第8話 最終話 夢と浪漫の埋立地……復活の成長期には闇も多いよね

 東京湾埋立14号地。愛称『夢の島』

 現在の江東区、夢の島公園。

 東京湾に大型船舶を入れる為、遠浅の海底を掘った砂で造られた埋立地。

 戦時中『東京市飛行場』として埋立地の14号地が造られた。

 資材不足で中止され、戦後、海水浴場となる。

 ヤシの木なども植えられた夢の島、東京のハワイは三年で終了。

 高度経済成長期、ゴミの処分場がまかないきれなくなるとゴミの投棄場所として選ばれ、日に5000台の収集車で、ゴミの山が出来る。

 分別もされず生ゴミもそのまま投棄され、噂では人も棄てられたとか埋められたとか。実際には、人の死体はそれほどは棄てられていないが。

 生ゴミなどからハエとネズミの大群が発生し、近隣の住宅地へ被害が出る。

 全てを焼き払う、夢の島焦土作戦と二万個の毒団子で殲滅。

 翌年ゴミはそのまま埋め立て、廃棄場としての役目を終えた跡地が夢の島公園。

 その地下には大量のゴミとネズミやらなにやらの死骸。

 そこから発生するメタンガスが、たっぷりどっさりと埋まっている。

 いつか陽の光を浴びる事を夢見て、そこでは何かが待っているのかもしれない。


「夢の島ってなんだっけ……なんか、聞いた気がするんだけど。なんだっけなぁ」

 顔が夢の島か。

 先日、電車でそんな事を話したけれども、イチカは忘れているようだ。

 面倒だから思い出さないで欲しい。

「ここって、ゴミの上かしら。それとも下なのかしらねぇ。きっとどちらかにはガスも溜まってるわよねぇ」

 権藤が恐い事を呟く。

 やめろよ。びびってないよ? びびってはいないけどやめようよ。


「あっ! 駅で見た女の人だ。なんで公園なの? マサねぇ知ってる? 駅で見た女の人を、ただにぃが夢の島って言ってたの」

 おいおいおい。広げるなって。

 権藤に向かって激しく首を振るが、野郎はニヤリと悪い顔で笑いやがった。

「顔が夢の島って言ったんでしょう。悪いおじさんねぇ」

「そうそう。言ってた。どういう意味なの。顔が公園ってなに」

「おいおいおい。純真な子供に歪んだ知識をしこむなよ」

「あら、あらあら。公園が出来る前の事よぉ。ここは埋立地だったの。汚いものを埋め立てた夢の島に例えたのよぉ。汚い顔を厚い化粧で隠した女って意味ね」

「なにそれ! ひっどい! おじさんサイッテー」

「いやいや、俺が創った言葉じゃないよ? 俺はそんな事おもったことないよ?」

 くっそ。権藤め、腹かかえて笑っていやがる。


「そんな事言ってる場合じゃないぞ。何か出て来た」

 ナイスでグッドなタイミングで、奥から何かがやって来る。

「なによあれ。ひと?」

 ふさげて笑い転げていた権藤も、一瞬で眼つきが鋭く戦闘モードになる。

 ゆっくりと歩いてくる巨体。

 ムキムキのおっさんにも見えるが、何か人っぽくない。

「なんだか知らないけど、蹴り倒してくる」

「いや、おいっ……」

 なんだかわからないのなら蹴るなよ。

 なんで確認前にノータイムで攻撃を選択するんだ。


「あひゃっ!」

 迫る巨体に、大股で突き進むイチカ。

 いきなり間の抜けた声をあげて、イチカが目の前から消えた。

「なっ……イチカっ!」

 慌てて駆け寄ると、イチカが立っていた場所に穴がある。

 落とし穴に落ちたようだ。


「ただにぃ~たぁすけてぇ~」

 穴の中から声がする。

 イチカは無事なようだが、穴は深く何も見えない。

