第57話 真打ち登場

「そういうことなら、力尽くで行かせてもらう!」

 ヴァレリアは跨っている相棒の竜であるヒューイの手綱を握り、強く引いた。ヒューイはクローネめがけて突進する。


「わかりやすい娘ね」

 クローネはそれをヒラリと躱した。そしてヴァレリアとヒューイに左手を向けて魔法で火球を放った。


 ヒューイが火炎を口から出して、クローネの火球を相殺する。


「ヒューイ、大丈夫か?」

「キュイ!」

 ヒューイは大声で力強くそう返事をしたが、それが空元気であることをヴァレリアはわかっていた。


 このままではヒューイのスタミナが持たない。


 クローネが今使ったのは、火属性高等魔法〝ダイエンダン〟


 竜種のなかでも上位に君臨する種族、ワイバーン。まだ幼体ではあるが、そのワイバーンであるヒューイのほぼ全力のブレスでやっと打ち消せるほどの威力を誇る魔法である。


 そう何度も防げるものではない。


 ここは短期決戦でいく他ないようだ。


 ヴァレリアは魔法で槍を取り出して構える。


「あら怖い」

 クローネは少し小馬鹿にしたような感じでそう言った。それを感じてかヴァレリアはクローネを思いっきり睨み返す。


「行くぞ」

 そう言ってヴァレリアはヒューイに手綱で合図をした。


 次の瞬間、ヒューイは猛スピードで飛行し、あっという間にクローネの目の前まで距離を詰める。ヴァレリアはすぐさまクローネめがけて槍を突き立てた。


「えっ」

 クローネは驚いて咄嗟に槍をかわすが僅かに間に合わず、槍は脇腹を掠める。ヴァレリアが攻撃を外したことによって生まれた隙を、クローネは見逃さなかった。クローネはヴァレリアの胸元に勢いをつけて蹴りを入れる。蹴りが命中するその時、クローネの足は爬虫類のそれような形に変化し、ヴァレリアの胸に鋭い爪を突き立てた。


「くっ……」

 クローネの蹴りをまともに受けたヴァレリアはヒューイから振り落とされる。


「キュイー!」

 ヒューイはすぐにヴァレリアを追いかけて背中で拾い上げた。


「ヒューイ、すまない」


 接近戦ならこちらに分があると思ったが、それがそもそもの間違いだったようだ。


 ヴァレリアが胸に付けていた鎧は大きくひび割れていた。


 思っていたよりもずっと厳しい闘いになりそうだ。


 どうやら初手はうまくいったようだが。


「痛そう。大丈夫?」

 クローネは先程の蹴りで少し下降したヴァレリアを見下ろしながら心配そうに言う。しかしクローネは内心、ヴァレリアとキューイが見せたスピードに目が一瞬追いつかなかったことに焦りを感じていた。


「お構いなく。それよりも自分の心配をしたらどうだ?」

 クローネの煽りを受け流しつつ、ヴァレリアは次の手を打つ準備を進める。


 氷属性魔法〝グレイシャ・ボルグ〟


 ヴァレリアが今使用したのは氷で槍を生成する魔法。氷属性魔法は氷を使ってあらゆる物を具現化する〝生成魔法〟が全体の大多数を占めている。その中でも武具の生成は難易度がかなり高く、扱える人間の数は限られる。


 ヴァレリアは氷の槍を三本生成し、クローネへ向けて放った。


「遅ーい」

 クローネは三本の槍をいともたやすく避けてみせた。


「まぁそうだろうな」

 ヴァレリアは動揺することなく言う。槍が避けらることは想定内。狙いはその先。


 弾けろ。


 氷属性魔法〝フリーズクラスター〟


 クローネの真横を抜けようとしていた槍が突如、爆散した。バラバラになった氷の槍の一部がクローネに降り注ぐ。クローネは翼で破片を防ごうとしたが間に合わず、体に無数の氷の棘が突き刺さった。


「ちょっと! 顔に当たったらどうすんのよ!」

 クローネは氷の槍の爆散にしっかりと反応していたが、両手で顔を覆うことに精一杯で体への防御が疎かになっていた。

 

「貴様の顔がどうなろうと私は知らん」

 クローネが体に刺さった氷の棘を火属性の魔法で解かしている間に、ヴァレリアは高度を上げてクローネと同じ高さまで上昇した。


「面白くない娘ね。あなた、もういいわ」

 クローネの目つきが急に変わった。


 ヴァレリアはそれを察して咄嗟に構える。


 氷属性魔法〝アイスイージス〟


 ヴァレリアが魔法を唱えた直後、目の前に巨大な氷の盾が現れた。

 

 それとほぼ同じくらいのタイミングで、クローネがヴァレリアめがけて蹴りの姿勢で突っ込んできていた。クローネの蹴りはギリギリのところで氷の盾に阻まれる。


 その次の瞬間、氷の盾は粉々に砕けた。


「なっ」

 そしてそのままクローネの蹴りはヴァレリアの胸に直撃する。そこからさらにクローネはその鳥のような足でヴァレリアの体を掴んだ。その勢いでキューイからヴァレリアの体が引き剥がされる。


「降ろしてあげる」


 クローネはそこから急降下をはじめた。


「離せっ!」

 ゆっくりと地面が迫ってくる中、ヴァレリアはどうすることもできない。キューイがクローネの背中に噛みついて必死に上へと引き上げようとするが、勢いはもう止まらない。


 駄目だ、もうこのまま私は……。


 すまない、皆。


 私はここで終わりだ。


「ヒューゴ……」


 その時。


 クローネの体にとてつもない速度で何かがぶつかった。


「うっ……」

 鈍い音とともにクローネの表情が大きく歪む。


 クローネは思わずヴァレリアの体から足を離した。空へ放り出されたヴァレリアをキューイが急いで受け止める。


 なんとか落下は防げたようだな。


「何が起きているのかわからないけど、とりあえず間一髪セーフってことでいいのかな?」

 

 ヴァレリアとクローネのはるか下。


 地上から二人を見上げながら、シンはそう呟いた。

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