第2話 古の物語

暗く一点の光さえ見えない漆黒の闇が、ゆっくりと揺らめき始める。


その揺らめきは、たゆたいながら闇の中を波及してゆき、波紋の様に漆黒の闇へと広がってゆく。


無音の揺らめきは、時折、互いに重なり合い、融合し、破壊し、増幅してゆきながら、波間を拡大してゆき、


そして、いつしか波紋の隆起が大きく膨張し、鋭利にとがった穂先が激しく光り始め、光の圧力が極限まで達すると、


その中には、混沌とした美しい霧と、一点の小さな光を宿し始めた。









 その惑星系は、混沌とした深い灰色のガスに包まれながら、美しい惑星達が存在し、

灼熱に滾る主星を中心に、巨大なガス惑星達が、大きさを徐々に小さくしてゆきながら整然と並ぶ、


自然の摂理が創り上げた美しい惑星達が整然と存在していた。


 灼熱に滾る主星恒星のそばには、その熱と重力の影響で活発に躍動する惑星第一惑星が公転している。

 その惑星の内部は、分厚い二酸化炭素の雲に覆われ、煮え滾る重金属の海が地殻を覆い尽くし、地殻からはマントルと反応した様々な硫化鉱物が絶え間なく供給される、産声を上げたばかりの星だった。

 第一惑星の内部は、それらが激しく関係し化学反応を起こしながら、様々な物質を生み出す事で、星の様相を成してゆき、恒星に接近する灼熱の地帯では、その熱に焼かれる大気から、無尽蔵にグラファイトが生成され、黒色の雲となりながら惑星の大気を覆い尽くしてゆく。

 その黒色の雲は轟音を轟かせながら対流し、恒星の熱がとどかない極地付近で冷やされると、熱を奪われたグラファイトは固体となり、惑星表面へと降り注ぎ、その一部が液体重金属の海に落ちてゆくと、重金属と反応しながら、海流に流されて惑星の隅々へと堆積してゆく。

 地殻では絶え間なく供給される硫化鉱物と、大気の二酸化炭素が反応し亜硫酸ガスを発生させ、大気中で濃縮されたガスは、極地の低温地帯で冷やされると、濃硫酸の雨となりながら大地に降り注ぎ、いつしか惑星は、黒々としたグラファイトの地殻と、濃硫酸の大気に覆われていった。


 ある時、恒星の熱が届かない、極地付近の低温に保たれた地帯で変化が起きた。


 それは、無尽蔵にある二酸化炭素を吸収し、地下の鉱物を捕食する原始生物、アメーバが地下空間で発生し始めた。

 彼らは鉱物を求めて、地下へ地下へと移動し、その地下では彼らが排出する副産物である、酸素が大量に発生し、いつしか地下空間は、アメーバの増殖と共に酸素に満たされていった。

 そして、長い年月をかけ、酸素を吸収しその体内で燃やすアメーバが誕生すると、そのアメーバが放つ光により、地下空間はまるで太陽の光が降り注いでいるかのような、光溢れる眩い空間が広がり、点在するようになっていた。


 気が遠くなる程の、永遠とも思える時が流れ、惑星達も静かに、かつ確実に恒星の周りを回ってゆく。

 その幾億回もの公転と共に、アメーバ達もいつしか複雑な細胞を持つ粘菌へと進化し、恒星の熱と硫酸の雨から身を守る様に、地底に生成されたクリスタルとダイアモンドの周囲で集団生活をし、クリスタルの圧電効果の影響を受けた粘菌達は、接触による電子移動を媒介とした意思伝達をするまでに進化をしていた。

 意志を持つ粘菌達は、鉱物を求めこの惑星内部に広がり、恒星と近い灼熱の大地でさえ、惑星同士が並ぶ時期に起こる、潮力による地殻変動で出来た空洞から灼熱の大地を渡り、そして移動した先で得られる様々な鉱物の違いにより、その生態系は複雑で、多様な真菌へと進化を遂げていった。


そして、再び惑星同士が接近を始めた時、


それは突然、訪れた。


 数十億年の時を結ぶ様に、整然と公転をしていた、この惑星系に存在している、すべての惑星達が一列に並び始める。


 惑星達は、その巨体が近付くにつれて、発生した重力により惑星系の中心、主星恒星へと徐々に引き寄せられてゆき、巨体ガス惑星達の大気は、其々の重力に引かれながら、その一部が主星恒星の方へと流れ始め、激しい振動と共に、プラズマを周囲に放電しながら、直列に並び始めた惑星達の周囲には、混沌としたガスが充満してゆく。


そして、最後に残されていたピースが、その姿を現した。


 その惑星は公転速度を維持したまま、進化した真菌達を抱え、混沌としたガスの重力場へと向ってゆく。


――ゴッツ!


 激しい閃光と共に、その惑星第一惑星は、主星恒星と巨大ガス惑星の間にある重力場に進入!

