第5話 高級高層マンション……職人の手間賃は変わらないけどね

「あ~! たまんないわぁ! やっぱりこれよぉ!」

「んっんんっ! んっんっんっんっんっんっんんっ!」

「……なぁ」


「はぁ~、だめよぉ。あぁ……もうダメなのに止まんないわぁ~」

「もっもっもっもっもっもっもっもっもっ……もっ!」

「……なぁって」


 俺は都内近郊を股に掛けるトレジャーハンター橘 尹尹コレタダだ。

 ここは俺の事務所兼自宅の筈だが、朝起きたら女装したおっさんが勝手に上がり込んでいた。

「何してんだよ、おっさん。てか、生きてたのかよ」

 以前の仕事でかち合い、嫌がらせをしてきた権藤 政樹。女装癖のおっさんだ。

 厄介な事に見た目は色気たっぷりな良い女だったりするので、たちが悪い。

「もぉ~何よぉ。うっさいわねぇ。見て分からないなんて、ぽんこつねぇ。京都名物生八つ橋を食べてんのよ。ほら、アンタも

「そんな事聞いてんじゃねぇよ。なんでで喰ってんだって聞いてんだ」

「細かい男ねぇ。もてないわよ? 姪っ子ちゃんは素直で可愛いわねぇ」

「んんっ! んっもっもっもっもっもっ……んんっ!」

 そのおっさんの向かいで、姪の柚木 尹尹イチカが生八つ橋をがっついている。頬をぱんぱんに膨らませ、リスかハムスターのようになって。

「何言ってんのか分からねぇって」


 仲が良いわけでもないどころか殺し合うくらいの敵同士な筈なのに、突然やってきた権藤。何故か家に来ていたイチカが中へ招き入れたようだが、頑張れば一人の大人でも入れそうなデカいダンボール一杯に詰まった京都名物生八ツ橋を持って来ていたらしい。それを二人で貪り食っていたようだ。

