売上が伸び悩んできた

──プロローグから遡ること数ヶ月前──


今日は青空が果てしなく広がった天気の良い日だ。


こんな日は冒険者の動きが活発になり、そのほとんどがダンジョンに向かっている。


それもあってかないのか、今日もここ鍛冶屋【メルト】は閑散としていた。


1年前までのあの繁盛がまるで嘘みたいだ。


「暇だぁぁぁぁ…………」


ということなので私はカウンターで頬杖をついたり、うつ伏せになってみたり、気になった汚れを掃除とかしている。


なんなら営業日なのに大掃除をする時だってある。

それほどまでに暇を持て余しているのである。


「…………あーいーうーえーおー……」


声を出す。

特に意味はない。


最近、めっきり客が来なくなったのでいろんな箇所を掃除していた。

そのせいか、この店内は汚れやホコリ一つない清潔な空間になっているのである。


しかし、そうなれば暇を潰せなくなる。


また新しく剣を作っていればいいのだろうが、もし客が来た時に接客できないし、なんなら盗まれる可能性もあるため、主人である私がこの場から離れるわけにはいかない。


「…………」


よもやこれほどまでに仕事がないと暇になるとは思いもしなかった。


前世の世界じゃスマホやらなんやらで暇を潰せるのだろうが、異世界にはそんな便利なものあるわけないし、一応本はあるけどちょっとお高いし、それでも買った本は何周も読んだのでつまらない。


いっそ副業として手芸でも始めてみようかな?


などなど、どうにかこうにか暇を潰せる方法を考えていると、「カランカラン」と入口のベルがなった。


「っ……!! へいらっしゃいっ!!」


「おーっすヒナちゃんさん」


「げっ……」


勢いよく席を立って出迎えたものの、入ってきたのはエルリアだった。


エルリアはいかにも嫌そうな顔をする私を見て苦笑いを浮かべる。


「げってなんだよげって。ま、だいたい想像はつくけどさ」


そう言うとエルリアは胸を張る。


……でけぇ。


見た目Hカップはありそうなほど豊かな胸をやつは抱えている。

3年前初めてであった時ですら私よりも大きかったのに、さらにその差を引き伸ばしてくるとは……。


「なんでもないですよーだ」


「やっぱ胸だろ」


「……ち、違うよーだ」


「おやー? ヒナタさん初めて会った時から大きさ変わってる様子ないですね〜。栄養ちゃんと摂ってるんですかー?」


「と、摂っとるわい!」


そう、こうやってエルリアこいつは毎回私の胸をディスってくる。

しかし、実際大きくならないので何も言い返せない。


そう、3年間私の胸は一切成長しなかったのである。

もちろん、どれだけ仕事が忙しくても毎日欠かさず朝昼晩の3食を食べていたし、睡眠も6時間以上とっていたはずなのだ。


それに健康管理もバッチリしていたし、3年間で1度も病気に罹っていない。

さすがに自分の胸を揉むようなことはしなかったが、それでも少しは成長してもいいはずである。


しかし現実は悲しいほどに、A。

これが成績表とかだったらいいのに、A。


……だ、だがしかし、胸が成長しない代わりに、私の身体は老いることがないのだ。


つまり寿命……があるのか分からないけれど、この命が続く限り永遠に18歳の美貌を維持し続けられるというわけだ。


これが胸の代償だと考えれば、幾分かマシになる。


しかし、本当に良く成長したもんだなと、エルリアのHカップの胸を見ながら思った。


会ったばかりの頃のエルリアは成人したての13歳と、幼さが残った顔立ちと身長も高くはなかった。

だが3年が過ぎた現在、彼女は16歳とは思えぬ色気を放った高身長美人になっている。


さらに変わったのは外見だけではなくて、性格もオドオドして遠慮していた感じだったのが、今やグイグイと年上年下関係なく話す陽キャガールになっており、なんなら口が悪いのでギャルっぽい。