 ライトで下を照らすと穴の途中で、両足を壁につっぱって広げたイチカが引っ掛かっていた。穴が狭く、壁がしっかりしたものだったので助かったようだ。

「降りるか登るか出来ないかぁ?」

「むりー。下は剣山みたいに針の山だし、幅が脚ぎりぎりだから登れないよぉ」

「分かった。待ってなー」

 んーどうするか。


 こちらに近付いて来ていた巨体は、もうすぐ目の前に来ていた。

 勝手に入ったからか、怒りに燃えた顔をしている。

 まるで仁王さま。金剛力士像のようだ。

 筋骨隆々の巨体は、俺よりも頭ひとつは大きい。

 だが、生身には見えない。

 まるで木造の人形のように生気というのか、生き物っぽさが感じられない。

「ほらぁ、ロープがあったわよ。イチカちゃん助けるんでしょ」

 権藤が、どこかからロープを見つけてきてくれた。

「あぁ、すまない。引き上げてやらないとな」

「ちょっ、うしろ!」

「え? あっ……」

 権藤へ振り向いた顔を、仁王へ戻すが遅かった。


 岩の塊のようなこぶしが、振り向きざま顔に叩きこまれる。

 問答無用で襲って来た仁王の拳に、たまらずよろめいてしまった。

 そこへ、息もつかせぬ怒涛のラッシュが繰り出される。

 やはり生き物ではないようで、呼吸もせずに続く疲れ知らずの連打は、止まる気配もなく遠慮もなく、俺の顔を左右から殴り続ける。


「あらぁ。あらあらぁ。ねぇ……貴女の叔父さんやばいわよぉ」

「いいから、はやくぅ。助けてよぉ」

「なんかバケモンにボッコボコよ?」

「いいからぁ、ロープちょうだぁい」

「えぇ……ちょっとアタシでもひいちゃうわよ。心配してあげなさいよぉ」

「大丈夫だってば。ママ以外に、ただにぃを殴り倒せる奴なんていないって」

「へ? あら。そういえば、あんなに打たれて倒れないわね。なるほど、全身バネみたいな奴ねぇ。威力を吸収して受け流してるのね。効いてないなんて厄介だわぁ」

「ただにぃを殴り倒せるような奴が相手なら、騒いだって無駄だよ」

「それを倒せる貴女あなたのママって、どうなのよ」


 なんか向こうはのんびりだな。

 効かなくても痛いもんは痛いんだよ。

 丸太みたいな腕で殴られたら痛いんだよ。

 ぼこぼこ好き勝手に殴りやがって。

「いっ……てぇんだよこらぁ!」

 連打の合い間に大きく踏み込み、大きく振りかぶった右のこぶしを突き出した。

 金剛力士のような巨体を、カウンターの一撃で殴り飛ばす。

 地面に叩きつけられた巨体が、はずんで転がり、脇にあった井戸のようなものにぶつかって、そこへもたれるように倒れた。

「はぁ……あれ喰らって、よく生きてたわねぇアタシ」

 権藤が、後ろでため息を吐いていた。


「いてて……まったく、なんだってんだ」

 権藤と一緒に、ロープでイチカを引き上げる。

 なんだか御機嫌斜めのようだ。

 戦闘に参加できなかったのが気に喰わないのだろうか。

「……はぁぁぁ~」

「え? ちょっ、まっ……あ……」

 大きく鼻から吸った息を、ゆっくり口から吐き出すイチカ。

 止めようとしたかったが、止める間もなく駆け出すイチカ。


 座り込む姿勢で動かない仁王へ、イチカが駆け寄り……跳ぶ。

 何がしたかったのか、かなり手前で跳んだ。あれでは届かないだろう。

 それでも仁王の遥か手前で繰り出す大振りの右回し蹴り。

 当然届かないが、回転は止まらずに続けて繰り出す後ろ回し蹴り。

 その左足も届かない。


「うっそだろ」

 そこから上体を傾けたイチカは体を捻って、さらに繰り出す右の回し蹴り。

 俺の背中にゾクッと冷たいものが駆け上がった。

