ダンジョン1

「な、なにしてんの……!?」


「……ぶら下がってる」


フィリナは感情なく答える。

梁にぶら下がって。


「そりゃ見たら分かるけどさ! 何故に!?」


「……ひま」


「う────ん……納得」


暇なら、仕方ない。

もしかしたら私もぶら下がって干物になってた可能性あるし。


「あ、納得しちゃうんですね。」


「まあね。私も一歩間違えたらああなってたかもだし。……けどさすがにこの短時間でこうはならないな」


「んーまあ、たまにあいつ変な行動を起こすが、いざという時は頼りになれるやつだ」


隣に立つエルリアはそう言うと、フィリナに歩み寄って「おーいもう行くぞー」とポケットから飴を取りだし、それに反応したらしいフィリナが梁から降りて飴を舐め始める。


……この光景を見て一つ言えること、それは──


「──餌付けされてる……」


その呟きに対する回答は、


「言われてみればそうですね」


「たしかに」と、今更ながらに納得したように頷くホノカであった。


いや、今まで気づかなかったんかい!


ともあれ、私は気を取り直して剣を選び、一番いいやつを手に取った。


そして店の外に出て、これからダンジョンに向けて歩き出そうとする時に、私はこう言った。


「それではダンジョンに向けてしゅっぱーつ!!」


右手を突き上げた私は、心なしか初めての冒険にワクワクもしていたのかもしれない。


そんなこんなで私たちは目的のダンジョン、他の場所よりもモンスターが、レアなドロップ武器をよく落とすと言われるダンジョンに向かって行ったのだった。



ちなみに、私の意気揚々セリフに対する反応は以下の通りです。

「子供かよ」エルリア

「おー」ホノカ

「……」フィリナ

……ホノカとは気が合いそうだ。


──────────


初めてのダンジョン。

それは薄暗い洞窟型のダンジョンであった。


ジメジメしたダンジョンの中には、ゴーレムみたいなモンスターや虫系統、巨大ネズミなどが蔓延っている。


どれも前世じゃ見ないような巨体さで、最初は腰が引けてしまったがエルリア達がバッサバッサと難なく倒してくれるので、いつの間にか緊張もなくなっていた。


「みんな凄いね。あんなデカいのと戦えるなんて」


そう呟いてみると、エルリアが腰の鞘に剣を収めながら言った。


「まあな。これくらいのダンジョンだったら楽なもんだよ。」


そこにホノカも入ってくる。


「こう見えて私たちはそこそこ強いんですよー」


「へぇーそうなんだ! じゃあこのダンジョンって簡単な部類なんだ」


その問いにエルリアは「いーやそうでもねぇ」と、左腰の剣の柄を掴む。


「実はこのダンジョン、まだ完全攻略されてねぇんだよ。」


「な、なんと……!?」


私は思わず足元を見た。


完全攻略されていない、つまりまだこのダンジョンのボスは倒されていないということだ。


ドロップ武器を落とすモンスターが現れるのはボスモンスターのいるダンジョンだけだというし、このダンジョンがドロップ武器の温床になるためには必要な条件ではある。


しかし、数え切れないほど多くの冒険者がこのダンジョンに来ているだろうし、そのうちのいくらかはボスモンスターを倒してボスドロップ武器を手に入れてやろうとするはずだ。


そんな私の思考を汲み取ったのか、ホノカが事情を説明した。


「実際はこのダンジョンのマッピングは隅から隅まで終わっていているので、そういう意味では完全攻略されています。しかし、問題のボスモンスターがいるはずのボス部屋がどこにもなかったんです」


「え!? そ、それじゃあ解決しようがないじゃん……」


「あがあるんだよなーこれが。」


「と言いますと?」


「実はなこのダンジョン、ボス部屋の場所はわかんねぇんだが、ボス部屋があることだけは確かなんだ」


「…………??」


混乱する私に、エルリアは順を追って説明する。


「このダンジョンで強い武器が高確率でドロップするようになってすぐにな、ある冒険者がトラップにかかったんだ。そのトラップはいわゆる落とし穴でな、広くて真っ暗な空間に落とされたんだと。」


