鍛冶屋【メルト】

──────────


「──でですね、最近やっとあの御方の最新情報を知りまして、なんとこの町から遥か遠くの魔王城を目指して大冒険に出ているそうなんですよ! 今の私程度の実力じゃこの町付近のダンジョンで戦うのも難がありますけど、きっといつか立派な冒険者になってあの御方の元に行くのです!!」


「そ、そうかー。き、きっと険しい道だと思うけど頑張れー。応援するよー」


「本当ですか!!」


「あ、うん本当だよーホントホント。」


いつまで続くんだろう。

かれこれ30分、エルリアは命の恩人である冒険者についてのあれこれを語っていた。


聞いているとそれはもう熱心で、オタクが推しのキャラクターを自慢するかの如く勢いがあった。


おかげで私は聞き疲れてしまったが、エルリア自身は私への警戒心などどこかに消え去ったのか、積極的に話してくれる。

……いや、積極的すぎだ。


しかしその話もどうやら一段落ついたようだし、鉱石も完全に溶けきって混ざっているようだ。


エルリアに「いまから剣を形にしていくよー」と伝えて、断熱用の分厚い服と溶けた金属が入った入れ物を取り出すための火箸を持ってくる。


「離れてて」


エルリアも興奮状態から落ち着いたようで、息を飲んで見守っている。


私も緊張するが、エルダリアさんに言われたように工程を進めていけばいい。


まず炉から取り出した金属を専用の型にはめてインゴットにする。


次にインゴットにした金属をもう一度熱する。


そして熱したインゴットをハンマーで叩きまくれば剣の形になるという。

ここだけすごく簡略化されてるけど、これの方が簡単そうだしいいよね。


と、いうわけで、まずはドロドロに溶けた金属を炉の中から取り出しま──


「お……もっ……!?」


火箸で掴んでみたはいいものの、全く持ち上がる気配がない。


「うぬぬぬぬぬ…………!」


しかしなんとか持ち上げて炉から取り出し、腕やいろんな筋肉が震えながも、なんとかインゴットの型に流し込んだ。


「わ、私も何か手伝わさせてください……!」


エルリアが心配そうに声をかけるが、危ないので首を横に振る。


「ううん、大丈夫だよ! これが私の仕事だから」


「で、でも……」


なかなか引き下がらないので、防熱服を脱ぎながら提案する。


「んじゃ、エルリアには剣の名前を考えて欲しいな!」


「わ、私が決めていいんですか!?」


「もちろんだよ! なんてったってあなたが使う剣だし、その方が使いやすいと思うよ!」


「わ、わかりました……!」


そう言うと、上を見たり下を見たりしながら考え始める。

そんなエルリアの姿を見て、心の中でガッツポーズを取る。


なぜなら前提として私はネーミングセンスが悪いため、できれば剣の名付けということをしたくなかったのである。


もちろん適当に付けようと思ったら前世の知識を活かしてパパパーっと付けられるが、今回の剣はエルリアとしばらく相棒になるであろう剣だし、適当な名前は付けられない。

かといってよくわからん名前にしたり厨二臭い名前にしてもダメなのだ。


……御託を並べたが、簡潔に言うと面倒くさかったのである。


インゴットがある程度冷えるまでしばらく待機……しようと思ったのだが、もうある程度冷え固まっているじゃありませんか。


さすが異世界……これならサクサク作れそうだな。


そんな感慨を抱きながら、次の作業に移る。


型から取り出したインゴットを火箸で掴み、炉に持っていく。


しばらく熱しているとまた赤く発光するので、それが全体に満遍なく広がったら最後の工程だ。


再び火箸を使ってインゴットを取り出し、今度は金床の上に置く。


置いたら後は──、


「よ、い……しょっ!」


そこそこ大きめのハンマーでインゴットを叩きまくる。

後は剣の形に変化するまで叩き続けるのだ。


