第58話 ガラクタ、翼竜を穿つ

 ——シンとヴァレリアが合流する少し前。


 シンとグレッグは館の北側にたどり着いていた。


「あれ? グレッグ、これは……」

「妙だね」


 館の北側には鉱魔獣がいっさい居らず、警備の人間すら一人も見当たらない。その代わりと言っては何だが、その辺りの木々は薙ぎ倒されていて地面は所々に抉れている。それは紛れもなく何者かが争った形跡だった。


「ここは確かヒューゴの待機場所だったな。一体何があったんだ?」

「シン、あれを見て」

 グレッグはそう言って館の方へ指を差した。


 シンが見てみると館の壁面に巨大な穴が空いている。


「ヒューゴがやったのか?」

「さぁ、それはまだわからないな」


 二人はいろいろな仮説を話し合いながら大穴の空いた館の壁へと近づいていった。


「斬ったというより、抉れている感じだね」

「そうだな。ならこの穴はどうやって? 魔法でも使ったのか?」

「そう考えた方がいいかもね。でもそれだとこの穴はヒューゴじゃないな」


 シンはこの大穴をヒューゴが館に侵入するために空けたものだと思っていたが、グレッグの考えはどうやら違っていたようだ。


「どうしてそう思うんだ?」

「ヒューゴの魔法ではこの壁は破れない。彼が使う木属性の魔法にこれほどの威力はないよ。それに……」

「それに?」

「どうも壁は内側から破られているみたいだ」

 

 グレッグが壁の縁に触れながら地面を見ている。シンもそれに倣って下に目を向けた。


「散らばった破片を見ると、外側の方が多く散らばっている。それに壁にできた亀裂が内側の方が大きい」

「確かに」

「なんの仕業であれ今は好都合だ。ここから中に入ろう」

「そうだな」


 二人で穴から館の内部へ侵入しようとした時。


 頭上でけたたましい音が鳴り響いた。


 二人して空を見上げる。


「グレッグ、悪いけど先に行っててくれないか?」

「どうした? 何か見えるのか?」

 シンは〝強化視野〟の魔法で音の原因を目の当たりにした。距離が遠すぎて強化視野の使えないグレッグにはよく見えなかったようだ。


「ヴァレリアが空で女の人と戦ってる」

「女の人、クローネか。まずいね……」

「確かルイスが言ってた護衛の一人だよな」

「あぁ、護衛の中で最も冷酷で残忍と言われている」

「そうか。ん?」

「これは、よく見えないが危ないんじゃないか」

 シンが突然目を凝らした。グレッグも遠目ではあるが、今何が起こっているのか一目で察しがついた。シンほどではないが、感覚補強の魔法でおおよその状況は確認できる。グレッグからは二人の人影がかろうじて見えているのだが、その二つの影が急降下を始めていた。


「まさかクローネがヴァレリアを地面に突き落とそうとしてるのか?」

「みたいだな」

「助けに行かないと。でもここからじゃ間に合わない。どうする、シン?」


 シンは一瞬だけ目を閉じ、それから強い眼差しでクローネとヴァレリアのいる方を見つめて言った。


「試してみるか」


 シンは魔法であるものを取り出した。


「ロック鉱石。それで何をする気なんだ?」

「撃ち落とす」


 シンはロック鉱石をグレッグに見せながら言う。


「コイツが弾で、俺が銃だ」


 グレッグはシンが何を言っているのかよくわからない。

 

「ありがとう。グレッグに教えてもらった魔法が早速役に立ちそうだ」

 

 シンは右手に持っていたロック鉱石を上へ放り投げた。そして宙を舞うロック鉱石に右手をかざす。


 風属性魔法〝トルネガ〟


 次の瞬間、シンの右手のひらに小さな竜巻が発生した。竜巻はロック鉱石を猛スピードで吹き飛ばす。ロック鉱石はクローネに向かって真っ直ぐに飛んでいき、脇腹に直撃した。


「よし、ちゃんと当たったみたいだな」

「そういうことか。これは、なんというか……」


 硬い石を竜巻の勢いで飛ばして相手にぶつける。実にシンプルな攻撃方法である。


 単純すぎて逆に思いつかない、なんてことはグレッグにはとても言えなかった。

 

「グレッグにこの鉱石の特徴を聞いたときに思ったんだ」

「何をだい?」

「当たったらめちゃくちゃ痛そうだなって」

「君はもっと頭のキレる人間だと思っていたよ。いやむしろ天才なのか?」

 

 グレッグは困惑した。


 二人はもう一度ヴァレリアとクローネの様子を確認してみる。双方とも離れた位置で滞空し、睨み合っている。どうやら落下は防げたらしい。

 

「グレッグ、ヴァレリアを助けに行こう」

 そう言いつつもシンの表情にはどこか迷いがあるように見えた。グレッグはそんなシンの心境を汲み取った。


「シン、無理しなくていい」

「いや、俺は」

「ガレオが気になるんだろう?」

「……」


 シンは何も言わずに下を向いた。


「そんなことはない。アイツなら大丈夫だろう」


 そこからしばらくの間、沈黙が続いた。先に口を開いたのはグレッグだった。


「シンは先に館へ行ってくれるかい? ヴァレリアは私でなんとかしよう」

「でも」

「シン、君はまだ知らないだろうが、私は戦いが好きではないが苦手ではない」

「グレッグ、それってどういう?」

「私は君が思っているよりずっと強いって事だよ。いいから館へ早く行きたまえ」


 グレッグはそう言いながら館の壁に空いた穴を指差した。


「グレッグ、頼んだ!」


 シンはそう言い残して館へ向けて走り出した。グレッグは微笑みながらその背中を見送る。


「さてと、カッコつけてみたは良いが。ここからどうしたものかな」


 グレッグはヴァレリアのいる方角を見ながら頭を抱え、一人呟く。


「なにせ人と戦うのはこれが初めてだからね」

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だから俺は転生者を滅ぼすことにした @senkouno

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