私のことをあだ名で読んでくるやつはこいつしか居ないしな。


いつの間にか無言の睨み合いになっていた私とエルリアだったが、入口からまた新たな人が入ってきて、仲介する。


「エル姉さんまーたやってんですか。そろそろヒナタさんの貧乳をいじるのやめてあげてくださいよ」


「貧乳って言うな!!」


「おっとこれは失敬」


エルリアよりも多く金属装備を身につけ、背中に大盾を背負うこの女性はホノカといい、エルリアのパーティーでタンク役を務めている15歳だ。

肩ほどまで伸びた髪色は白色で、背は小さく、まだ幼さを感じられる風貌だ。

そして貧乳。


するとその後ろからまた一人入ってくる。


「……失礼」


どこか風格を感じさせる物言いの女性はフィリナと言い、いつもフード付きのマント……コートかな? で身を包んでいる。

なので体格とかはあんまりわからないのだが、身長はそこそこ、パーティーの役回りは魔法による攻撃や回復らしい。


「そんで、揃いも揃って何しに来たの? あ、もしかしなくても買ってくれるの!? やたー!!」


「いやちげーよ。ってか昨日買っただろ。」


「じゃあメンテナス??」


「それも昨日やっただろ。」


「……何をお探しですか??」


「いや買い物に来たわけじゃねーよ」


「……何をお探しですか??」


「おいなんで今2回言った」


「……なにを……お探し……で……??」


「完全に壊れやがった……」


シクシクと額を机につける。


「よしよーし巨乳の姉御が怖かったんですねー、よーしよしよしー」


「いやそれは今関係ねーだろ」


「いやある」


顔を持ち上げて睨みながら言う。


するとエルリアは「やれやれ……」という風に肩をすくめた。


「ったく……本気で気が狂ってんじゃねぇか……。このままだと埒があかねぇし、結論から言わせてもらうぞ」


エルリアは1歩こちらに寄る。


「この店から客足が──」


「この店から客足が遠のいた原因が分かりました」


「お、おいホノカおめぇ……!!」


エルリアがホノカに掴みよろうとするが、背中の大盾で防ぎつつ、正気を取り戻した私に説明を続ける。


「……詳しく聞かせてくれたまえ」


「もちろんです。代わりに私の鎧を一式新調してください」


「もちのろん」


私の返事を聞くと、ホノカは話を始めた。


「まずこの店の売上が下がり始めた時期は約一年前ですよね、ちょうどその時からとあるダンジョンに湧くモンスターや魔物から


「あるもの? それって?」


「ずばり、剣などの武器をよくドロップするようになったのです。いわゆるドロップ武器ですね」


「なっ……!?」


私は驚きのあまり声を上げてしまう。


ドロップ武器。

それはお金をわざわざ払って手に入れなければならない鍛冶師の作った武器とは違って、なにより無料タダで手に入れられるのだ。

さらに、鍛冶師にはつけられないような特殊効果を持った武器を落とすこともあるのだ。


しかしその反面、ドロップ武器を落とす確率は低く、さらに高性能の魔剣クラスの武器はボスクラスでもそう落とさない。


「そ、それってどれくらいの確率で落とすの……?」


恐る恐る聞くと、ホノカはニヤッと笑ってみせる。


「15匹に一本、この店の相場だと1万リンカは下らない剣を落とします」


「……じょ、冗談でしょ……?」


「ノット冗談です」


「…………」


私は頭を抱える。


つまりこういうことだ。

クエストを受けてそのダンジョンに行き、モンスターを狩って行くうちにドロップ武器が落ちるし、クエストの依頼も達成できる。

そしてギルドに戻ってクエスト完了の報酬を貰い、使わないドロップ武器を相場以下の価格で売る。


そうすれば冒険者はガッポガッポ稼げるわけで、使っていた剣がボロボロになってきても、わざわざメンテナスする必要もなく、ただ余ったドロップ剣を使えばいい。


なんともなんとも……。


「……はぁーー」


私は長いため息のあと、諦めたような気持ちで言う。


「情報ありがとう! そればっかりは私から文句は言えないし、売れなくなったのが私の実力不足とかじゃないんだなって確認できたよ。」


──だから私もそろそろ別の職業に転職する。


そんな言葉がよぎり、私は視線を下げた。


何事も、とくに商売なんかは上手くいき続けることはない。

絶対にどこかで不可能な壁にぶち当たることがある。


今回のケースなんか、冒険者は危険なクエストを受ける必要がなくなるため、死亡するリスクは大幅に減るし、それはいい事だ。

たとえそれが、私の商売に支障をきたすことであっても。


すると俯く私の肩に、誰かが手をそえた。

顔を持ち上げると、エルリアがそっぽ向いてチラチラこっちを見ている。


「……あ、あのなんだ……こ、これからこいつらとそのダンジョンに行く予定なんだが……あ、あんたも原因をつ、突き止めるた、為についてこ、来ねぇかな〜……なんて……」


「「ぶふっ……!」」


そういえば言い忘れていたが彼女、エルリアはツンデレである。


しかしそれは名案だ。


たしかに急にドロップ武器が落ちるようになったのは不自然だし、ある特定のダンジョンで、というのも気がかりだ。


暇だし、行ってみるか。


「よしわかった! 足でまといかもしれないけどついて行かせて欲しい!」


「そ、そうか……!」


「それじゃあさっさと行きましょう」


そう言って私たち3人は各々行動を開始する。


まず私は自分も武器を持っていこうと、店内に陳列されてある剣を見た。


そしてエルリアとホノカはこの場から離れて、入口の方、つまり店内全体が見える方向に振り返った。


「「「……!?」」」


瞬間、私たち3人は絶句する。


「……終わった」


その言葉が何を意味するのかはわからない。

ただ、その声はあまりにも落ち着いていて、フードを外して現れたピンク髪の少女の表情が落ち着いていたのだけは確かだ。


「……な、なにやってんの……そんなところで。」


少女──エルリアのパーティメンバーであり主に魔法を担当するフィリナは、真っ直ぐとこちらを見ていた。


建物の梁にナマケモノのようにぶら下がり、逆さまの顔で。

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