第6話 忘れられた魔法の言葉……皇居には勝手に入れないよ
俺は橘
乗り物には弱いけど、都内近郊のお宝を求める冒険野郎だ。
都心に残る謎の穴。埋蔵金の調査依頼を受けてやってきた。
何故か姪の女子高生、柚木
何故か今日も、異様に短いヒラヒラしたスカートでついて来た。
もう何もいうまい。
麹町四丁目の信号から南へ進む。
もう少し南下すれば、江戸時代には赤坂御門があった辺りか。今は大学やら大使館やらが並ぶ、紀伊徳川家上屋敷があった辺りだろうか。
マンションが立ち並ぶ、その裏にひっそりと建つ古い三階建てのビル。
「ここだな。こいつだけ昭和な雰囲気だなぁ」
「すごいとこにあるねぇ。売ったらすごそうだね」
そういえば、よく相続したな。いったい相続税を幾ら払ったんだろう。
「この辺は坪六百万とかするからなぁ。小さいとはいえ、結構敷地もありそうなのによく払えたな。まさか埋蔵金を当てにしてたりしないよな」
「ここ売ったらいくらになるんだろうねぇ」
しばし二人で小さなビルを見上げてしまう。
「この辺りは昔からお偉いさんだのが住んでたからな。庶民が住む所じゃないなぁ」
「あっ、知ってるぅ。大名屋敷から名前をとって町名になったんだよね」
「おぉ、凄いじゃないか。よく知ってたな」
「へへ~。これでも現役だからね」
「じゃあ、その三つの大名家は何処だ?」
一丁目二丁目という丁目がない町、紀尾井町。
紀伊、尾張、彦根の三つの屋敷があったという町だ。
「え? みっつ……あぁ」
なんとなく聞いた事があるってだけだったか。なんか固まったぞ。
「現役の学生なら知ってるよなぁ」
「し、知ってるよ? 当たり前じゃん。き……き、き、紀州!」
「おぉ、正解だ」
なんか聞いた事ある名を、頭文字から当てようとしてるな。
「お、お……お、尾張!」
「凄いな、正解だ。最後の一つは何処だ?」
だが、ここまでだろう。
そのやり方だと、最後の一文字は絶対に出てこない。
最後だけ地名じゃないからな。
「へへん。い……い、い、いぃ~? あっ! 紀伊! 紀伊のイだ」
「尾張だから尾州。紀伊は紀州だ。紀伊の伊だったら字が違うだろ」
「むぅ~……あっ、伊勢だ!」
「伊勢も字が違うだろ。最後は彦根だ」
「井じゃないじゃん! ずるだ!」
「何がずるいんだよ。紀伊も尾張も徳川だから家名じゃないだけだろう。彦根の彦をとったら紀尾彦になっちまうだろ」
「誰それ」
「だから最後だけ家名の井伊からとったんじゃないか?」
「いいかぁ~。アタシらの名前もいいだし、そうじゃないかと思ったんだよねぇ。でもさ、紀尾彦でもカワイイよね。
イチカが謎の人名を口にする。
「誰だよそれ。あと、同じいいでも字が違うだろ」
尹尹と井伊。字も読みも違うのにイイとイイ。
それよりも誰だ。ほんとに誰だよ
「え~あるじゃぁん。あそこだよ、地下鉄の駅があるじゃん飯山登って」
「飯山……それ、人に言ってないだろうな。
頭をフル回転させ、似た地名を記憶から検索した。
「あぁ~それそれ。みつるかぁ」
「
「……っ!」
ぼっと耳まで真っ赤にして固まる
ビルの地下。ボイラー室の向かい。
スチールドアを開けると情報通りに穴の開いた部屋に出る。
大きな縦穴にコマリフトが一基とりつけてある。
ここを降りると、横穴が東へ向かって伸びているらしい。
「それじゃあ早速おりてみますか」
持ってきたヘッドライトのベルトを頭に、腰にはプラスチックのランタンを着ける。少し頬をふくらまらせたイチカも、ヘッドライトを装着する。
彼女の手には小型の懐中電灯もある。
汚れるからって、手は使わない気だな。
それでも穴にはもぐる気のようだ。
「よし。いくぞ」
「う、うん」
まっくらな縦穴を覗き込み、イチカは少し緊張気味のようだ。
コマリフトの操作盤を開き電源を入れると、脇から伸びるコードを手繰りリモコンの下降ボタンを押した。