前世の世界じゃこんな方法でで普通は剣は作れないだろうけれど、前にも述べたようにこの世界はゲームっぽい所が幾つかあり、これもその一つだ。


ハンマーで叩くだけで勝手に剣の形になるというのは、人によっては味気ないだとか思うだろうが、当事者として、商売としてはこちらの方が楽だ。


そして、この剣作成にはある傾向があるらしい。


インゴットは叩いていればいつかは必ず剣の形になるのだが、その剣のスペックは叩く回数によって変わるらしい。


例えば10回叩いてできた剣と、50回叩いてできた剣とでは単純計算5倍近くスペックに差ができるのだ。


ちなみに一般的なスペックの剣はだいたい20回くらいらしい。


「さんじゅう……ご!」


だから最初は、50回くらいまで叩けたら十分強い剣になるだろうから、そのあたりを目指していたのだが、気づけばこんなことになっていた。


「なな、じゅう…………ご……!」


50通り越して1.5倍の75回まで回数は行った。

ちなみに最初の1回目からは既に2時間を過ぎ、3時間に回ろうとしている。


──どんだけ叩けばいいんだ……。


そろそろ諦めようかな……。

どこかで工程間違えたかな?

などなど思い始めた99回目、ついにその時はきた。


「ひ、光ってる……?」


突然のことだったので、一瞬何が起きたか分からなかった。


インゴットが赤い光と共に変形、徐々に剣の形になっていく。


「ひゃ……100回目じゃないんかい……」


てっきり100回目でできるのかと思っていた私は、ピッタリ100回目に完成させたかった悔しさと、もうハンマーを振らなくてもいいんだとという嬉しさと、ついに完成したという達成感と、いったいどんな剣に仕上がったのかという期待感をそれぞれ4分の1ずつ持ちつつ、剣の完成を見守る。


「か、完成したんですか!?」


すると、ハンマーで叩く音で集中できないから別室で名前を考えていたエルリアが駆けつけてきた。


「うん! やったよ……ついに完成した……!!」


この気持ち、どう表現したら良かろうか。


転生して初めての仕事で、初めて鉱石を溶かしてそれをインゴットにして、それをもとに剣を作っている。

そしてその剣は、4種の鉱石をまとめて精錬したインゴットを使い、さらに99回もハンマーで叩かれて作られた剣なのである。


次第にインゴット──いや、既に剣の形になったそれは、徐々に光を弱めていき、ついにその姿を現した。


「す、すごい……」


「これが……私の……」


私達は揃って絶句する。


剣自体は注文通りの片手剣ではあるが、刀身が長く、両手剣のようにも思えてしまうくらいの重厚感がある。


刀身は薄い漆黒にとても明るい黄緑色が混ざったような美しい色で、刃も研がれたばかりかのように鋭い。


鍔にもこれまた美しい形で、丸みと角ばった形状が合わさったこの形は、触れると気持ちよさそうだ。


柄にはまだグリップテープなんかは付けられていないが、それでも優美な装飾が施されている。


私は少し惜しい気もしたが、優美な装飾が施された柄の部分に皮でできた単色のグリップテープを巻き付ける。

これがないと手から滑り落ちる可能性もあったりするため、基本付けるのが当たり前だ。


異世界であっても、手が滑って湖に落としてしまったら自分で通りに行くしかない。


私は恐る恐る剣を持ってみる。

最初に握るのがエルリアではなくなってしまうのはマズイかなと思ったけれど、あんなに頑張ったしいいよね?


右手で柄を持ち、左手で刀身を支えながら持ち上げてみる。


全長は約1メートル程あり、持った感じも重くもなく軽くもない。

手に馴染むようなちょうどいい重量だ。


「……うん、いい剣ができた……!」


私は感動を噛み締める。

もしかしたら私、ほんとに鍛治の才能があるのかもしれない……!!


