第52話 矛盾は厄介だよ

 S−TV【精霊専用チャンネル】

 深夜ドラマ・やっぱり首なし馬が好き



 出演者


 墓掘り魔人 ヤット 

 ぎ屋 トラマサ

 元使い魔 エテ公





 第52話 矛盾は厄介だよ




 メロンバルブ市の歴史ある墓地。ここで人知れず活動する魔人がいた。人間で言えば五十代くらいの体格のいい男といったところか。元々月の裏側に棲んでいたのだが、訳あって人間たちの住む地上へと渡ってきた。そしてなにをやっているかと言うと、日がな一日シャベルを担いで、地面に穴を掘っているだけ。なので墓掘り魔人・ヤットという名前で呼ばれていた。


 そんなヤット。ある日、土を掘っていると、そこになにかを発見し、怪訝けげんな顔をした。そして「土に埋まっていた物」と「埋まっていた理由」が頭の中で結びつくと、途端に怒りだした。


 そのただならぬ様子に気づいた仲間、元魔女のファミリア(使い魔)であるテナガザルのエテ公がバタバタと走ってくる。


「キュイカッキュ、クク?(ヤットさん、どうしたの?)」


 ヤットはシャベルを地面へ突き立てると、振り向いてエテ公を見た。実は言うと、ヤットには猿の言葉が理解できないのである。しかし、誰でもいいから文句を言ったり愚痴をこぼしたりしてスッキリしたいと思っている者は、相手がテレビのような機械であっても構わずしゃべりだすものである。


 ヤットは自分が掘った深い穴を指さした。「エテ公、見てみろ。地面の下から大量のゴミが出てきたんだ」


 エテ公は賢い精霊でヤットの言葉を理解できるので、穴のそばに手を突いて、覗き込んでみた。たしかに、壊れた電気製品、古い手紙や写真立て、自動車のホイールカバー、薬やお菓子の箱──等々、まるでゴミ箱の中身が引っ越してきたような有り様だった。


 エテ公は穴の中に飛び降りると、小さな箱型の機械を手に取って、ぴょーんとヤットのそばに戻ってきた。


「カッカキューキュ! キキッキカウ?(このラジオ、まだ使えそうだよ! ぼくがもらっていい?)」


 ヤットは(わからないので)それには返事せず、首を振った。「きっとこのゴミは、トラマサのやつが埋めたに違いない。あいつは人間たちからガラクタを奪ってきて、それでおかしな商売をやってるからな。……しかし、ここは歴史ある、由緒正しき〝墓地〟なんだ。墓地に埋めていいのは〝死体〟だけだ、そうだろ?」


「コイック、カカキュイキューキ(まあ、たしかに、そのとおりだね)」エテ公も首を振る。「カカッククイキュキュキーキッキ(トラマサさんはさっき『ツンネルの扉』をくぐってどこかへ行ったみたいだから、しばらく戻ってこないよ)」


 トラマサというのも、彼ら精霊の仲間の一人で、ぎ屋だった。また「ツンネルの扉」というのは、霊力により開けられたトンネルで、そこを通ると月の裏側や海底都市、またアメリカやらエジプトやら日本へも、あっという間に移動することができるのだった。



 ヤットは自分の仕事をじゃまされたので渋面じゅうめんを維持したまま、土から半分顔を出している石の上に座って、トラマサの帰りを待った。エテ公はというと、上機嫌でラジオをいじくっていた。



 トラマサが墓地に戻ってくる。ヤットはトラマサを叱りつけた。


「トラマサ、墓地にゴミを埋めるなんて、なんてことをしてくれたんだ」


「あー、ヤットさん、すみません」トラマサは頭を掻く。「ガラクタというのはなかなか気難しい物でして。売ろうとしても売れないし、どこでも気軽に捨てられないし、元の場所へ返そうにも、どこから調達してきた物だったか、思い出せなくなったっスよ」


「人間が一度見切りをつけた物を売るのは難しいぞ」


「でも、人間はたまに、まだまだ使えそうな革のバッグを捨てることもあるっスよ。その中にまだまだ使えそうな札束や拳銃が入ってることもあるっス」


「それは捨てた物じゃないだろ!」ヤットは激怒した。「そんなことに関わるとろくなことがないぞ」


 エテ公がラジオのツマミを動かして、微弱な音を拾っている。掲げて、トラマサに見せた。


 トラマサは感心しながら見ている。「へえー、そのラジオ、壊れてなかったんだ。やっぱり、まだ使える物もあるっスね」


 トラマサはゴミを穴から全部回収すると、赤いパッケージの箱を掴んで言った。「これなんかも、アメリカの会社が開発したすごい〝凝固剤ぎょうこざい〟なんスよ。どんな物でも固めることができると聞いたんです」今度は反対の手で、青いパッケージの薬を取りあげる。「で、こっちは日本の会社が開発した〝溶解剤ようかいざい〟っス。これもすごい物で、どんな固い物でも溶かすらしいんス。今、中国が景気がいいと聞いたんで、売りに行ったんスけど、おれが説明しだした途端、中国人が笑いだして、『どっちが本当にすぐれた薬か証明しないかぎり、どっちも買わない』って抜かしたっス」


 エテ公が丸い大きな目にぎゅっとしわを寄せた。「キャキャイ、キックイーキャキックク(ああ、それは故事成語こじせいごの〝矛盾むじゅん〟みたいな話になっちゃってるからだよ。どんな盾も貫く矛と、どんな矛も防ぐという盾のお話ね)」


「役目の違う薬にどっちが上もないだろうにな」とヤット。


「そうなんスよ。きっと政治的な問題が絡んでるっス」


「キャカッカキュゥー!(そうじゃないってば!)」


 エテ公はまったくわかっていない二人に教えてやろうと、トラマサの手から青い箱を奪い取ると、それを背中に回して隠した。「キュイッキュ、ククカーキキッキュククック(二つ一緒に売ろうとするからうまくいかないんだ。片方ずつ売ればいいんだよ)」


「エテ公。おまえ、その薬も欲しいのか?」とヤットが訊く。


 エテ公は、これならわかるだろうと、赤い箱の方もトラマサの手から取ると、二つの箱をコツン、コツン、とぶつけて、それから両手を精一杯伸ばして、二つを引き離す動作をした。


「この二つの薬がケンカしている、とエテ公は言ってるみたいだぞ?」とヤットがトラマサに言った。


「アメリカと日本は通商条約を結んでるのに?」


「キュクイック、キャキャキュー(もうっ、政治問題から離れてよ)」エテ公は呆れてボリボリと腰を掻いた。



 トラマサは結局、エテ公の助言の意味が掴めなかったのだったが、エテ公が一つの箱しか返してくれなかったので、一つの薬だけを持ってもう一度売りに行ってみると、出かけていった。


 

 トラマサの商売の成功を祈って、墓地の空きスペースに腰をおろして休憩するヤットとエテ公。二人の前にエテ公が修理したラジオが置かれ、ジリジリ、パチパチと音を鳴らして、やがてニュースの声を拾いあげた。


「……これにより、みすみ化学はスミス・カンパニーの保有株すべてを取得し、完全親会社となりました。今後、みすみ化学は、人気薬品『トカシウール』のアメリカでのシェア拡大を目指し、一方のスミス・カンパニーは、看板商品である『なんでも固めるカタメール』の製造を今年度いっぱいで中止することを発表しました」



「コッキャキャキー、クキャコ!(あ、矛盾が解消された!)」エテ公は叫んだ。



 

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