ガコンと重い音がしてコマリフトはゆっくりと、底の見えない縦穴へ降り始めた。
コマリフトは荷物運搬用であり、人の乗降は禁止だったりはするけれども。
何もない穴の底には、東へ向かい横穴が伸びていた。
横穴の高さは2mくらいはあるだろうか。自然の穴ではなさそうだが、土がむき出しのままだった。江戸時代から放置されていたなら、途中で崩れていそうだ。
「え~、暗い~。なんか変な臭いするよぉ」
穴の中なので暗いのは当たり前だし、風も通らないので湿った土の臭いも変な臭いになるだろうよ。ほんと、なんでついて来たんだ。
「崩れるかもしれないから、壁は触るなよ」
からかったり𠮟りつけたりしたら、殺人キックが飛んで来るので、そっとしておく事にしよう。構わず横穴へ入って行く。
「あ~、待ってよぉ~」
「ん~……おかしいよなぁ」
横穴を慎重に進んで一時間。やっぱり、おかしい。
「なに、なに? 怖いのはだめだよ」
「穴の中だからか、スマホの位置情報も使えないけど……大分、南に向かってるような気がするんだよなぁ」
ほぼまっすぐ東へ向かって伸びる予定の横穴だが、うねうねと蛇行しながらで分かり難いけれど、感覚では南に向かっている気がする。
「え、皇居に向かってんじゃないのぉ。地下から皇居に侵入したら天皇陛下とか見られるかと思ってたのにぃ」
そんな事したら捕まるだけじゃすまないだろうな。
「首相官邸じゃないんだから、皇居に侵入したら大変な事になるぞ。世が世なら公開処刑で獄門だぞ」
「獄門ってなに?」
「さらし首だよ」
「え~、やだぁ~。穴に潜るっていうから、お化粧してない~」
何言ってるんだろう、この
「今ならさらし首はないだろうから安心しな」
「そっかぁ……ん? 首相官邸って入っていいの?」
また、おかしなとこに喰いついたな。
「日本人ならいつでも誰でも入れるよ。誰でも中に入って政策について意見する権利があるんだよ。ある一言、魔法の言葉を入口で口にすればな。その一言を告げれば、総理に会えるって決まってんだ。大昔は、連日国民が意見しに行ってたらしいぞ」
「え、何それ! アタシ行った事ない! ずるい! なんて言うの? おしえて」
ずるくはない。なんだ? 狡いって流行ってんのか?
「お前が何するか怖いから教えないよ。自分で勉強しなさい。総理に会うのも勉強するのも、日本人に与えられた当然の権利だよ」
ぐねぐねと曲がりくねって分かり難かった道も、ほぼまっすぐになってきた。
間違いなく南へ向かって、まっすぐ伸びている。
「なんで穴の中で方角がわかんのぉ? アタシは外でもわかんないのにぃ。ずるい」
「狡くないだろ。お前の方向感覚はどうなってんだ」
何処へ向かっているのかわからなくなり、出口があるのかも怪しいし、酸素も心配になってきた。おかしなガスが出てたりとかしないだろうか。
これは一度戻った方が良さそうだ。
イチカを連れたまま無茶は出来ない。
と、考えているとひらけた場所に出た。
「なにここー。ひろーい。でっかいねぇ」
「なんだ此処は……坑道か?」
天井も高く、ライトの灯りが壁まで届かない場所もある。
何かの鉱石か、こぶし大の石が積み上げられた山があったり、つるはしなどの道具も転がっていたり、雰囲気は鉱山のようだ。
ただ、本物の鉱山へ行った経験がないので、そんな気がするってだけだが。
「あっ、誰かいるよ。すみませ~ん」
「えっ、あっばかっ……」
こんな場所に人が、少なくともまともな人間がいるわけないだろ。
だが、止める間もなくイチカは見つけた人影へ駆け寄って行く。
「うぁヴァ……んぁあぁあっ!」
呻くような叫ぶような、人から出るとは思えない声。いや、音と共に人影が振り向き、両手を広げてイチカに飛び掛かる。
一瞬、背中に冷たい何かがはしる。
