第94話 どっちがいいか、悩むよ


 S−TV【精霊専用チャンネル】


 深夜ドラマ・やっぱり首なし馬が好き



 出演者


 墓掘り魔人 ヤット 

 ぎ屋 トラマサ

 





 第94話 どっちがいいか、悩むよ



 メロンバルブ市にある古びた墓地。ここを活動拠点とする精霊のうちの一人、殺ぎ屋のトラマサが、古い手紙を熱心に読みふけっていた。夜空にはジンジャーブレッド色の、満月にほど近い月が出ていたが、彼らは夜目よめが利くので、たとえ月蝕げっしょくの日であっても落ち葉の下のマダニが書いた手紙さえ難なく読んでいただろう。



「……スレエトヤの丘には白い可憐な花がたくさん咲いておりました。ええ、私も娘時代にそこを通りかかったならば、我を忘れて美しい花たちに夢中になったことでしょう。(中略)カイラにはローズマリーという年上のお友達がおりまして、この娘がまた、手先が大変器用だったのです。カイラは私に『ローズマリーみたいなお花のかんむりが欲しいの』と言いました。私は『検疫所けんえきじょのお仕事が片づいたら作ってあげるわ』と約束しました。当時の検疫所というのは今にも増して、本当に人手が足りなくて──私の担当は羊や馬、そして牛でしたが──動物たちの手を借りなきゃだわ! とアンドレアといつも話していたくらいでした。『四本とも脚だよ』という指摘を受けたとしても迷わず借りていたでしょう。でもこれは、お医者様が患者の手を借りたい、と言っているようなものですので、表現としてはあまりよくないかと(中略)しかし、仕事が忙しかったのは私にとってはよかったのかもしれません。私が最後に花の冠を作ったのはもう二十年以上も前。二十年以上も、私はアルカイックな芸術から遠ざかっていたのね! ローズマリーの作品に引けを取らないものが作れるかどうか、自信がありませんでした。(中略)数日後、カイラの手に立派な花の冠が──『その冠、ローズマリーに作ってもらったの?』と私はドキドキしながら尋ねました。するとカイラは、『妖精さんがくれたの』と言うじゃありませんか。これはきっと、一人っ子特有の寂しさが生みだした幻、想像の友人かもしれないわ、と思いました。今すぐは無理でも十年後くらいに花の指輪や冠を作れそうな妹なら産んであげることも私にはできたかもしれませんが、それは今考えることでもなければ今できることでも(中略)その花の冠が想像の産物ではないことくらい、私にはわかっておりました。(中略)スレエトヤの丘へ行ってみると、幼児くらいの背丈の、老人みたいにしわくちゃな顔をした女が立っていました。女の横には蓋付きの陶器の壺が置いてあり、女は蓋を取ると、ちぎった花をパラパラと落とします。そして再び蓋をして、また開けますと、壺の中からそれはそれはみにくい姿をした、壁の落書きと地面に吐かれた噛みタバコの唾液、それにねじ曲がった木の根を合わせて鍋でコトコト煮込んだような、なんと表現したらいいかわからない……ああっ、パトリック様! 私たちに不幸をもたらすのは本当にへびだけですか? どうかすべての悪夢を追い払ってください。あと、毒を持っているとか気味の悪い昆虫も(中略)その醜い生き物の頭の上に、カイラが持っていたものと同じ立派な花の冠が載っていました。女は冠を取りあげると、壺の中の醜い生き物をもう片方の手で掴んで、地面にぽーんと放り投げました。(中略)私はカイラから花の冠を回収し、『これはパトリック様にお返ししましょう』と言いました。あんな恐ろしい生き物に私たちの童心をけがされるわけにはいきません……」



「よくわからないっス」トラマサは首をひねった。そして自分より年かさである墓掘り魔人のヤットに意見を求める。「妖精はこの母親が花の冠を作れそうにないから、代わりにカイラに冠をくれてやったっス。それなのに、親切を無駄にするなんて」


「うーむ」ヤットは考えてから、答えた。「それはきっと、『労働』の問題だと思うな。つまり、人間というものは『仕事』を大事にしているのだ。自分の手足を汚さず簡単に物を手に入れてはいけないと、娘に教えたかったのだろうよ」


「えー、そうなんスか」


 納得していないふうであるトラマサに、ヤットは身近な問題として、例を挙げた。


「おれは毎日この墓地で穴を掘っているだろう? もしおまえが死んで棺桶に入れられたとして、おれが一生懸命汗水流して掘った穴と、たまたま地面に隕石が落ちて開いた穴、どっちに埋められたいと思う?」


「えっ?」トラマサは驚きの声をあげると、数秒間考え、あおざめた。「嫌っス! おれはまだ二百年とちょっとしか生きていない若い精霊なんス。まだ死ぬのはごめんっス!」


「いや、これは例え話で……」


「どっちの穴もヤットさんが入るといいっス!」走って墓地から逃げだすトラマサ。



 ヤットはやれやれと首を振ると、トラマサが落としていった手紙を拾いあげた。手紙は全部で七枚もあった。まったく、七枚も手紙を書く暇があるのなら、花の冠くらい作れるだろうに……。

 しかし、手紙にはつづきがあった。



「……以上が、私が祖父から聴いた妖精譚ようせいたんをアレンジして創りました物語になります。なにぶん素人ですのでつたないところもございますでしょうが、楽しんでいただけましたでしょうか」



「なんだ、作り話だったのか!」ヤットの顔に怒りがにじんだ。



「……それで、ご相談なのですが、もしこの物語が〈ヌラリヒェン賞〉を受賞し出版の運びとなったときに、献辞けんじとしては『祖父にささぐ』がいいでしょうか。それともやはり、『愛するカイラへ』にした方がいいでしょうか?」



「どっちでも好きにしろ!」ヤットは手紙を丸めて地面に捨てた。

 





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