第109話 おいしいネギだよ

 S−TV【精霊専用チャンネル】

 深夜ドラマ・やっぱり首なし馬が好き



 出演者


 墓掘り魔人 ヤット 

 元使い魔 エテ公

 ぎ屋 トラマサ

 

 ゲスト

 

 雪女

 シルフ クリスティーン

 メロウ ローナ




 第109話 おいしいネギだよ




 夜空には三日月がぼんやり、メロンバルブ市にある古びた墓地。丸太で作られたテーブルを前にして墓掘り魔人・ヤットが座っている。


「はじめまして、ヤットさん」丁寧におじぎをする女。リーフグリーンのドレス姿で頭に黄色のリボンをつけている。「シルフ(風の妖精)のクリスティーン、源氏名げんじなは〈こずえ〉っていいます」


 隣にもう一人いて、鱗なのかスパンコールなのか……がキラキラ輝くミッドナイト・ブルーのタイトなスーツを着ている。「私はメロウ(魚人)のローナ、源氏名は〈寿司子すしこ〉でーす」



 ヤットの弟分、ぎ屋・トラマサが、墓地の空きスペースを使って新しい商売をはじめるというので、ヤットは客になってやることにした。一体なんの商売なのかまったく知らされていない上、若い女の姿をした妖精がいきなり現れ両隣に座ってきて、戸惑う。


「いつも墓掘りご苦労さまです」〈こずえ〉は剥きだしの膝をかわいらしくくっつけ、ヤットに身を寄せると、濡れたボロ雑巾を渡してきた。「ご注文はなんになさいます?」


「注文!?」ヤットは考える。品物が提示されているならわかるが、テーブルの上にはなにもない。渡された雑巾をじっと見る。


「活きのいいボトルが入っていますよ」〈寿司子〉が〈こずえ〉に負けじとしなを作って耳打ちする。


 すると〈こずえ〉、大きく開いたドレスの胸元から手帳を取りだし、読む。「……えっと、お酒と一緒に〈おつまみ〉も出すのね?」


「秋のフルーツ盛り、一丁!」〈寿司子〉が威勢のいい声をあげる。


「あいよっ、ボトルとフルーツ盛り、毎度っ!」林の奥からトラマサが走ってきて、ヤットの目の前に壜入りミード(蜂蜜酒)と椀に盛られたドングリを置いていった。


 ヤットは首を左右に倒し、コキコキ鳴らしてからミードをラッパ飲みする。そして仏頂面のまま、「なんなんだ、これは」と言う。「ただ酒を飲むのに、あんたら二人がここにいる必要があるのか?」


「やだっ、それってもしかして、クレーム?」


「クレームクレーム……」〈こずえ〉は再び手帳のページを繰る。「トラマサさんがくれたマニュアルには、『クレームが入ったらバックヤードから怖いお兄さんを呼んでくる』って書いてあるわ」


「怖いお兄さん、一丁!」と〈寿司子〉。


「あいよっ!」トラマサは、バックヤード(茂みの中)に寝かせておいたゾンビを起こそうとして腕を引っ張ったが、ちぎれた腕と一緒に地面にひっくり返る。


「ああっ、クソ」


「アハハ、なにあれ〜」笑う妖精たち。


 ヤットは壜の底を勢いよくテーブルに打ちつけた。


「きゃあ! ……お客さん、虫を潰すなら手で叩きましょ?」


「こんな商売があるか! 意味がわからん!」


 ヤットが怒ってしまったので、妖精二人はシュンとして自分の町に帰ることにした。「女の子たちを送っていくっス」とトラマサはボーイとしての務めを果たすために一緒についていった。




 元使い魔のエテ公が日課の散歩から戻ってくる。ヤットの渋面を見て、なにかを察したエテ公。


「キュキャック?(どうしたの?)」


「エテ、おまえはトラマサみたいに人間かぶれするんじゃないぞ」


「キュ?」


 そこへ「すみません……」と女の声。



 ヤットは林の方へ振り返る。真っ白な着物を着た女が、腕になにか抱えて立っている。


「誰だ? あんたもトラマサの茶番に呼ばれたのか?」


 女は近づいてくる。「雪女ゆきおんなと申します。トラマサさんの開店祝いにネギを持ってきました」


「ネギ?」


 雪女は新聞紙の包みをテーブルの上で開く。中に白ネギが三本入っていた。

「以前、私の知り合いから聞いた『越冬ネギ』の話をしたら、トラマサさんが『食べてみたいな』っておっしゃって。それで私、ネギを山の雪の下に埋めてみたんです。そうやって保存すると野菜は甘みを増すらしいんです」


