第4話 A333

 暗闇の中に、薄っすらと大地の起伏がみえる。

 その起伏の輪郭は淡く光りながら巨大な円を描き、そこから少し離れた場所に、淡い光が溢れ出す、奇妙な場所に向かい、歩き出すウォールトン。

 漆黒の闇に隠された大地は、黒色のグラファイトで覆い尽くされ、その硬くゴツゴツとした岩肌が、歩みを進めるのを困難にしたが、大地を踏みしめる度に、金属で出来たウォールトンの足元から、微細な静電気らしき何かが纏わりついている感覚を感じている。


 …あぁ、あの時もそうだった。


 今まで何も感じなかった、黒々とした周りの風景を見ていると、なぜか懐かしくも、重苦しい記憶を思い起こさせる。

 それは、黒々とした大地がそう感じさせるのか、大地からの光がそう思わせるのか、歩みを進めるにつれて、あの巨樹と共に、かつて豊かだった故郷の風景を思い出す。


 ウォールトンの故郷は温暖な山岳地域で、山々が織りなす美しい自然が、多くの恵みを与えてくれる、豊かな場所だった。

 山々は大海原のように広がる深い森林に覆われ、秋になると木々が赤く色付き、燃えるような紅葉の色が、季節の移り変わりを感じさせ、その山々に挟まれる渓谷から流れる谷川で、息子や愛する妻と共に過ごした幸せな時間を思い出す。


アレン…


 しかし、その美しかった故郷は、あの日を境に、瞬く間に様相を変化してしまった。

 衛星軌道上に整然と並び、陽の光を反射して美しく輝く環境循環装置、アイギス・シールド環境循環装置

 そのアイギス・シールドが暴走し、そこから発せられる熱の影響で、大地は干上がり、木々は枯れ、水気が無くなった山々は、自然発生的に燃え上がり、美しく広がっていた緑の大海原は、赤々とした炎と、黒色の灰に覆い尽くされていった。

 麓からは海岸線の上昇と共に、他国の軍隊が波のように押し寄せ、大地を蹂躙し、食物生産工場や施設を占拠してゆき、いつしか美しかったウォールトンの故郷は灰色が混じった、黒々とした世界へと変わってしまった。

 軍人だったウォールトンは故郷を守る為に、それら脅威に立ち向かい、焼け焦げることなく、唯一、残った森の奥深くにベースキャンプを設け、侵攻する脅威達に立ち向かっている時だった。


「ウォールトン大佐、終戦だ」


 頭上で輝くアイギス・シールドが硝煙と煙雲の奥へと姿を消した夜に、その知らせは唐突に訪れた。

 ウォールトンはその時を、戦場で迎え、その場には枯れた大地に、一本の巨樹が聳え立ち、ウォールトンを誘う様に、大地が淡く光り、その周囲には細かく砕けたクリスタルが点在していた。


 暗闇の先に微かな光が、黒色の洞穴から溢れ出ている。

 その洞穴は、穴というより周囲の岩が崩れ、自然の風化と共にそれらが折り重なり、幾層もの隙間と岩窟を造り上げていた。


 ウォールトンは、その岩窟の入り口に辿り着くと、周囲をチェックし、数機のナイトフォーク無人探査機に指示をすると、その奥へと送り込んだ。

 ジムは、その様子を窺いながら、周囲を警戒し、レーザーカノンを構え、ゆっくりとウォールトンの方へ歩み寄るジム。

 ジムがウォールトンの真後ろに辿り着くと、素早く振り向き、後方で待機しているL-MT軽機動装甲にパルス通信で合図を送った。

 信号を受け取ったL-MT軽機動装甲は、音もなく、滑らかな動きで三体が背中を合わせ、三方向にレーザーカノンを向けながら器用に歩みだし、L-MTアルファ・チームを先頭に、隊員達がそれに続き、ベータ・チームが後方を守りながら、徐々にウォールトンの方へと近付いてゆく。