「それはとんだ災難だね……」


「そんでこっからが重要だ。一体ここはどこだと周りをキョロキョロしてるとな、いきなり明るくなったんだ。」


「これは何かが来る予感……!」


息を飲み、私はエルリアの言葉に耳を傾ける。


「段々と目が慣れてきて視界が開けた途端、目の前に現れたのはあの伝説のドラゴンで勇者と熱戦を繰り広げたともいわれる、蒼炎そうえんの──」


「──そこには蒼炎のドラゴンがいたのです」


「そ、蒼炎の……ドラゴン……!?」


……蒼炎のドラゴンってなんだ。


横では再びいい所を取られたエルリアがホノカに抗議をしているが、決着を待っていたら埒があかなそうなので、ここは強引に質問する。


「ねえ、そんなにその「蒼炎のドラゴン」ってヤバいの? 確かに名前は強そうだけど」


「──んあ? あーそっかヒナタおめえ転生者だからしらないか。蒼炎のドラゴンってのは……おいホノカ、おめえ今度私のセリフ取ったら絶交だかんな」


「わ、わかりましたわかりましたから私の胸を触らないでください!!」


おっと、胸と呼べるほどふっくらしてないぞお嬢ちゃん。

あ、私もか……。


「はあ……それで?」


「んでだな、蒼炎のドラゴンってのは大昔この近辺にいたドラゴンでな、奴は名前の代名詞とも言える青い炎を使って暴れていたそうだ。」


「なるほど。たしかにそれは強そうだ……」


「そんである時勇者が来てドラゴンと戦ったんだがお、互い互角でなかなか決着が付かず、なんやかんやあって仲間になって魔王討伐に行った」


「なんやかんやの部分で一体何があった!?」


「それでなんやかんやあって魔王軍サイドに堕ちた」


「バットエンドかよ!! ていうかなんやかんやが多すぎるって!!」


しかし話の内容的に、勇者と互角だったって言うからそれなりに強いんだろう。


だがそうすると、ほんとに私たち(私は戦力外)で蒼炎のドラゴンに勝てるのだろうか?

いやいや勝ち負け以前にドラゴンと会えるとは限らない。


しかしどちらにしろ今回の件は私が引き起こし……たことではないけれど、私関係の用事でドラゴン討伐すことになったんだし、私もいくらか戦えるようにならなければ。


それにエルリアたちの戦闘を見てたら私も出来そうな気がしてきたし。


「……ありがとうエルリア、蒼炎のドラゴンの強さがよくわかった。そこでなんだけどさ、私に戦い方を教えて欲しい。」


「はあ〜? 今から?」


「今しかない」


「ええ〜めんどっ」


あからさまに嫌そうな顔をするエルリア。


すると横からホノカが入って、エルリアに何か耳打ちする。


「…………うぐぐぐむむむ……」


よくわからな唸り声のあと、「はー……」と俯きため息、顔をそらしながらエルリアは言った。


「……わ、わかったよ教えてやるよ! その代わり、飯一回奢れよ」


「いいよー!」


ふふ、残念だったなエルリア。

こう見えて私は割と溜め込んでいる方である。

だから飯などいくらでも奢ってやれるわ。

貧乏な冒険者と違ってな!!