とここで深呼吸。

私はエルリアに振り返る。


そう、この剣は私が私利私欲の為に作った剣ではない。

ちゃんとエルリアに依頼され、一家に助けてもらいながる作った剣なのである。


「はい、リアちゃん! 私が作った渾身の一振だよ!!」


「あ…………ありがとうございます……!」


少し間が空いたが気にしない。

エルリアも呼び方に反応する余裕がないくらいに感動しているのだろう。


私は柄を握っていた右手を端の方に動かして、エルリアに差し渡す。


エルリアが恐る恐る両手で受け取ったのを確認すると「そういえば」と、まだ最後の工程があったのを忘れていた。


「剣の名前ってもう決まった?」


「あ、はい! すごい時間がかかりましたけど、いい名前ができました!」


「そっか。じゃあ教えて欲しいな、その名前!」


エルリアは一瞬口をつむぐと、言った。


「──シュテルクスト、由来はあの御方の苗字です。」


「……………………そ、そっか。い、いい名前だね!」


正直、ちょっと引いた。

恋した経験がないからかもだけど、ここまできたら一種の依存というかなんというか……。


「あ、あのヒナタさん……」


「ん? あ、ごめんね」


と、まだ剣を握っていた。

なんだかんだ私も思い入れのある剣になったな。


すぐに手を離す。


「うげっ……!?」


「…………へ?」


私が手を離した瞬間、剣とそれを支えるエルリアが、重力方向に落ちた。


あとでわかったことなのだが、どうやら私のステータスは全体的に他の人と一線を凌駕する大きさらしい。


だから鉱石を何種類も同時に精錬することで重量がバカみたいに重くなった金属を取り出せたり、一般人──一人の成人したばかりの少女の力では絶対に持つことが出来ないほどの重量を持った剣を、ちょうどいい重さだと思える筋力値STRを持っていても不思議ではない。


…………。


つまるところ、私は大量の鉱石を使って、並大抵の人では持つことも難しいほど重い剣を作ってしまったのだ。


やっちまった……。


しかし幸い……と言ってもいいのか、剣を持つことの出来なかったエルリアは、自身の付けた名前もあって「この剣を持てるようになったら私もあの御方の隣に……!!」と、ある意味目標になったようだ。

まるで火に油を注ぐような形だ。


そしてエルダリアさんからは、「素晴らしい剣だな」と褒めてくれたが「その人にあった剣を作れないと一人前とは違うぜ」と、遠回しに半人前だなと言われた。


しかし、エルダリアさんが最初に言ってくれていた通り、主人がいなくなった──正しくは辞めただが──この工房を私に譲ってくれた。

さらに、今後が心配だということで、私に鍛冶師の何たるかを教えてくれて、自分で言うのもなんだが日々成長し、腕を伸ばして行った。



そして、一ヶ月の時が経ち──



「本日より、私ことヒナタ・ユリゾノの鍛冶屋、【メルト】をオープンします!!」


私は念願の個人店舗を手に入れたのである。


ちなみに【メルト】というのは英語で「溶かす」という意味で、エルダリアさんに修行をつけてもらう課程で生み出された私オリジナルの鍛治方法の一つである、多種多様の鉱石をそれぞれ割合を決めて、完成した剣の重量を抑えるという精錬の方法から、鉱石を溶かすという所から取った。


ともあれ、私の作る剣はその性能の割に値段が安いことが評判になって、大繁盛したのであった。


それはもうハードワークで、午前中に作った武器が何もかも売れ、午後はひたすら剣を作り続けるという、ブラック企業そのものであった気もした。

だが買ってくれる人達は本当に嬉しそうな顔をして、たまに直接お礼を言ってくれるようなこともあり、ハードワークもそこまで苦では無かった。


これが夢にまで見た異世界での生活。

スローライフとかとは程遠いけど、こっちの方が日々に彩りがあるし、仕事にはやり甲斐もある。


「仕事って疲れるけど、その分やり甲斐があって楽しいなぁ!」


私は異世界で仕事の楽しさを見つけられたような気がした。



そしてそれから3年が経った──



──シーン……


「…………ひま……」


鍛冶屋【メルト】は、経営の危機に立たされていた。

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