第9話 ダンジョン・アタック

 僕の探索魔術の指し示したあたりは山の麓の樹海だった。

 鬱蒼と繁る木々の間に明らかに何かが通行している跡があってそれを追っていくと人が有に通れる大きさの洞窟に辿り着いた。


「いかにも、って感じだな」


 僕は呟くと共にほくそ笑んだ。

 良かった。

 洞窟に巣を作っている程度の群れならなんとかなる。

 まずは陣形を組んで————


「うーーっし! 行くぞ! テメエら!」

「ま、待てっ!」


 僕は突撃しようとするニールを阻んだ。


「むやみに飛び込んだら危険だ! 罠を張られている可能性もある! 準備を整えてから慎重に」

「はぁ⁉︎ 何眠たいことを言ってるんだよ! ガキでも狩れるモンスターなんかに準備とかいらねーだろ」


 コイツの頭の中ではすでにこの奥にいるゴブリンを血祭りにしているのだろう。

 目が血走っていておっかなくて説得どころじゃない。

 だけど、レオが助け舟を出してくれた。


「まあまあ、ニール。ここはアーウィンさんに従おうよ。俺たちモンスターのことなんて全然知らないんだから。それにケガでもしたらその分お金かかるんだよ」

「うっ…………」

「言っとくけど、無謀に突っ込んでケガしたらその治療費は全額お前持ちだからな。赤字になっても知らないよ」


 レオの言葉を受けてニールは渋々と言った感じでその場に腰を下ろした。

 無茶をする仲間を柔らかく冗談混じりに嗜めるリーダー。

 ここがモンスターの生息域だということを忘れてしまいそうになるほどコイツらが漂わせる雰囲気は明るくて優しい。

 だからそばに居てもコイツらが遠くに感じてしまう。

 僕は一生、コイツらのようにはなれないから。




 ゴブリンの洞窟に入る。

 先頭にはニール。

 その後ろにグラニア。

 さらにその後ろにアリサ。

 しんがりをドンが務める。


 で、それから二〇メートルほど離れてレオ、クイント、僕の後続隊が続く。



『ゴブリンの巣穴で一番気をつけなきゃいけないのがバックアタックと挟み撃ちだ。光の差さない巣穴では松明の灯りが頼りだけど、横穴や罠を見落としがちになる。後列に配置した魔術師や弓士がやられてパニックに陥って全滅するなんてのはありふれた結末さ。だからその可能性をできる限り排除する』



 先頭のニールは左手に松明を持ち、前に進んでいく。

 すると歩哨のゴブリンに出くわす。

 ゴブリンの頭ではニールの治安の悪そうな顔を見ても警戒しない。

 むしろナイフ一本しか持っていないことに油断するだろう。


「ゲキャキャキャキャ!」


 喜び勇んで武器を突き出しニールに飛びかかるゴブリン。

 それを、背後にいるグラニアが槍の一撃で突き刺す。

 一撃死ができればいいが、できなければニールがナイフで確実に喉を掻き切りトドメを刺す。


『必ずトドメを刺すんだ。首を斬るか、頭が潰れて血が溢れ出したら死んだ証拠だ。逆に言えば、そうじゃない時は死んだふりしていると思って警戒しろ』


 倒れたゴブリンの頭をドンが棍棒で叩いて潰す。

 もちろん背後への警戒も緩めない。


『もし負傷したり毒を食らったらアリサが即座に回復する。狭い巣穴では一度に会敵するゴブリンはせいぜい二匹。よほどミスらなければ無傷で先に進める。ので、一番気をつけなければならないのはやはりバックアタックだ』


 ドンが前を向きニールを追って行く。

 それを追いかける小さな影————横穴に隠れていたゴブリンである。

 その手に持たれた短刀には毒がしっかり塗られている。

 いかに自分より大きい巨漢だろうと後ろから襲えば狩れる、と思い込んでいるのだろうが————


 ブゥンッ!