自分でもよく分からない対抗心を抱きつつ、次いで質問を投げる。


「それで、どうすればいい? 素振りとか?」


「そんなチマチマやってらんねーよ。」


「ではどうすれば? ホノカ師匠」


無茶ぶりである。

私だったら即行「はえ??」と反応するだろうが、ホノカは至ってシンプルな、わかりやすい回答をした。


「ずばり、実戦ですね。あ、タゲ取りは任してください。ヒナタさんに鉄壁の信頼感をお見せしましょう」


「なんでホノカに聞くんだよ……! そのとおりだけどさ……」


「実戦了解っ。じゃあ手始めにこの近くのモンスターでも……」


ここは洞窟、つまり暗闇に包まれているわけで、唯一自然にある光源は苔とかだけ、それも微かに光っている程度なので、入る時は松明なりランタンなりがなければ入ることさえもおぼつかない。


だがこの洞窟型ダンジョンは既に全土マッピング済みであり、そこらかしこに松明やランタンがあって割と明るいのである。


おかげで暗闇の中から突然襲ってこられるというようなことは起きないし、細長い通路は先にいるモンスターを認識しやすい。


だからわたしが周囲を見た時驚いたのは明るさではなく、その光源であった。


「……なんかところどころ燃えてない?」


そう、ダンジョン内の至る所で小さな焚き火のように火が点在しているのである。


……ん? ちょっとまて、剣も何本か落ちてるぞ。


「……終わった」


「……またあんたか」


おそらく私たちの話が「終わった」と言ったのだろう。

しかし、周囲の状況と彼女の持つステッキに灯っている火からして、別の意味にも捉えられる。


「全部……倒したんだ……」


「……だめ?」


そんな幼げな顔で、それも無表情で、それも首もちゃんと横に傾けて言われて、「ダメ」とは言えないよ……。

もし剣を拾って見せびらかしてきたら容赦しなかったかもだが。


「お、フィリナおつかれさまです。全て一人で倒しちゃいましたか。」


「にしてもやっぱドロップ率ヤベェな。見る限り8本は落ちてるぞ」


「……あめ」


「…………」


今度はホノカから飴を貰うフィリナを見ながら、私は何から言えばいいか考え込む。


まずフィリナについて。

どんな戦い方をしたのかは知らないが、魔法使い一人で何十体ものモンスターを倒すとは一体何者だ?

1個体1個体がかなり大きかったはずなのに……。


そしてもうひとつ、そうドロップ武器だ。

ちゃんと、鑑定してないから多少の誤差はあるだろうが、8本のうち2本の値段は2万リンカはいくぞ。

こう易々と強武器がドロップするとは……。


いろいろ考えた挙句、フィリナについて聞いてみることに。


「……ねえ、フィリナってその……魔法使いなんだよね?」


その答えに答えたのはエルリアだった。


「ああまあ一応そうだな。回復魔法の使い方は普通だな。けど攻撃魔法を使う時はひと味違うんだなーこれが」


「なんでエル姉さんが威張ってんですか」


「いいじゃねぇか別にー。フィリナの代わりに説明してんだからー」


ポンポンとホノカの背中を叩くエルリア。


「それで、攻撃魔法の使い方が特殊なんだよね。どんな感じなの?」


「よくぞ聞いてくれた。それはな──」


「──……突撃魔法」


「ほうほう突撃魔法か……それってやっぱ突撃……」


あれ、今フィリナが言わなかったか?


バッとフィリナに振り返る。


するとフィリナは飴を舐めながら説明した。


「……モンスター、ふところ、突撃。ゼロきょり、あたる、魔法。」


「う、うーん……単語単語だけど何となくわかった。」


ずばり、モンスターの懐に敢えて接近して、そこから魔法を繰り出すことにより確実に魔法を当てられるということか。


たしかに賢い……ような戦術ではあるけれど、かなり異端な方だと思う。


「な、なんでその方法で戦おうと思ったの?」


「……ひびき、かっこいい。突撃魔法、いい」


「い、いわゆる厨二病ってところか……」


たしかに年相応……なのかは分からないが、誰しも通る道だろう。


ともあれ、付近のモンスターがフィリナによって一掃されたので、私の戦う練習のための標的を探すため、私たちはダンジョンの奥へ奥へと進んで行った。



ちなみに、フィリナがドロップさせた剣を含め、ダンジョンに入ってから手に入った武器は全て私のストレージに入れてある。


なぜなら諸悪の根源はコレだし、他に取られてもマズイ。

それに私の作る剣の素材にもなるしね。

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