない役立つ事だった。




 ついに仕上がった防具を身にまとい、僕らは冒険者ギルドの扉を開けた。

 その瞬間、今までにない視線を浴びた。


「見ろよ! フルオーダー装備だぞ!」

「新人パーティのくせに! 贅沢が過ぎるぜ!」

「デビューでたまたま新ダンジョン発見とか持ってるよなあ」

「雑魚か強者かは雰囲気で分かる。奴らは――」

「ヒューっ! 綺麗なネーちゃん連れてんじゃねえか! ダンジョンより俺のベッドに潜ってくれよ!」

「おい。アレ、トーダイじゃねえか。新人パーティに寄生してるのかよ」


 元々、素行の悪い冒険者たちだ。

 成功した仲間を褒め称えるより、妬む方が主流だろう。

 だけど僕たちは気にしない。


「エヘヘ、モテちゃって困るねー。久しぶりに遊んでこようかな!」

「やめなさいってば。そんなに欲求不満ならクイントにでも相手してもらいなさい」

「よしてくれ。俺は身内には手を出さない主義なんだ」

「ま、女も飯も仕事こなしてからだな。訓練ばっかで鈍っちまうところだった」

「仕事終わりのメシ……楽しみだなあ」


 他人の悪意などどこ吹く風で陽キャ軍団はニカニカと笑顔を振り撒いて歩く。

 何十人もの冒険者がひしめいているギルドの中でも主役は僕たちなのだと譲らずに。


 受付に座っているギルド職員の顔ぶれの中にヒッチがいなかった。

 その事を尋ねると「ただいま出張中です」とのこと。

 パーティに誘えなかったのは残念だったけど、本を貸してもらったお礼を言いたかったのになあ————と、ため息をついたその時だった。



「アーウィン・キャデラックはいるかぁ‼︎」



 蹴破るようにドアを開けてギルドに入ってきたのは、ジュードだった。

 僕を見つけるとツカツカと近づいてけたたましく叫ぶ。


「貴様、伯爵に何を吹き込んだ⁉︎ この卑怯者めっ‼︎」

「はぁ? 何を吹き込んだって……あのパーティの問答以外では何も」

「しらばっくれるな‼︎ 私がオーサムなんかに異動させられるなんてあり得ない‼︎ 貴様の策略だろう‼︎」


 オーサム……王国最北端の極寒の地じゃないか。

 さすがの僕もジュードに同情してしまう……事はないな。うん。

 遠くに行ってくれるなら願ったり叶ったりだ。


「火炎系魔術を得意とするお前には向いてる任地じゃないか。手柄を上げてせいぜい出世してくれ」


 そして金輪際、僕に関わらないでくれ。

 とは流石に呑み込んだがコイツは納得してくれないみたいだ。


「貴様……雑魚のくせにしたり顔で見下して! そういうところが心底気に食わないんだ‼︎」


 怒鳴りつけると同時に僕の頬を殴りつけてきた。

 非力な魔術師とはいえレベル3相当のジュードの拳は僕を昏倒させるのに十分な破壊力はあった。

 膝をつく僕に追い討ちをかけるように髪を掴み上げてくる。


「さあ! 今すぐ伯爵に詫び私の処分を取り下げさせろ!」


 知らないと口ごたえしようとした瞬間、細い腕がジュードの手首を掴んだ。


「やめろよ! ウチのリーダーになにするんだ!」


 レオが眉を吊り上げて吠える。

 するとジュードは僕から手を離し、レオのおさげを引っ張った。


「貴様……あの時のっ! チッ、コイツがどこであんな良い女を捕まえて来たかと思えば。どこまでも私をバカにして————」

「イテテッ! くっそ! 離せよ! ションベン漏らし‼︎」

「だ、だまれえええええええええっ!」


 絶叫し腕を振りかぶるジュード。

 その大きな呼吸の間隙を縫うようにぬらり、と。

 ニールが近づいてきて、


「黙るのはテメェだよ」

 ジュードの鼻っ面に拳を叩き込んだ。

 弾け飛ぶように顎が上がり、鼻血を噴かせてたたらを踏むジュード。


「きっ! きっ! きさまぁ〜〜」

「ケッ! うつむいて虫ケラ踏むような下っ端イジメばっかやってるから左遷されたんだろうが! 残念ながら当然ってヤツだ」


 ハハッ、と勝ち誇ったように嘲笑うニール。

 すると、ジュードの顔色がみるみる真っ青になっていって――マズイ。


「危ないっ‼︎」


 咄嗟に僕は叫んだ。

 しかし、時は既に遅く、


「ファイア・ニードル!」


 ジュードの放った炎の針がニールの腹に突き刺さった。


「ガッ……ガアアアアアアアッ!」


 ファイアニードルの針は体の奥まで突き刺さり中から焼き尽くす! 

 魔力耐性のほとんどないニールが食らえば死にかねない!


「アイスタッチ! ヒール!」


 僕は冷気を手に纏わせて炎の針を抜き、即座に治癒魔術をかける。

 咄嗟のことだったが判断は正しかった。

 ニールは息を荒くしながらもダメージの進行はおさまったようだ。


「ジュード……! お前っ!」

 もう我慢の限界だ。積年の恨みだけじゃなく、目の前で仲間を傷つけられた。

 ここで怒れないようなら男じゃない!

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