<ディヴデイヴィット・ウォールトン、どうだ >


ジムの声が、ダイレクトにウォールトンの意識の中で響く。


< 特に問題はなさそうだな >

< ここから四キロほど下ったその先に、少し広めの空間がある >

< L-MTでも行けそうだ >


< 隊は揃っている、行くか? >


< L-MT、ベータを警戒として、ここに残し、それ以外は進行する >


 ウォールトンがそう言うと、ゆっくりと動き出し、到着したL-MT達にフォーメーションの指示をパルス通信で送る。

 すると、L-MTアルファ・チームの二体が、岩窟の入り口の前に移動し、一体がウォールトンの後方に付くと、縦一列に体制を整えて制止し、L-MTベータ・チームはそれを囲むように、隊の外側へ移動すると、周囲を警戒し、レーザーカノンを向ける。

 全てが整え終えると、ウォールトンの意識内に、< All Green >の表示が点灯した。


< Go >


 再びウォールトンがパルス通信で指示を出し、BIR-Fは、L-MTベータ・チームを残して、アルファ・チームの二体を先頭に、縦陣形になりながら岩窟の中へと入ってゆく。

 岩窟の入り口付近は、宇宙そらの光が差し込み、その光が岩陰に反射し、僅かに光っていたが、岩陰の陰影がわかる程度の明るさで、その先の岩窟の奥は、漆黒の闇に閉ざされ、自らの視界では何も見る事は出来なかった。

 その為に、暗視スコープEPNV(Elementary Particle Night Vision)と、先行させたナイトフォーク無人探査機からの合成した情報だけを頼りに進むしかなく、状況判断に長けているL-MTでも迷う程に、センシングできる情報は少なく、進行する速度は遅かった。

 周囲を取り囲んでいる幾層にも折り重なった、黒色の岩グラファイトは、相当の年月が経っているのか、その表面は滑らかになり、握る事さえ困難なほどに滑りやすく、そんな折り重なった黒色の巨大な岩グラファイトが、行く先を阻んでくる。