「トラマサは今出かけてる。すぐ戻ると思うから待つといい」ヤットはネギを一本取ると、鼻の下に当ててくんくんと匂いを嗅いだ。


 雪女はポッと顔を赤らめる。「ごめんなさい。人間の男と一緒に埋めましたので、人間臭いでしょうか?」


「いや」ヤットは首を振る。「なんだかツンとする、薬草のような匂いだ。このまま食っていいのか?」


 エテ公が声をあげる。「クィッキー、キュキュクックー(ネギは生より熱を通した方がおいしいよ。スープに入れてみようよ)」その後、愛用のリュックからペティナイフを取りだして、ネギを切りはじめる。



 雪女はどこか陰があるが、「それでも」と打ち消したくなるような美女だった。エテ公がスープ作りをしている間、雪女の話が静かな墓地を埋めていく。


「私は日本の北陸というところにある、雪深い山に棲んでいます。山には毎年、たくさんの人間たちがやってきます。越冬ネギについて教えてくれたのも、そのうちの一人でした。その人はネギを育てていて、大雪だろうと吹雪だろうと畑でネギを掘り、ネギ堀専用マシンに手を当てて温めては、またネギを掘る。着てはもらえぬセーターを編んでは、またネギを掘る。キャベツばかりを齧っては、またネギを掘る……そういう生活をしていたそうです」


「日本人は真面目らしいからな。トラマサもそんな日本人を尊敬している」

 その割に……とヤットは思った。さっきの妖精の女たちのやりとりは一体なんだったんだ。


 雪女は話を続けた。「トラマサさんとのお付き合いはもう二十年になりましょうか。トラマサさんが殺ぎ屋の仕事で日本に来られていたときに知り合いました。私たちは愛し合っております」


「ふむ」とヤット。たしかにこの雪女も日本生まれ。トラマサが惹かれるに違いない。

 

 エテ公は鍋に井戸水とネギを入れて、石で組んだかまどに火をつけ煮込みはじめた。


「ご存じかと思いますが、私は山で遭難した人間の男を専門に襲っている、いわゆる〈〉です。決して褒められた精霊ではありません。トラマサさんはそんな私に、『おれが君を必ず幸せにするから、その商売から足を洗ってくれないか』と言ってくださったのです」


「キュイッキュキュ(まあ、化け物同士でくっつくことになんの異存もないよね)」スープをかきまぜながらつぶやくエテ公。


「私の心を塞ぎ続けた堅氷けんぴょうを一瞬で溶かすようなうれしい言葉でした──。でも……。トラマサさんは、人間から強奪した品物を売って、それで暮らしを立てておられる立派な男性です。そんな方に私のような薄汚れた女がくっついていいのかと」


「クィッキキ(まったくお似合いですけど)」

 

「今まで何百人、人間の男を雪の下に埋めてきたでしょう。もし私が人間だったら、ギネスが放っておかなかったでしょうね」


「キャキュウ、ククック(まずは警察じゃない? 放っておかないのはさー)」



 雪女の告白、エテ公のクィッキキを聴きながら、なるほど、とヤットは思った。あの意味不明な、商売と名のついた三文芝居。この女と一緒に暮らすためにひねりだした、あいつの知恵だったのか。


 エテ公ができあがった熱々のネギスープを椀についで、ヤットと雪女に供した。


「まあ、おいしそう」両手で椀を包んで、悲しみに暮れていた顔がやわらぐ雪女。


「よし、食うぞ」ヤットはスプーンでネギをすくうと、口に入れた。しかしすぐに「うぐいっ、ぐぇあちゃぁぁー!」と叫声きょうせいをあげる。


「はっ、この人、ネギで舌を火傷をしたんじゃ……」雪女はそれに気づくと、ヤットに向かって「ふひゅううううう……」と冷たい息を吹きかけた。


 ヤットは一瞬で氷の塊となり、そのままころん、と地面にひっくり返った。


「ああっ、私ったらなんてことを。凍らせちゃったわ」


 エテ公が言った。「キュキャキィキキ、クッククカ(大丈夫。メロンバルブ市の明日の天気は晴れだし、朝の気温も10℃以上あるんだから。太陽がのぼったらすぐに溶けて元通りだよ)」


「そうなの?」と雪女はなぜかエテ公の言葉がわかったらしく、驚いていた。



 二人はヤットを放ったまま、ネギのスープの続きを楽しんだ。




 

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