 と張り詰めた弓の弦が震える音がした。

 クイントの放った矢がドンに襲い掛かろうとしたゴブリンの頭を貫いた。


『後続隊は松明を使わない。闇に潜んでニールたちの背後を突くバックアタックに備えるんだ。基本的にクイントが狙撃。レオは近づいてくる敵を片付けてくれ。壁や天井に当たらないように剣は振り回さず突くんだ』

「すごい。アーウィンさんの作戦どおりだ!」


 レオが感嘆するが気を抜いてもらうと困る。

 もうすぐニールたちが最奥部に到達する。

 洞窟を根城にするモンスターは最奥部に広い空間を作ろうとする。

 モンスターの主な生活空間であり人質が捕らわれているのもそこだ。

 当然、多くのモンスターがいる。

 思いの外、みんなの手際が良くトントン拍子に攻略は進んでいるが、こちらも敵の全貌を把握しているわけじゃない。


『わざわざ娘をさらって持ち帰るあたり、統率しているボスがいる。緑色の肌をしたグリーンゴブリンは雑魚だが、灰色の肌をしたハイゴブリンはかなり手強い。また、グリーンゴブリンでも魔術を身につけたシャーマンや体の大きいホブの討伐難度はハイゴブリンに匹敵する。だけど、コイツらなら対処はできる。まずは————』


 ニールが歩哨のゴブリンの口に布を押し込んで身体を取り押さえる。


「恨むなら意地の悪い作戦を立てたウチの教育係を恨むんだな」


 ゴブリンの上半身に油が染み渡った布を巻きつける。それに松明の火を押し当てれば一気に火だるまとなる。


「ビギャギャギャギャ‼︎」

「うるせえ、ボケ」


 ニールが足蹴にすると火だるまになったゴブリンは必死で洞窟の奥に向かって走り出す。


『火だるまになったゴブリンをホールに突っ込ませる。ホールの中ではその灯りを頼りに戦うんだ。後続隊も速度を上げて合流する。最優先はボスを潰すこと。人質の救出はその後だ』


 ホールに火だるまのゴブリンが突っ込むとその場に集まっていたゴブリンたちはパニックに陥った。

 同時に、ニールが松明を投げつけ両手にナイフを握る。


「オラオラ! 正義の冒険者様が殺しにやってきたぞぉおおおおっ‼︎」


 ケンカ慣れしているのは伊達じゃない。

 蹴りや肘打ちといった体術でゴブリンを怯ませ、的確に喉を突き殺す。

 運足も華麗なものでゴブリンたちに背後を取らせず、有利なポジションに自分の体を運んでいく。


 突然の強敵の襲撃にゴブリンたちは警戒を強めたが、視野が狭くなり、他のメンバーの動きを見落とした。

 群れのボス、上位のゴブリンは魔術師シャーマン

 但し二匹。

 冒険者のものを奪ったのだろうか魔力集約効果のある杖を構え、ニールに攻撃魔術を放とうとする。

 しかし、


「【ファイア・アロー】!」


 僕の方が魔術の初動が速い。

 片割れのシャーマンに炎の矢を喰らわして首を焼き切った。

 それとほぼ同時にクイントの矢がもう片方のシャーマンの喉を貫く。

 即死はしなかったものの魔術を放てなくなったシャーマンの懐に一足飛びで近づいたのはレオ。


「せやああああああああっっっ‼︎」


 脇を締めてコンパクトに振り切った斬撃はシャーマンの首を落とした。


「よし! 一気に殲滅するぞ‼︎」


 僕の声に「おう!」と応えてみんなの猛攻が始まる。


「どっせえええええええええい‼︎」


 ドンの振り回す棍棒はゴブリンたちを何匹もまとめて吹き飛ばす。

 動きが鈍くなった連中をグラニアが槍でトドメを刺す。

 攻撃力のほとんどないアリサさえもロッドで倒れているゴブリンの頭をかち割るし、コイツら新人パーティと思えないくらい戦い慣れている。


「やあああああああっ‼︎」


 レオの上段から一閃が最後のゴブリンを両断し、ホールにいた連中を全滅させた。


「やったああああああ‼︎ 大勝利だっ‼︎」


 レオが喜びの雄叫びを上げる。戦勝ムードが漂いそうになったが、まだだ。


「人質が……いないぞ?!」

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