「ディヴ」

 ウォールトンの前にいるジムが、前方を見ながら声を掛けてきた。

「EPNVも限界だ、ナイトフォークも異常を検知していない、ライトを点けるか」

「そうだな」

 ウォールトンはナイトフォークからの情報を整理し、問題が無い事を確認すると、

メンバーに指示を出した。


「よし、全員ライトを点けろ」

 その時、ジムがライトを点灯した瞬間、周囲の岩壁が一斉に光り出した。

 その光は、まるでそこが日中なのかと思えるほどに、明るく、そして何か柔らかさを感じさせる光を放ち、岩窟の奥へと流れてゆく。

「なっ…

 マイヤーが声を発しようとした時、


< ライトを消せ >

 咄嗟に、ウォールトンがパルス通信で全員に指示を送った。



 隊の中にいるマットマシュー・ミューラーが周囲の状況を計測している。


<マットどうだ >

< …わかりません >

マットは少し戸惑いながら応えた。


 すると、後方にいたスコットスコット・コールトンが何かに気が付き、そっと岩壁に触れた。

< ディヴ >

< どうした、スコット >

< 壁を見ろ、クリスタルだ。かなり細かいがな >

 スコットの言葉を聞いたウォールトンが、ゆっくりと岩壁に近付き、壁に触れ、頭部の赤色に光るグレアリング・アイ発光センサーを近づける。


かなり細かいな…


 壁には、細かく砕けたクリスタルが溶け込み、グラファイトと一体化していた。

 そのクリスタルにグレアリング・アイ発光センサーを近づけていると、何かピリピリとした感覚を感じる。


――静電気か…


 ウォールトンは、岩壁から僅かに発せられる静電気を気にしながら、マットを呼んだ。

< マット、こっちに来て… >

 マットへパルス通信を送ろうとした時だった。

 ウォールトンの意識の中に、薄っすらと、何かの映像が浮かび上がり、一時、ウォールトンの意識に留まると、消えてしまった。


な、何だ今のは…


 困惑するウォールトン。しばらくすると、意識の中に別の何かが存在しているのに気が付く。

――何の場所だ…


 はっきりとはしないが、先程の映像と、その場所らしき感覚がウォールトンの意識に存在しているのを感じている。


――誘われているのか…

  しかし、この身体Ardyに何かの意思が入り込むなんて、あり得ない。


…ハッキングされているのか――


 自らの身体に疑念を持ったウォールトンは、ミネルバを呼び寄せ、スキャニングする事を考えたが、しばらく考えると、


< ディヴ、どうした >


ジムの言葉が意識の中に入り、


< あぁ…、何でもない >


 岩壁から離れ、隊の方へと戻ってゆき、微細な静電気を感じながら、再び暗闇に閉ざされた洞窟の奥をしばらく見つめると、ウォールトンは確信した。


俺は、この星惑星に、


誘われていざなわれている。


 暗闇の洞窟が、いくつも枝分かれをしながら、その深さを深めている。

 先頭に移動したウォールトンは、隊を先導しながら、小さなライトを頼りに、深く複雑な洞窟の奥へと進んでゆき、微かに残る記憶の場所に向かい、クリスタルが溶け込んだ壁で身体を支えながら、その奥へと進んでゆく。


 隊員達も、その迷うことなく進んでゆくウォールトンの姿に、少し奇妙さを感じながらも信頼し、その後をついて行った。


< もう少しで、広い空間に出られるぞ >

 狭い洞窟の中を、岩壁に触れ、身体を支えながら、ウォールトンは隊員達に話し掛ける。


 何故だかわからないが、壁に手をふれると、場所の記憶が鮮明になり、行くべき先を教えてくれている様な、不思議な感覚を感じさせてくれる。

 あの故郷の巨樹も、触れると、暖かく、何か落ち着くような優しさを感じさせ、暗闇の岩壁に触れる度に、懐かしさと共に、あの感覚を思い出していたが、そう感じさせる答えがこの先にあるのかもしれないと思うと、ウォールトンは、その歩みを急いだ。


 しばらく進むと、クリスタルが溶け込んだ狭い洞窟が、身体を伸ばして歩ける程に開き始め、そこから幾つかの枝分かれした暗闇の分岐を抜け、更に地下深くへと進んでゆくと、湿り気のある冷たい風が漂い始めてきた。


「マスター」

 後ろで、洞窟内部を観測しているマットが、フローティング・モニターに、ナイトフォークの情報を表示させ、ウォールトンに近付き、声を掛けてきた。


「マット、どうした」

「この先に、地下水脈があるのですが、そこから先は行き止まりのようです」

 ウォールトンは、マットの方に振り向くと、フローティング・モニターを引き寄せ、情報を確認する。


 そのナイトフォークの映像には、地下水脈と言うより、開けた空間に、小さな地底湖が広がり、綺麗に整形されたような、ドーム状の天井が映し出されていた。


「ここの液体は、水だな」

「はい、分子構造も水その物で、pHも5程度の弱酸性の水です」


 ウォールトンは、しばらくフローティング・モニターの情報を注視し、一通り分析し終えると、フローティング・モニターをマットに返し、ジムを呼んだ。


「ジム、ナイトフォーク数機を湖底探査で使ってもいいか」

「隊長のお好きなように」


「OK、ジム、あの地底湖の奥、約十キロ付近に、さらに奥へ行ける坑道の入り口があるはずだ。ナイトフォークを使って調べてくれ」


「了解」

 ジムは、ウォールトンからの指示を受け取ると、情報を確認する為に、マットの方に向かった。


「マスター・ミネルバ、少し良いですか」

 次に、ウォールトンはミネルバを呼び、フローティング・モニターを表示させ、その映像を見せながら、相談を始めた。


「あの地底湖の形状ですが、これまでと違い、意図的に造られていると考えられます」

「それと…

 ウォールトンはドーム状の天井をズームし、薄っすらと何かが光る場所を表示させた。


「この天井に何かが薄っすらと見えています。マスター・ミネルバのお考えは如何ですか」


 ウォールトンからの問いに対し、少しの間を置くと、ミネルバは、ウォールトンの顔を見つめながら応える。

「そうですね、湖底探査の情報を見てみないと何とも言えませんが、円筒状の立坑に、ドーム状の天井が自然発生的に造形できる物ではありませんので、何かの意志を持って造られた構造体だと考えるのが自然かと思います」


