第7話 冒険者の3

 ガタガタと揺れる馬車の荷台に僕はアオハルの連中といるが、空気は最悪だ。

 もっとも、最悪と言っても無言でギスギスしあっているわけではない。


「あのジーンってオッサンムカつく! あたしの前の旦那だってもう少しまともだったよ!」

「若いパーティメンバーと浮気してアリサを捨てたアイツね。アレはまともというか中途半端に真面目で不真面目だったよなあ。浮気するなら結婚しなきゃいいのに」

「と、不真面目一〇〇%な浮気の専門家のクイントくんがなにか言ってるわ」

「腹減ったなあ。買ってきた食糧食っていい?」

「ぜってえこの仕事が終わったらあのジーンとかいうオッサンにヤキ入れてやる」

「やめなよ。一方的にオレたちが殴っただけだし、ここで手打ちにしようぜ。仕返しされない限りはさ」


 わーわー、ぎゃーぎゃー実のない話は延々と続いており、僕は距離を置いてポツンと荷台の端で座っている。

 こいつらの会話には素面ではとても混じれそうにないし混じりたくもない。


 素人同然のパーティでゴブリン討伐なんて危険すぎる。

 ヒッチは僕に謎の期待を置いてくれているから送り出してくれたが、気が気でならない。

 だって買い出しに行くよう指示しなければ食料や回復アイテムもなくクエストに突入しようとする奴らだからな。

 先が思いやられすぎるよ、まったく。


「ねえ、アーウィンさん。そういえば自己紹介途中だったよね」


 と、レオが僕に声をかけてきた。

 すると他の連中も僕の方を見る。

 期待と圧迫を感じさせる視線に僕は押されて紹介を始めることとした。


「アーウィン・キャデラック。十七歳、三級魔術師だ」

「せんせー、三級魔術師ってなんのことー?」


 クイントはからかうように僕を先生呼ばわりする。

 これからもこのまま通すつもりなのだろうか。


「戦闘職は国認定の階級制度があるんだ。三級ってのは下から五番目。上からも五番目だ」

「ん? あのジーンっておっさんが言ってたレベルとは違うのか? それに冒険者もランクがあるって聞いたけど」


 本当に何も知らないんだな。

 なるほど、ヒッチが僕に丸投げしていたい気持ちが分かった。

 それに、こう言った座学は僕の得意分野だ。


「じゃあ、ついでにレベルの概念も教えておこうか。人間の強さと言うのは修行や経験を積めば右肩上がりの直線で上がっていくものだ。だけど、戦闘経験の蓄積により、ある日急激に能力が跳ね上がる時がある。これをレベルアップっていう。普通の成長がなだらかな上り坂とすればレベルアップは階段みたいなものだとイメージしてくれ」


 僕の言葉にアオハルのみんなはふむふむと興味深そうにうなづいている。

 まったく人の話を聞かないわけでもないんだよな。

 興味があれば聞いてくれるってわけだ。


「理屈は解明されていないが、命をかけた戦闘経験がないとレベルは上がらないらしく、軍学校でいくら鍛錬していても実践経験のない者がレベル2に上がったことはない」

「へえ、じゃああのジーンっておっさんがレベル3って言ってたのはすごいことなの?」

「上の下ってところかな。大体の冒険者はレベル3で頭打ちになって40手前で引退する。あの見た目だと30代半ばってところだから実力はあるんだろうが、突出した才能の持ち主というわけじゃない」

「なんだよ、こっちが新人だからって先輩風吹かせてきたってわけか。ショボいおっさんだぜ」


 ニールがそう言って吐き捨てると、レオが目を輝かせて質問する。


「アーウィンさんはレベルいくつなの? 5? それとも6?」

「ミナイルのギルド冒険者でレベル5以上なんて10人もいない。あのイルハーンは別格だ。強すぎて同格の仲間が見つからないからソロでやってるくせに貢献ポイントダントツトップの化け物だよ」

「じゃあ、3とか4とか?」


 彼の期待に弾む声を聞くと申し訳なくなる。

 どうやら僕は人と関わるとその期待を裏切ってしまう星の下に生まれているらしい。


「…………1だよ。冒険者を初めて二年、僕はレベルアップしていない」


 あっ……みたいな声が誰かから漏れた。

 気まずい空気がたち込める————なんてことはなく、ニールが爆笑した。


「ギャッハハハハハハハハハ‼︎ 1ぃ⁉︎ なんだよ、お前メチャクチャ偉そうなくせに俺たちと同格ってコト⁉︎ おうタメ口聞いていいぞ」


 裂けそうなほど口を大きく開いて僕をからかい挑発する。

 屈辱的ではあるが、腫れ物扱いされるよりはマシだし重荷が取れた気さえする。

 これで過度な期待はされずに済むだろう。


「どうせ、お前らは僕を抜いていく。不意打ちとはいえベテラン冒険者に痛手を負わせられる新人なんて滅多にいない。戦闘センスがあるんだろう。一年もあればレベル2に上がる。もっとも、それまで生き残ればの話だがな」


 少し声音が重くなったせいか、レオはゴクリと唾を飲んでいた。


「縁起でもないこと言わないでよ」

「注意喚起だ。昔に比べればマシになったがそれでも冒険者は命懸けの仕事だからな」


 僕は指を三本立てて語る。


「『冒険者の3』という法則がある。冒険者にまつわる主要な統計の多くが三割とか3を含む数字になるというヤツだ。さっきも言った通り、一般的な冒険者はレベル3で引退する。当然、新人冒険者にまつわるものもある。代表的なものが、三年間冒険者を続ける奴は三割程度。怪我したり、戦意を喪失したりして別の道に進むものも多いし、単純に死ぬこともある。クエスト中に死ぬ冒険者は全体の三割程度でその内の三割は一年目の新人冒険者だ。さらにその死んだ新人の内、最初のクエストで死んだ者が三割程度。最初のクエストは冒険者人生における一番死にやすいクエストなんだ」


 嘲笑っていたニールの表情が強張っていた。

 他の連中も怪談を聞いた子供のように息を呑んでいる。

 すると、気怠げにグラニアが尋ねてきた。


「……なんでそんな流暢にウンチク垂れられるのにウィンくんはレベル1なのかしらぁ?」


 ブハァっ! とみんなが噴き出して大笑いに変わる。


「ギャハハハハハハ! グラニア! 流石にそれは言ってやるなよ! お前は鬼か⁉︎」

「いや、これはせんせーが悪いでしょ! 古強者が新人を諌めるような空気出して喋るんだもん! ククク……本当にせんせーだわ」

「いやあ、でもすごいよ! あたし、べんきょーできないけどウィンに教えてもらったらできるようになる気がする! しないけど!」


 コイツら…………

 僕が言いたいこと全然伝わってねえ……

 いや、伝わってるけどバカだから危機感を覚えていないんだな。

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