第8話 器の違い

 カナイドの村に着いた。

 人口二百人程度の小さな集落は木造の粗末な家が立ち並ぶが城壁どころか柵すらない。

 ゴブリンなんかに目をつけられれば良い狩場だろう。


「ここで孫とコイツが襲われたんです」


 と、村はずれにある納屋を案内した依頼者の老人と若い男。

 若い男の方は頭を割られているのか包帯を巻いていて顔色も悪い。

 ろくな治療がされていないんだろう。


「へぇ〜……この納屋でしっぽり楽しんでたわけだ。懐かしいな。俺も初体験は牛小屋だったわ」


 ニカっと笑うクイントだったが村長は不愉快になり、若い男は気まずそうな顔をしている。

 不謹慎にも程があるだろう。

 クイントを押し除けるようにしてグラニアが村長に質問する。


「ゴブリンの巣に心当たりはありませんか? どっちの方角から来たとか?」

「さっぱり……村の中でゴブリンなんて一度も見たことありませんでしたから」


 とつらそうに答える村長。

 グラニアも黙りこくってしまい沈黙が訪れる。


「おい、教育係! なんかやりようねえのかよ! せっかく目的地に着いたのに散歩して帰りましたじゃガキの使いにもなんねえぞ!」


 ニールは僕に向かって怒鳴る。

 それが教わる側の態度かと言いたくなる。

 するとレオが僕の気持ちを代弁してくれた。


「ニール! むちゃくちゃ言って困らせるなよ」

「でもよぉ、これじゃどうしようも――」

「さらわれた娘が身につけていたものとかありませんか?」


 僕は村長に尋ねる。


「服とかアクセサリーとか。できれば直近まで身につけていたやつ」

「タンスを探せばあるかもしれんが……」

「あまり時間が経ち過ぎていると意味ないです」


 村長がうーむ、と悩んでいると、若い男が


「これ……なんてどうですか?」


 と差し出してきたのは……


「わーお! パンティ!」


 アリサが嬉しそうな声を上げた。

 気まずそうな若い男と今にも彼を殺しにかかりそうな老人の対比に僕は笑いを堪えた。


「お……お借りして良いですか?」


 僕がそう言うとニールが笑う。


「うっわー……なんだよ。それをドンに嗅がせて持ち主捜すってか?」

「えぇ……オラじゃなくて犬にでもやらせてよ」


 バカ言ってろ。

 うん、これならなんとかなるか。

 僕は下着を握り込んで、呪文を唱える。


「【サーチナー】」


 下着を握った手が緑色に光り、その光は二手に分かれ片方は若い男に、もう片方は左斜め前に向かってスッと消えた。


「よし。南南東に……だいたい五キロといったところか。割と近いな」

「ちょちょちょちょ‼︎ い、今の何⁉︎」


 レオたちが慌てた様子で僕に尋ねる。


「光属性の初級魔術だよ。探索魔術、なんて言われるとおり物の持ち主の居場所が大体分かる。もっとも、いろんな人が触ったりしたものだと使えないけど持ち主と彼以外は触っていないみたいだから――――」

「それ浮気調査とかに使えそう! あたしにも教えてよー!」

「アリサが言うと洒落になんないな」

「やるじゃんかよ! よっしゃ! さっさと行ってゴブリンども皆殺しにしようぜ! ヒャッハーーーー‼︎」


 と、僕の解説もろくに聞かず騒ぎ倒した挙句、ドタバタと納屋を出て行こうとするニール達。

 その勢いに水を差すように村長が呟いた。


「本当に……助けてやれるのかのう。あの男が言ったように、ゴブリンどもに傷物にされて村の連中に忌み嫌われるくらいなら…………いっそ死んでいた方が」


 弱気な言葉を漏らす老人をレオが咎める。


「お孫さんの人生は彼女自身のものだ。あなたが値踏みすることじゃない。オレたちが必ず救って帰ってくる。その後のことは何もしてやれないけれど……でも生きてさえいれば幸せになれるチャンスがある。だから、諦めたりしないでください」


 新人冒険者だというのに歴戦の英雄が口にするような言葉をてらいもなく言ってのける。

 これが器というものなのか。

 僕には一生真似出来なさそうだ。

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