挟まれた第一惑星は、一瞬にして凄まじいガスを放出し、低く重い殷雷いんらいを轟かせ、火球となりながら圧縮されてゆく。

 火球となった第一惑星の周囲からはプラズマジェットが激しく放出し、そして、火球の進入が限界に達すると、

一瞬の閃光と共に、火光かこうとなり、惑星系全体を揺さぶる激しい振動波を発しながら、第一惑星は二つの大きな塊に分かれ、外宇宙へと弾き出されてしまった。


それはほんの、一瞬の出来事であった。


 第一惑星があった周囲には、濃厚なガスと飛散した岩石が散乱し、恒星と巨大ガス惑星の間に漂っている。

 しばらくすると、それらは巨大ガス惑星達の公転に引かれるように、撹拌されながら、静かに移動を始めると、恒星の周囲を回り始めた。


 そして、再びその一部が互いに重なり合い、融合し、破壊し、増幅してゆくと、



宇宙そらの中には、新たな、四つの惑星・・・・・が、産声を上げた。


さわやかな風が吹き抜けてゆく。


 空は青白く光りながら広がり、黒々とした大地は、色鮮やかな緑色をした苔と、放射状に伸びたクリスタルで覆い尽くされ、点在する水面は美しく輝き、種達が風に舞い、その風の行先には、いくつもの光の無い岩窟が大きな入り口を開けて存在していた。


「ナン、ようやく、あの暗闇の先に行けるよ」


「怖いわ、ムゥ」


「大丈夫さ」

「古の仲間達も、あの暗闇を渡って、その先にある楽園に向かったらしいんだ」

「さぁ、行こう」


 一際、大きく網目状の繊維で構成された柔らかい体と、胸の中に炎のような赤い何かを持つ生物がそう言うと、風に舞う二つの生物達は、寄り添う様に、暗闇の中に消えていった。

 彼らは、この惑星地下に空いた巨大な空間で発生した真菌達で、柔らかく伸縮性のある繊維状の体を持ち、意思疎通を行う事のできる、進化した知的生命体だった。


 ムゥとナンは、お互いが離れないように手を握り、しばらくその暗闇の中を進んでゆくと、薄っすらと淡い光を放つ、小さな粘菌達が岩陰に身を潜めながら姿を現し始めた。

 その光は、ゴツゴツとした複雑に入り組む洞穴の岩肌を照らし、ムゥはその光を頼りに、奥へ奥へと進んで行く。


「次は左だよ」

 ムゥは時々、次の行き先を決める際に、岩影に身を潜める粘菌に触れていた。

 彼ら進化した真菌達は、体に触れる事で、電子の移動を媒介とした情報伝達と会話をする事ができ、それら生体同士の接触ネットワークを利用する事で、そのネットワークの繋がる先であれば、遥か彼方の情報も得る事ができていた。


「本当に、大丈夫なの」

 ナンが心配そうに問いかける。


「ティアマトが訪れる時、扉は開く」

「古に伝わる伝承だよ」

「でも、他のみんなが、許さないわ」

「あぁ、だから行くんだよ。楽園に」

「僕は嫌なんだ、クリュスタクリスタルの体になるなんて」

「アヌ達も、キ達も互いを支配しようとして、交戦を止めない」

「そんな世界が嫌なんだよ」


 ムゥとナンが暮らしていた地域洞穴は、とても寒く、地下からの恵みも少ない、真菌達が生きてゆくには過酷な世界だった。

 その為に、他の地域洞穴に暮らす、生物達との争いが絶え間なく起き、ムゥが暮らすキの民、キナガは、身を守る為に、身体粘菌の周囲に、豊富にあったクリスタルやダイアモンドを身体に纏い、炭素化合物の武器を持つ、非常に交戦的な種族だった。


「ナン、ほら急いで、もう少しだよ」

 ムゥが先を急ぐと、その先の暗く狭い洞穴の隙間から、暗闇の空が垣間見え、


「ほら、見てごらん、」

「もうそろそろ、ティアマトと、ヌーヴィルが並び始めるよ」


 その空には、闇の彼方に幾つもの巨大な惑星が浮かび、整然と並び始めていた。


「エキ様、朗報でございます」


 薄暗く、小さく区切られた部屋のような空間に、透明な結晶クリュスタを身に纏い、周囲の灯りを柔らかく反射する数体の生物らしき何かが、天井を貫く円筒形の結晶ククリュスタを囲みながら立っている。


