第3話 上陸

ゴォォォ…


 薄暗く、剥き出しの機材が周囲を覆う円筒の小さな空間に、六体のArdy達が壁にあるロックアンカーで背中を固定し、前面をハーネスで押さえた状態で静止している。


「カーネル・ウォールトン」

 ウォールトンの意識の中に、対面のロックアンカーに固定されているジム・ベネットの声が聞こえてきた。

「カーネルはやめてくれ、今はそんな時代じゃない。いつも通りデイヴデイヴィット・ウォールトンもしくは、マスターでいいさ」

「しかし…

 少し困惑した声色を浮かべるジム。


「それでジム、準備はOKか」

「はい、No.3の Trooper Unit、全て整いました」

「いつでも、ご命令を」

「OK、ジムありがとう」

「ヘルメス、探査機スペースクラフトの準備はどうだ」

 ウォールトンはジムを気にしながらも、淡々と射出シークエンスの準備を進めてゆく。


 …すべてはGuardianガーディアンに委ねられている


 しばらくすると、マスターシップで作業を進めているヘルメスの声がArdy達の意識の中に響いてきた。

「全ての準備が整いました。これよりローンチ・フェーズに移行します」

 ヘルメスは、フローティング・モニターに映るウォールトン達のバイタルパネルに顔を向けながら応えた。

「ローンチタイミングのご指示をお願いします。ウォールトン」


 すると、ウォールトンの意識の中に、All OKのサインと共に、T-30のカウントダウンが表示された。

「よし、OKだ」

「BIR-F(Biological Incident Response Force)、これより未知の惑星に向け発艦する」

「ヘルメス、カウントダウンを始めてくれ」

 ウォールトンがヘルメスに指示をだすと、T-30のカウンターが回り始め、船体後方から鈍く重い音が響き渡り、BIR-Fを乗せた探査機スペースクラフトのエレメンタリ・スラスターが始動を始めた。

 その鈍く重い音は、徐々に甲高い音に変化し、スラスター後方の空間が歪み始めると、周囲の素粒子がスラスター内部に集中してゆき、スラスターが激しく光り始める。


そして、


―ゴッ、ゴッ!ゴッ!

 スラスター後方がプラズマ放電を始め、周囲の圧力が高まってゆく。


 探査機スペースクラフトの船体が、プラズマ放電の増加と共に激しく振動し、その振動の影響なのか、ウォールトン達はロックアンカーが更に強く固定されてゆくかのような、軽い圧迫感を感じている。


ゴォォォ!!

ガガガガガガ…


その時


< GO >

Ardy達の意識に、強くハイコントラストなサインが表示された。






―――ゴォォォオオオ!!…



 ウォールトン達を乗せた探査機スペースクラフトは、美しいプラズマの尾を残しながら、漆黒の闇へと消えていった。


 星々の大海が宇宙そらを照らしている。


 宇宙そらで瞬く星々は周囲で煌めく星々の輝きを反射し、光を放つことのない星でさえ、自らの存在を訴えるかのように、輝き続ける。

 その星々が謳歌する渇望の輝きの中に黒い影が落ち、周囲の光を反射する事なく、

巨大な漆黒の球体が漂っている。


>ピッ

「未知の惑星表面まで、300km」

「着陸予定地点まで、ヘルメス探査機主幹システムが、全てのコントロールをおこないます」

「OK ヘルメス。100kmを超えたら、操作系をこっちに回してくれ」

「OK ウォールトン。規則に従ってサブコントロールですが、よろしいですか?」

「あぁ、わかっている。余計な事はしないさ」

「今回のランディングは何が起きるかわからない、もしもの為だ」

 そう言うとウォールトンは、腕の横にある、左右のグリップを前に引き出し、握り始めた。



ゴォォォ…

 漆黒の大地に、滑らかなメタル色にコーティングされた探査機スペースクラフトが降りてゆく。


ピッ、ピッ…

「大気の影響無し」

「重力値も安定」





「200」

「各センサー、問題なし」





「100」

「各センサー、問題なし、着陸フェーズに移行」

「サブコントロールをウォールトンへ渡します」

 複数のフローティング・モニターがウォールトンの周囲に表示され、マニュアル・コントロール体勢に移行するウォールトン。

 探査機スペースクラフトのシステムに、ウォールトンの意識が接続されると、探査機スペースクラフトのアクティブセンサーがウォールトンとつながり、ウォールトンの意志は探査機スペースクラフトと一体となった。