「ぎょぶぇっ」
潰れたカエルのような断末魔と共に、人影が壁まで飛んでいき倒れて動かない。
「なになになにぃ? 何あれぇ! ヒトじゃなかったよぉ、ただにぃ怖い~」
俺はお前が恐いよ。
何なのか確認する前に蹴り飛ばすなよ。
イチカに蹴り飛ばされたナニカは、完全に意識を失くしていた。
生きてはいる……ような気がする。そう願いたい。
何が恐いって、蹴り飛ばしたのはミドルキックだった事だ。
意識を刈り取るハイキックではなく、脇腹を狙ったミドルキックで一撃KOはおかしいだろう。痛くて苦しくて動けないなら分るが。
「なんかぶよぶよしてたぁ。気持ち悪い~」
「なら蹴るなよ」
それは両手両足が有り、人型ではあった。
服も体毛もなく、肌はうすいグレーだろうか。肌はぶよぶよしている。
痩せて筋肉質だが、何よりもその顔が
「カエルっぽい? なにこれ……人……じゃ、ないよね?」
その顔には目も鼻も耳もない。顔の半分はある大きな口だけだった。
「地底人……とか?」
こんなものは見た事がない。
問題なのは、割と凶暴な感じだった事だ。
この暗闇で、こんなのに群れで襲われたら。
「ぶぇぇぇえぇぇ!」
「ぐぇあぁあ~」
「ぶぇぇぶぇぇ」
「ぶぇあぁ~ぶぇぇ~」
最悪だ。
四方八方から奇妙な叫び声が響く。
とても友好的には聞こえない。
そもそも、仲間を一体蹴り飛ばしているしな。
「なになに? 逃げた方がよさそう?」
「他に選択肢があるのかよ。逃げるにしたってなぁ」
どう考えても、暗闇の中じゃ奴らの方が圧倒的に有利だろう。
何か、何かないか?
「来たっ!」
倒れているのと同じような、得体の知れないナニカがぞろぞろと集まってきた。
そいつらが、啼き止むと同時に襲い掛かって来た。
目がないだけに、闇の中をものともせずに一斉に襲い掛かって来た。
「大人気だな、くそっ」
「ふぅ~……しゃあっ!」
舌打ちをする俺の横で、深く息を吐いたイチカが一声吠える。
気合を込めた少女の白い脚が、灰色の怪物を薙ぎ倒す。
「ひっ……」
やばい。変な声が出ちゃったよ。
暗くて良く見えない中、踊る様にくるくるとまわるイチカが、奴らの中を舞い踊り蹴散らしていく。文字通りに。
掴みかかる手を蹴り落とした足が跳ね上がり顎を蹴り砕き、翻る脚が後ろから飛び掛かかった大柄な奴を蹴り飛ばす。足が胸に埋まり、変な鈍い音がした。
とまらないイチカの脚が、重い鈍器の様に群がる怪物共を蹴り砕いていく。
イチカが飛びあがり、前まわし蹴りが首を捉える。
「ひぃ!」
今の悲鳴はなんだ? とか思ったが俺か。
つい変な声がもれてしまった。
折れたろ……今、折れたんじゃないのか?
とどめとばかり、空中でくるりと回ったイチカの
水面蹴り。地面すれすれに振り回された脚が、駆け寄る怪物の脚を薙ぎ払う。
脚を狩られ浮いた所へ、まさかのサマーソルト!
その場で飛び上がるイチカがバク宙しながら蹴り上げる。
べちゃっと、転がる肉塊。
ひらひらと舞う短いスカート。
暗い所為か、何故か下着は全く覗き見えない、今日も鉄壁のスカートだ。
流石の地底人? たちも怯んだのか、動きが止まる。
俺達を逃がす気はなさそうで、遠巻きに囲んで様子を見ているようだ。
目はないようだが。
イチカが蹴り倒した奴らは動き出す様子はないが、まだまだ元気な奴らがわさわさと俺達を囲んでいる。
こっちにくんなよ?
膠着した今のうちに、打開策を見つけなければ。
興奮したイチカは、すっかり戦闘モードだ。一人で奴らを狩り尽くすつもりなのだろうか。叔父さんがいるのも忘れないでもらいたい。
何か、なにかなにかにか。何かないか。
こんな時こそプロらしく、冷静沈着に脱出口を見つけてみせるぜ。
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