 まさかの三段蹴りが、仁王の首を狩る。

「とんでもないわね」

「ひぃっ」

 うっかり小さな悲鳴を漏らしてしまったが、仕方のない事だろう。

 権藤すらも呆れるイチカの蹴りに、太い仁王の首も耐え切れなかった。

 未確認の相手に、何故そこまで出来るのか。

 仁王の首が暗闇を飛んで転がって行った。


「いやぁ~思い切りがいいわねぇ。血が噴き出さなくて良かったわね」

 半笑いの権藤が、イチカを見ながら呆れている。

「わっははー。落とし穴程度でどうにかなるとでも思ったかぁ。ちょっとだけびっくりしたけど、あんなのでやられないんだから。バカめぇ片腹痛いわぁ」

 首の捥げた仁王に足を掛け、高笑いをするイチカだった。

 落とし穴に落ちた時に、よっぽど怖かったようだ。

「……はぁ」

 ため息しかでないよ。

 どうせ『傍ら痛い』の意味も分かってないんだろうなぁ。

 叔父さんは、そんな君を見ていると傍ら痛いよ。


「ちょっと。ヤバイんじゃないの?」

 急に慌てだす権藤。

「ヤバイなんてもんじゃないだろ。ガスとか溜まってないだろな」

 番人を倒された腹いせか、勝手に迷い込んだ者への嫌がらせか。

 恐怖を煽る地鳴りと共に、笑えてくる程盛大に揺れる床と壁。


「ちょっとただにぃ。これ大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないだろう」

「あっ、崩れて来たわよ」

 壁が崩れだし、そこから注ぎ込む大量の水。

 恐らく海水だろうが、巻き込まれたらどこまで流されるのか。

 海までは息がもたないぞ。

 逃げ出そうにも、イチカに抱き着かれて身動きがとれない。

 やめて。そんなに締め付けたら叔父さん死んじゃう。


 見えないが天井も崩れているようで、ボロボロと土塊つちくれが落ちて来る。

 抵抗する間もなく足元が崩れ、全体の崩落が始まる。

 そして、やはり何かしらのガスが溜まっていたのだろう。

 地底に響く爆発音。

 地底に棲むナニカ。地底に広がる人気ひとけのない町。

 全ての謎を巻き込んで、崩れる洞窟が爆発に呑まれる。

「爆発オチなんて……」

 無駄な抵抗だろうが、イチカを胸に抱き寄せ…………


「どうなってんだ……またかよ」

 以前にも、こんな事があったような気がする。

 いつの間にか海に出たようで、海面を揺蕩っていた。

 仰向けになった俺をボート代わりに、イチカが跨って乗っていた。

 遥か北に陸地が見える。

 この距離なら泳いで、どうにかなるだろう。

 権藤の姿は見えない。崩落に巻き込まれ、埋もれている事を祈ろう。


「あれって何だったんだろうねぇ。前もこんなだったねぇ」

 腹の上でイチカが呟く。

 そういえば前にイチカを連れて行って権藤に会った遺跡でも、こんな感じで吐き出されたっけな。

「……っ!」


 そうだ。不意に記憶が蘇る。

 あの時のような目に遭わないようにしないとな。

「イチカ。スカートのなか…ぶふぉっ!」

 イチカの右ストレートが、俺の顔面を捉えた。

 覗いたりなんてしないからなって、言い終わらないうちに叩きこまれた。

 またかよ。


 俺の名は橘 尹尹コレタダ トレジャーハンターだ。

 古のお宝が俺を待っているが、高い所と乗り物は勘弁な。

 都内近郊のお宝と神秘を求めて明日も行くぜ。


 ……今日は海に沈んでおくが。

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