「70」


…ピ …ピ …ピ

 アクティブセンサーが地表面を計測している。



 地表に近付くにつれて、無反応だったモニターが微細な何かを感知し、反応し始めた。


「ウォールトン」

「あぁ、キャッチしている」

 フローティング・モニターの数値が揺らいでいる。



「50」

「ウォールトン、惑星地表面に複合周波サイマティクスのエネルギー反応を感知」

 その時、地表面から柔らかなプラズマが発光し、探査機スペースクラフトを包み込む。

 そのプラズマ光は探査機スペースクラフトと地表面を繋ぎ、クッションとなりながら、ゆっくりと探査機スペースクラフトを降下させてゆく。



コォォォ…     … オォ



「…受け入れられた の か」

 探査機スペースクラフトは音もなく、惑星表面にタッチダウンした事さえ感じさせない程に、静かに黒色の大地に降り立った。

「ウォールトン、惑星表面にランディングしました」

「ヘルメス、状況を報告してくれ」

 ウォールトンの周囲に、グリーンに光るサブモニターが表示され、次々と状況を報告してゆく。


「…おい、着いたのか」

 マシュー・ミューラーが少し不安げな声色で、隣で固定されているマイヤーに話し掛けるが、マイヤーも今の状況を理解していない様子で、ミューラーの顔を見る。

「…わからないわ、まだランディング中じゃないの」


ゴッ… シュゥゥゥ…

 その時、Ardy達を固定していたロックアンカーが緩み、前面のハーネスが外れ収納されてゆく。

「よし、無事着陸した!」

「全員120秒で準備を整えろ」

 ウォールトンはロックアンカーから解放された隊員達にパルス通信で指示を出す。

 その指示と同時に、ジム・ベネット、スコット・コールトンのAIS(Invincible Soldier特殊戦闘用の分身体)が、足元から装備を引き出し、素早く重装備を装着してゆく。


「各自、情報は入っているな、確認を怠るなよ」

「フォーメーションA-2だ。L-MT軽機動装甲アルファが先頭、ベータが後方、その中から出るなよ」

「ジム、お前が前だ」

「スコット、後ろを頼む」

 探査機スペースクラフトの外では左右のカーゴハッチが開き、人型の戦闘兵器、L-MT軽機動装甲がカーゴから静かに発艦し始め、それぞれの配置に就いてゆくと、エアロックの横でフォーメーションを整え、静かにその動きを止める。

 それと同時に、小さな球体状の無人探査機ナイトフォークが周囲に展開し、BIR-Fとデータリンクを始めた。


全ての動きが止まり、周囲が静寂に包まれる。





その時、ウォールトンの意識内に、< All Green >の表示が点灯した。


「OK!」

「BIR-F」

「Let's Go!」

 ウォールトンの合図が、全ユニットの意識に伝わり、船内にいたArdy達、五体が勢いよくエアロックから飛び出してゆく。

「Go! Go! Go! Go!」


 Ardy達は、前後を楔形くさびがたのフォーメーションで隊列を整えているL-MT軽機動装甲の中へ入ってゆき、ジム・ベネットが素早く前方へ、スコット・コールトンが後方に移動し、残りのArdy逹もそれぞれのポジションに移動し終えると、戦闘体勢のまま静止した。

 再び、ウォールトンが意識内に表示される情報を確認し、サインが< All Green >のままである事を確認すると、


「Go」

 静かにウォールトンが指示を出し、BIR-Fは、周囲を警戒しながら、ゆっくりと前進してゆく。


ピッ ピッ ピッ ピッ…


 上空の視界を覆い尽くす星々の輝きが、目の前に広がる漆黒の闇に消えてゆく。


 大地は深い闇に覆い尽くされ、有視界スコープノーマルレンズでは何も見る事が出来なく、暗視スコープEPNV(Elementary Particle Night Vision)でさえ、周囲数メートル範囲を、ほんの僅か認知できる程度の情報しか得られない程に、惑星の表面は暗黒に支配されていた。