 朝起きて来て、そんなリビングの二人を見つけたってわけだ。

 いや、意味がわからねぇ。

「業者かよ」

 ちょっと見た事のない量の八ツ橋だ。

 もう、どうでもいいから帰って欲しい。


「次の仕事、アタシも絡ませなさいよ」

「マンションのキッチンか?」

「何よそれ。埋蔵金よ」

 どこで掴んでくるんだ。怖いおっさんだな。

「今日は午後からキッチン屋の仕事があるんだよ」

「どうでもいいわよ、そんなこと。皇居に通報するわよ?」

 どこまで知ってるんだ。足が綺麗だからって、中身がおっさんなら敵だ。

「皇居なんかに侵入する気はねぇよ」

「むんん~! む~! んっんっんっ……んんっ!」

 脇でイチカが煩い。

 何か言いたそうだが、何故追加の生八つ橋を口に押し込むのか。

「だから、何言ってんのか分からないんだよ。呑み込んでから喋れよ」

「んぐんくんく……んんっ……だからぁ、はむっ。んっんっんっ……んむっ」

 また喰いやがった。

「もういいや、喰ってろ。これから仕事なんで、もう出るぞ」

 こいつらは放っておこう。

 そんな事よりも仕事だ。


 トレジャーハンターの合い間の頼まれ仕事に、建築現場で働いている。

 手が空いた時に、ちょっとだけ手伝う程度ではあるが。

 これも付き合いってやつで、断れない事もある。

 今日は六本木のタワーマンション。ワンフロアに二部屋しかない最上階での仕事が回って来た。なんでも搬入が面倒らしい。


「おはようございます!」

「お~おはよ~。よろしくね~」

「おはようございま~す。おひさ~」

 現場詰め所で二人の職人に挨拶する。

 キッチンの取り付け職人、玄播げんばさんととまりくんだ。

 会社の雰囲気の所為なのか、二人とも間延びしたゆったりとした喋り方が特徴で、一見、大人しくて優しそうに見える。

 玄播さんは確か60くらい、泊くんは俺とどっこいな歳だったかな。

 見た目と違い、二人とも細マッチョの武闘派だったりする。よく、左官や大工ともめてるのを見かけたりする。

 まぁ、神奈川の会社の人なんで仕方がないのかもしれないけれど。

 神奈川は、職人も警官もチンピラかゴロツキみたいなのしか居ないからな。

「そういえば急に思い出したんだけど、あの耐震強度偽装とかで有名になった検査会社ってさ、まだ神奈川では人気なの?」

「あ~、一時流行ってたけれど、今は落ち着いたかな」

「そっかぁ。金使わずに全国に宣伝して貰えたとか言って、結構浮かれてたよねぇ」

 少し前に、マンションの鉄筋が少なかったとかで、話題になった現場があった。

 そこの検査をした会社がニュースに取り上げられたが、検査が緩くて料金が安いってんで、いっとき流行ってた時期があったんだ。

 神奈川の現場に行くと、どこもかしこも同じ検査会社が入ってたくらいだ。

 鉄筋なんか入れてないから、建築途中で壁やら天井やらが崩れる現場も珍しくないし、予定よりも鉄筋が少ないくらいなら問題にもならない気もするけれどね。

 神奈川以外でも、埼玉も都内でも、壁や天井が崩れ落ちた現場は結構あったな。

 小手指こてさしとか武蔵関むさしせきとか……いや、今日はどうでもいい事だった。


 三人でマンションの最上階へ。

 大きな現場だと、たまにあるシステムだけど、荷揚げ屋さんを組(ゼネコン)で雇っている現場だった。どこの業者の荷物でも、組で雇ったしょぼい荷揚げ屋さんがエレベーターであげて来るのを、大人しく待っていないといけない。

 金と時間が無駄にかかる、腐ったシステムだ。

 通常では考えられない程、結構な人数を連日雇い、荷揚げ代として各業者から金をとる。さらに荷揚げ屋から監督へバックがあるというシステムだ。

 仕方なく最上階で、のんびり待つしかない。

「どーもー。キッチン屋ですぅ。今日は、殆ど搬入だけだけど、よろしくどうぞ~」

「あーどうも~」

「洋間出来てるよ~」

 部屋に入って、他の業者さんに挨拶する。

 中に居たのはクロス屋さんが二人と、家具屋さんが一人だった。


 相変わらず、どこの現場でも組の荷揚げはトロいなぁ。

「ここって高そうっスよね~」

 あまりにも暇なので、玄播さんに声を掛けてみた。

「この、最上階なんて2億だとか3億だとかするってよ」

「マっ……そこまでっスか」

 想像以上だった。

「なんでも芸能人が買ったらしいよ」

「あの歌手だって噂だけど、どうだろうね」

 そんな、くだらない話題で時間を潰していると、エレベーターが上がってきた。


「まじかよ……あぁ、いや……ごくろうさんです」

 上がって来た狭い本設エレベーターに、何故か荷揚げ屋が二人も乗ってる。

 荷物はシンクキャビネット一台のみ。お前らの代わりに荷物を詰めて来いよ。

 組、建設会社から内装工務店へ、工務店から各メーカーへ。メーカーから取り付け業者へと仕事が流れる。間に入る会社が、さらに増える事はあるが、下請けの下請けの下請けとなるのが取り付け業者だ。