「私もそう思います」

 ウォールトンは、確信めいた様に、ミネルバの顔を見ながら応える。


 ミネルバは、その同意の言葉を聞くと、じっとウォールトンを見つめ、しばらくすると、小さく数回頷いた。


「やはり、行きますか、あそこへ」


「えぇ」

「今回は行くべきです」


「コアまで」


 水気の冷気を漂わせながら、漆黒の暗闇が、目の前の行先を覆い尽くしている。

 その暗闇を見つめながら、これからの行動を検討している、ウォールトンとミネルバの下に、地底湖を調べていたジムが近付いてきた。


「ディヴ」


「ジム、ありがとう」

「どうだ」


「この先につながる入り口らしき、岩穴が見つかりました」

「そこまでの間、危険な何かは存在していませんし、液体もただの水です」


「そうか」

 すると、ウォールトンはミネルバの方に顔を向けると、


「いいですね」


「OK、ウォールトン。行きましょう」

 ミネルバもそれを理解している様子で、軽く頷きながら応えたが、


「ただし、No.1の準備をさせておくのが条件ですよ」

 ウォールトンの顔を見ながら、条件を加えた。


「 No.1は駄目だ、No.2でお願いします」


「… わかったわ」

 ミネルバは、少し考えると、ウォールトンの返答を了承した。


 次の行動が決まったウォールトンは、後ろで待機していた隊員達を呼び寄せ、簡単なブリーフィングを行い、これからの指示を出した。

「ここから先が、本格的な調査の段階に入る」

「我々の目的は、生命体の調査と、地球との関係性を調べる事だ」


「この先に、その痕跡と思われる構造体が存在している」

「まずは、そこを抜け、最終目的地までたどり着く」


 ウォールトンの言葉を聞いたマットは、少し首を傾げ、小さく右手を上げると、ウォールトンに声を掛けた。


「…マスター」


 ウォールトンが、マットを見る。


「その、最終目的地とは」

「たしか、この惑星の内部は不明のままでしたよね」

 マットが不安げに話す。


「コアよ」

 そのマットの言葉に、ミネルバが応えた。


「コア?」


「えぇ、この惑星には、中心のコア周辺に点在する、A333と呼ばれる別のコアが存在する可能性があります」


「A333?」


「トリプル3って、ジェフリー博士が探し求めていると言われている、あれですか」

 マイヤーマリア・マイヤーが話に加わる。

「そうね、そうとも言われているけど、詳しい事は解らないわ」

「ただ、A333は、生命の起源とも言われている、ADNRハイパーダイヤモンドの集合体だとされているわ」


ADNRハイパーダイヤモンドって、マントル付近で存在しているかもしれない、物質の事だろ」

「そんな所まで行くのですか?」

 更にマットが不安げに話す。


「そうだ、それが今回の目的だ」

 ウォールトンが、隊員全体を見ながら話し出した。


「A333は、ここから約十キロほど、地下に移動する必要があるが」

「場所はわかっている」


 隊員、全員がウォールトンの顔を見る。


「わかっているって、どうゆう事ですか、マスター」

 困惑した声色で話すマイヤー。


「どう説明すればいいか、わからないが」

 話しながら、岩壁に触れるウォールトン。

彼らA333が、場所を伝えてきた」

 そこには、グラファイトの岩の中に、微細に砕かれたクリスタルが融合し、ライトの光を反射しながら、きらきらと輝いている。


「おそらく、これが彼らA333の情報伝達手段であり、」

「我々は、すでに彼らA333の中にいる」

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