「マスター、ナイトフォーク無人探査機が前方200メートル予定の入り口を発見しました」

「先程のサイマティクス・プラズマ複合周波帯もその方向に延びています」

 ジムがウォールトンに状況を報告する。

「OK、罠かも知れん、周囲の警戒を怠るな」


 …誘われているのか、それとも…


 ウォールトンの暗視スコープEPNVには、ランディングの時と同じ微細なプラズマが表示され、それは一筋の線を描き、彼らを誘っているようでもあった。


「でも何でここなんだ? 他にも入り口はあったんじゃないのか」

 マシュー・ミューラーが隣にいるマイヤーに声を掛ける。


「知らないわよ。他の穴は塞がれていたらしいわよ」

 マイヤーが淡々とした口調で、少し不愛想気味に応える。


「事前の調査では、私達が入れるサイズで、地下深くまで入れるのが、あそこしかなかったのよ」

 ミューラーとマイヤーの後ろにいたGuardianガーディアンのマスター・ミネルバが彼らに声を掛けた。


「そもそも、なんでこの惑星はこんなに真っ暗なんだ、ミネルバ」

「その情報は既にインプットされていますよ」

「いや、それは分かっているんだよ」

「でも、普通あり得ないだろう、表面をカーボンに覆われた惑星なんて、しかも光や電波すら吸収している」

「何かの意図があるって事?」

 マイヤーがミューラーに顔を向ける。

「無数にある穴の形状も、幾何形体ジオメトリックスをしているのが多いし」

「そうですね。事前の調査でも何か作為的に作られていると高い確率で示されていますし、何かしらの生命体が存在している事が予測されています」

「その為に、私達、BNo3IRTrooper-FUnit(Biological Incident Response Force)なのよ」

 ミューラー達が会話をしていると、ウォールトンの暗視スコープEPNVが何かを捉えた。


「よし、着いたぞ」

「入口だ」


 ウォールトンが隊員達に声を掛けると、彼らの目の前に、正確な円の輪郭を描く、巨大なクレーターが現れた。


 暗闇の中に、薄っすらと大地の起伏がみえる。

 それは暗視スコープEPNVナイトフォーク無人探査機の情報を合成してやっと認識できる程に闇に隠され、そして、何かを知らせるかの様な、プラズマの光がその輪郭を描き出し、ウォールトン達を、この場所に来るように誘っている様でもあった。


 過去に一度、このような奇妙な体験をする事があった。


 それは、ウォールトンがまだ生身の身体を持って戦場で戦っていた時の事で、アイギス・シールド環境循環装置の暴走がもたらした、食料戦争の時だった。


 その当時の地球は月を失い、その影響で地球の生命維持装置である環境循環が停滞し、生命の惑星としての活動を停止させようとしていた。

 人々は、その死せる星への流れをくい止めようと、失った月を取り戻す計画、「地球圏再生計画」をスタートさせ、その全権をコントロールする主幹組織、

”TU”(Terraforming of the Earth and Space Union)を結成し、再び地球を再駆動する活動を開始した。

 TUはその活動で、地球に希望をもたらす重元素、テルキネスと命名される軽引力を発生させる新元素を発見し、時の研究者達はテルキネスの宙域圧力変化による組成変化を抑え、それを活用した人工の衛星、アイギス・シールド環境循環装置の開発に成功する。

 アイギス・シールドは地球を覆うように衛星軌道上で点在し、地表からはその美しい沈まぬ星が昼夜問わず輝き、その引力がもたらす性能の効果で、深刻な問題であった地球の環境循環問題は徐々に改善してゆき、地球は再び生命が謳歌する惑星へと戻りつつあった。


 しかし、その人工的に創り出された平穏な日常は、太陽系を垂直に通過する恒星間天体の通過を切っ掛けに変化してゆく。

 アイギス・シールド環境循環装置は、その主幹元素であるテルキネスの素性変化を抑える為に、電子の移動を緻密に制御していたが、恒星間天体の高重力の影響を受けたアイギスのシールドはその様相を変化し始めた。