 ここの荷揚げ屋さんは、大工、鳶と並び組からちょくなので、余り文句を言うわけにもいかなかったり、したりしなかったりする。

 ぐっと堪え、一台きり上がってきたシンクキャビを受け取る。

「何時間掛ける気なんだろうな」

 そんなつぶやきを漏らしながら部屋へキャビネットを運び入れた。

「うぉおおおー! すっげぇ、なんだこりゃあっ!」


「なになに、どしたん?」

 リビングから響く泊くんの叫び声に、何事かと顔を出す。

「うっはぁ……なんだこれ」

 リビングに壁がない。

 高層マンションの最上階。

 そのフロアの角にあるリビングルームは、全面ガラス張りだった。

「何考えてんだろうなぁ」

「これ、鳥が突っ込んで来たらどうすんだろ」

 見晴らしが良すぎて落ち着かない。

 やっぱりどこでも、設計とかしてる奴は頭がおかしいんだろうなぁ。

「風呂って見た? あっちも凄いよぉ」

 はしゃぐ俺達に、クロス屋さんが風呂場を顎でさす。


「あははははははっ……ひっ、バカだ……ひぃ、うははははっ」

「うわぁ……何考えてんだろうなぁ」

 風呂場を覗いた泊くんが笑い転げる。

 なんと風呂場もガラス張り。曇りガラスですらない。なんだこれ。

 中に入った俺は、さらに唖然とする物が目に入り、泊くんを手招きする。

「うはははははっ! ラブホでも見た事ねぇよっ」

「やっぱ、頭おかしいだろ」

 浴室に長方形の大きな鏡がある。

 まぁ、それは普通なんだが。なんと横に長い鏡が壁についていた。

 それは腰、というか股間の位置。絶妙な高さに取り付けられていた。

 何がしたいのか、さっぱり理解できない。

 流石は億ションだな。高級分譲マンションってのは凄いんだなぁ。


 一頻り笑った所で、やっと上がって来るエレベーター。

 次の荷物は何やら大きなダンボール箱だった。

「結構重いな。なんだろ?」

 そういえば、ここのキッチンはドイツだか、イタリアだかの外国製だった。

 普段、見慣れない箱に戸惑っていると、玄播さんが答えてくれた。

「フードだよ、デカイだろ。無駄に重くてな、付けるの大変なんだよ」

「デカすぎでしょ」

「下の階よりデカイなぁ」

 そんな会話で笑いながらレンジフードを運ぼうとする。

「どした?」

 玄関前で止まった俺に、玄播さんが声を掛ける。

 半笑いで振り向く俺は、やはり此処の設計は頭がおかしいと確信していた。


 玄関よりも幅の大きなレンジフード。

 唯一の、そして一番大きな出入り口である玄関。それよりも幅のある無駄に大きく重いレンジフード。絶対、日本で使う仕様じゃないだろう。

「どうする?」

「バラしたらいけねぇかな」

「どうだろう」

 梱包を開けて取り出し、換気扇からフード部分を取り外す。

「なんとか行けそうっスね」

「おお、良かった。なんで、こんなにでっかいんだよぉ」

 分解して、なんとか玄関を通れた。

「前にもこんなんなかったっけ?」

 洋間に運び込んだところで、少し前にも似た事があった気がして、泊くんに聞いてみると、笑って答えてくれた。

「あったあった。天板でしょ」

「あー。あれかぁ。あそこも、頭のおかしい造りだったねぇ」

 キッチンの幅いっぱいの天板。狭い廊下からも、リビングからも、何処からどうやっても天板がキッチンに入らない。そんなマンションがあった。

 結局天板を二つに切って、中に入れてからくっつける。

 そんなおかしな事になった現場だった。

 どうやって其処まで運ぶのか、それくらい考えて設計して欲しいもんだ。

「あそこは、躯体もぐちゃぐちゃだったよねぇ」

 酷かった現場を思い出した。

「床も壁も波うってるみたいに歪んでたねぇ」

「あそこって窓もズレてたよね」

「そうそう、あれは酷かったよねぇ」

 キッチンの窓の高さが図面と豪快に違っていた。

 しかも躯体に空いた穴で修正が出来ないし、窓の上には吊戸が付く予定だった。

 あんなマンションを買ったら災難だろうなぁ。


 そんなこんなで、一人でやれば30分で終わる荷揚げが4時間かかった。

「いやぁ、ごくろうさん。やっぱり何も出来なかったなぁ」

「折角、呼んで貰ったのに墨くらいでしたねぇ」

「まぁ仕方ないな。取り付けは次で終わるだろうし」

「ここって、キッチンも高いんでしょうねぇ」

「100万近くするんじゃないか? タカラの最高級とどっこいだったと思うぞ」

「え、タカラのあれって鉄の奴ですよね。こっちって、ベニヤっスよ?」

「海外の高級キッチンだからなぁ。手間賃は、ちゃんとベニヤ造りのキッチン並だぞ。タカラの鉄キッチンの方が手間賃は大分上だな。はっはっは」

 見える部分の化粧板やレンジフードは高そうな見た目だが、見えない部分はペラッペラのベニヤ板だ。タカラス〇ンダードの最高級キッチンは、ベニヤ無しの鉄製だが、ベニヤと同じ値段かぁ。

 こんな高級キッチンでも、取り付け手間賃はちゃんとベニヤ製の一台1万5千円。

 やってられないね。


 女装癖のおっさんと変な現場。

 頭のおかしいおっさんたちに出会った一日も終わり、いよいよ冒険の始まりだ。

 明日は東京の地下に眠るお宝を拝みに行くぞ。

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