「変異を重ねていた、あれが生まれたそうです」


「我々や、アヌ達を超える、粘菌か」

 一際、大きく、色鮮やかに輝くクリュスタクリスタルを身に纏う生物が、円筒形の結晶クリュスタを見つめながら、側にいる従者らしき生物に言葉をかける。


「はい、我々には害ですが、灼熱地域の地下で豊富に生成されている燃える物質、オーク酸素を吸収する生物です」

「この粘菌を体内に取り込めば、我々キナガの活動範囲は広がり、得られる力も、この世界を支配できる程に、強大なものとなります」

「… そんな生物を、体内に取り込んでも大丈夫な物なのか」

「元々、我々と同じ菌類の系統ですので、真菌に進化した我々キナガ真菌生物との親和性は高いと思われます」

「しかしながら、完全に取り込むには、我々も変異を繰り返さなければなりませんが、このクリュスタクリスタルと同じく、身に纏い、使う事は可能です」

 従者らしき生物が、目の奥を光輝かせながら、円筒形の結晶クリュスタを見つめながら応える。

 クリュスタを纏う生物達の目の前には、円筒形の結晶クリュスタの中に、白色の台座が置かれ、その上には、眩い光を放つ、小さな粘菌がうごめいていた。


 その時、薄暗い部屋の奥から、別の従者が小さな結晶クリュスタを持ち、エキ達のもとへ近付いてきた。

「エキ様」

「どうした」

「こちらを」

 エキの目の前に、小さな結晶クリュスタを差し出すと、その結晶クリュスタ表面には何かが動く、映像らしきものが映し出されている。


「ムゥか」

「はい、ムゥ様でございます」

「ただ…、ムゥ様が居られる場所が、ヘウリス坑ですので、ヘウーレ禁断の地に向かっているようです」

ヘウーレ禁断の地だと!」

 従者の言葉を聞いたエキは、映像が映る結晶クリュスタを取り上げ、身に付けたクリュスタクリスタルを激しく輝かせながら、結晶クリュスタに向かい叫び出した。

「ムゥ!」

「戻るんだ!ムゥ!」

 すると、結晶クリュスタの中に映るムゥが振り向き、エキを見つめたが、何も言わず、再び洞窟の奥へと進んでゆく。


「ムゥ!」

「やめるんだ!ムゥ!」

ヘウーレ禁断の地には近付いてはならん!」


 しかし、ムゥはその歩みを止めない。

 それを見たエキは、より一層、身体のクリュスタクリスタルを激しく輝かせ、側にある結晶クリュスタと粘菌の融合体で出来た壁に近付くと、


ムゥ・・!」

エキは、叫びながらその壁に触れた。


―ゴッツ!


「!」

「ナン!」

 突然、ムゥ達の目の前にある岩壁が轟音と共に崩れ、ムゥ達の視界が砂塵で閉ざされた。

 ムゥは咄嗟にナンに覆いかぶさりながら、すぐさま岩陰に身を隠す。


 轟音が止むと、ムゥ達は周囲を確認するように目をゆっくりと開け、砂煙にかすむ洞窟の奥を見つめると、そこには何体ものクリュスタを身に纏った生物が、黒色の武器を持ち、ムゥ達の前に現れた。


「ムゥ!」

 ナンは小さく怯えた声で、ムゥに声を掛ける。


「ナン、これがキナガのやり方なんだ」

「エキは、全てを支配できると思っている」

「だから…


「ムゥ、止めるんだ、ヘウーレ禁断の地には行ってはならん!」

「父さん! 僕は戦士になんてなりたくないんだ!」

 険しい表情で、岩肌に向かい叫ぶムゥ。


ヘウーレ禁断の地は、お前達が生きてはゆけない、オーク酸素の世界である事はお前も知っているだろう」

「その先にある、未開の地に向かうには、オーク酸素を我が物とせねばならんのだ」

「だから、アヌ達を支配する、生物を生み出そうとしているんだろ!」

「僕は、ナンアヌナガと平和に暮らしたいんだよ」

「アヌの民、アヌナガは、彼の地に存在する、無色の力を手にし、我々のクリュスタロス結晶世界を脅かし続けている。そんな種族と平和に暮らせると思っているのか、ムゥ」

「暮らせるさ、今だって、僕とナンは平和に暮らしている」

「そして、この先、オーク酸素の世界を越えれば、祖先がたどり着いた、伝説の楽園、アーク生命の楽園に行ける」

「そして、僕達はこの先も、平和に生きてゆくんだ!」


「ムゥ!」

 エキがその身体クリュスタを激しく光らせ、その光に呼応する様に、周囲の岩壁が振動し、洞窟全体が揺れ始めた。

 その振動がムゥのいる洞窟にも伝わり、頭上の岩が崩れ落ち始める。ムゥが咄嗟に身構えると、それと同時にクリュスタを身に纏う戦士達が、武器を構え、一斉にムゥ達の方へ走り出し、近付いて来た。

 ムゥはナンの前に立ち、クリュスタを身に纏う戦士達をその視界に収めながら、側にあった岩を握る。

 洞窟の振動が更に激しさを増し、周囲の岩壁が崩れ落ちながら崩壊し始めると、突然、足元が割れ、黄金色の光を放ち、


――ゴォォ!


そこから炎が噴出してきた!


オーク酸素!」

 エキが声を張り上げる。


「ムゥ!」

 ナンが叫び声を上げながら、崩れ落ちる地面を見つめると、

青い色の光に包まれ、黄金色の光を放つ巨大な何かが見え始め、


「ナン!」

 ムゥの視線の先には、天井が崩れ、大きく開いた頭上の空間から、

激しく光り輝き、ガスの帯で繋がった、ティアマト木星と、ヌーヴィル太陽が並んでいた。


ゴォォォオオ!!

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