 それまで緻密に制御されていたテルキネスの電子が、恒星間天体の高重力に引かれる様に活性化してゆくと、その変化は連鎖的に起こり始め、爆発的に起こった電子の移動はテルキネスの原子崩壊を招き、そして膨大な量の電子の移動がアイギスのシールドの間で加速度的に行われると、人が創り出した人工の天体は巨大な熱源発生装置へと変化してしまった。


 地球はたった数日間で、衛星軌道上に配置された高熱の天体に囲まれてしまい、そこから発生する熱を処理する事が出来ない地球は、その環境を急激に高温、高圧の世界へとその様相を変化させ、その過酷すぎる地球環境は全ての生命を危機に追い込み、極地の氷や海水は蒸発し、大地は枯れ、酸素の供給は減少し、オゾン層は縮小を続けると、


地球は再び生命が生きてゆくには過酷な環境となってしまった。


 人々は生きる為に、それまでの平和を捨て去り、守る事と、奪う事が必然的に起き、それは国家であっても同じであった。

 軍人だったウォールトンは、灼熱の大地に立ち、必死に国と家族を守った。


 しかし、その戦争は突然、終わりを迎える。


 地球は余りにも傷つき過ぎた。生ける何かは、姿を消し、疲弊し過ぎた人類は、少なくなった同士達と共に、未来へ歩み出す事を決め、新たなTUTerraforming Unionを立ち上げる。

 ウォールトンはその時を、戦場で迎え、その場には枯れた大地に、一本の巨樹が聳え立ち、ウォールトンを誘う様に、大地が淡く光り、その周囲には細かく砕けたクリスタルが点在していた。


 機械の体Ardyに意識を転送するようになってからは、そのような体験をする事は無かったが、その懐かしい感覚にウォールトンは、胸の奥にある炎のような赤いコアCoreに何かを感じながら、しばらくの間、その光の輪を見つめていた。


「マスター、どうしますか」

 隊の先頭にいるジムがウォールトンに声を掛けた。

「あぁ、すまない」

 手を額にあて、合図をしながらジムに応える。


「ところでジム」

「お前には…暗闇の中に光る、あの線が見えているか」

「…薄っすらですが、見えています」

「そうか、わかった、ありがとう」

 ジムの言葉に、自分だけに見えている訳ではない、少し安心したかのような感覚を感じたが、あの生身の身体で感じた感覚を、機械の体Ardyで感じている事の理解は、出来ていなかった。


 すると、ウォールトンの意識の中に、ナイトフォーク無人探査機からの情報が入ってきた。


サイマティクス複合周波帯の数値が上がっている


 ナイトフォークが示す先には、光の輪から少し離れた場所で微かに光る場所があり、ウォールトンは後方にいたミネルバを呼ぶと、彼女にその微かに光る場所を指し示し、ミネルバの顔を見た。


「見えますか、あの光が」

「はい、複合周波サイマティクスの集合エネルギーを感知しています」

「あそこが、入り口だと考えられるポイントです」

「文化、科学的な知見で、マスター・ミネルバのご意見を伺いたい」


「そうですね、特に私達に有害な何かが発せられているようでもありませんし、地下のエネルギーが、少しだけ地上に溢れ出ていると考えられます」

「それと、今は見えませんが、同じような穴が、光の輪周辺に点在している事が事前調査で分かっていますが、今回は、あそこだけに現れている」

「それを、どの様に考えるのかは、判断がつきません」

 ミネルバがそう言うと、ウォールトンは胸に手を当てながら小さく頷き、


「ありがとうございます。マスター・ミネルバ」

 ミネルバに礼を伝え、再び溢れる淡い光サイマティクス・プラズマを見つめた。


「よし、あそこに行くぞ」

「俺が先頭に立つ」

「なっ、やめて下さい。隊長が先頭に立つなんて、リスクが大きすぎます」

 先頭を守るジムが、戦闘態勢のまま声を上げる。

「ジム、大丈夫だ、あれは危険じゃ無い」

「それと多分、武器も必要は無いさ」

 ウォールトンはそう言うと、手のひらで小さく合図をし、


「マスター!」


ザッ、ザッ、ザッ、ザッ …

 

淡い光サイマティクス・プラズマが溢れ出る場所へと向かい、歩き出していった。

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