第56話 時間稼ぎ

————バーツ邸、東側。


 南側の方から地響きが聞こえる。シンは〝聴覚拡張〟の魔法で耳の感覚を研ぎ澄ませた。


「ライアンの方は順調みたいだな」 

「そうみたいだね」

「ヒューゴは戦闘中か。刀で何を切る音が聞こえる。あっちも多分大丈夫そうだな」

「聞こえるのか? この距離で?」

 グレッグはきょとんとした顔をしている。


「あぁ。聴覚拡張を使えばそれくらい聞こえるんじゃないのか?」

「ん? シン、聴覚拡張が使えるのか!?」

「そうだけど、どうしたんだ?」

「それは高等魔法だ」

 グレッグは呆気に取られた。


 そして思った。


 なぜ風属性魔法は初期魔法しか使えないのに、それより難易度の高い補助系の高等魔法が使えるのか。


 これも転生者の成せる技なのか。


「え? そうなの?」

「まったく本当に君は、常識はずれの男だな。益々興味深いよ」

「なんか馬鹿にしてない?」

「いいや。気のせいじゃないか?」

 グレッグはシンから目を逸らして小さく笑った。


「そうかなぁ……」

「こんな時だっていうのに、君と居ると気が抜けるよ」

「そうか?」

「あぁ。どうしてだろうね」

 なぜそう思うのか、グレッグは心ではわかっていた。


 シン、君は本当に不思議な男だ。


 君と居るとなぜだかどんな困難なことでも上手くいきそうな気がするんだ。


 これが、カリスマを持っているということなのだろうね。


 もっと君と早く出会っていたなら……。


 私は変われたのだろうか?


「グレッグ!」

 シンの呼びかけでグレッグが我に帰った。


「申し訳ない。どうした?」

「転生者が動いた。どうも階段を降りて一階で止まったみたいだ。誰かと交戦してるかもしれない」

「それは無いんじゃないか? まだ誰からも連絡がない」

 そう言ってグレッグはハッとした。どうやらシンも同じ事を考えているようだ。

 

「まさかルイスか!」

「それはあり得るな。誰にも戦わせたくないから、黙って一人で対処しようとしているんじゃないか?」

「これはかなりまずいな。すぐに行かなきゃ」

「配置的にそこから一番近いのはガレオだ。連絡しよう」


 グレッグは伝達用魔道具でガレオに連絡をするが一向に返事がない。


「なぜ連絡が取れない?」

「ガレオにも何かあったのか」

「とにかく今は転生者だ」

「そうだな、行こう」


 シンは目の前にある館の窓を叩き割ろうとしたが、その前に何かが立ちはだかった。


「何だ? このタイプは見た事がない」

「こいつ……」

 二人の前に姿を見せたのは新型の鉱魔獣だった。大きくて頑丈そうな両腕に、分厚い胸板に人のようなシルエット。それはゴリラ型の鉱魔獣だった。


「何の生物を模している? どう対処すればいいんだ?」

「グレッグ、下がっていてくれ。俺が何とかする」

 シンは即座に鉱魔獣の胸に飛び込んで、拳を撃ち込む。しかし、特にダメージがない。それどころか、逆に鉱魔獣に掴まれて投げ飛ばされた。


「大丈夫か、シン?」

「問題ない。しかしなんて硬さと力だ。それにフットワークも軽い」

「面倒な相手だね。どうする?」

「俺がなんとか抑えるから、グレッグは先に行ってくれ」

 グレッグの返事を聞かずにシンは再び鉱魔獣に向かっていった。今度は宣言通り、鉱魔獣の両腕をしっかり掴んで押さえている。


「グレッグ、頼む」

「わかった」

 グレッグは館の窓を叩き割ろうとしたが、出来なかった。窓の前に、何かいる。


「二体目か!」

 グレッグはやむおえず後ろへ飛び退いた。それを見たシンも一旦後ろへ退く。


 ゴリラ型の鉱魔獣がもう一体出現した。片方は窓をガッチリとガードし、もう片方はこちらの動きをうかがっている。


「こいつは厳しそうだな」

「仕方ない、一度迂回しよう」


 二人は北側から、回り込むことにした。


「こんなことなら俺たちも早く突入すればよかった」

「いや、どちらにしてもだ。おそらくアレは最初からいた」

 グレッグはあの一瞬でゴリラ型鉱魔獣の出所を特定していた。一体はシン達がいたすぐ近くの茂みから出てきた。そしてもう一体は屋根から飛び降りてきていた。


「反省は後にしよう。急ごう、シン」

「あぁ」


————バーツ邸北側、上空。


 シンとグレッグが動き出した頃、ヴァレリアは鳥型の鉱魔獣と交戦していた。


「数が増えてきたな」


 最初は数えるほどしかいなかった鉱魔獣だが、戦闘が始まった途端にどこからか大量に押し寄せてきた。それは目の前にある館を埋め尽くすほどに。


「この程度か」


 ヴァレリアは槍を使って鉱魔獣を淡々と撃墜しながら前進していく。その数は徐々に減り、館に辿り着こうというほどまでの距離に来た時だった。


「あら、随分可愛らしいお客さんね」

 ヴァレリアの前に女が立っている。ここは上空、館の三階にあたる高さとなる。人が立てるはずもなかった。よく見ると女の背中には大きな翼が生えている。


「貴様、クローネだな」

 ヴァレリアはクローネを睨みつけた。


「えぇ、そうよ。そんなに怖い顔しないの。せっかく可愛いのに」

 クローネはくすくす笑いながら言う。


「すまないが、そこを通してくれないか?」

 ヴァレリアは表情を一切変えずにそう言った。


「うーん。どうしようかなー?」

 クローネは唇に手を当てて悪戯っぽく笑う。ヴァレリアはクローネの態度に苛立ちを隠せずにいた。


 クローネはヴァレリアの目を真っ直ぐ見ながらしばらく考え込む。


「私に勝てたら、考えてあげてもいいけど」


 そう言ったクローネの目は、殺意に満ちていた。


 

 

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