第6話 葵の上の出産の話1

 左大臣の姫君、兄の妻の葵の上が亡くなった。兄の憔悴はとてもひどく見ていられないようで、左大臣家から見舞いに来てくれないかと使者が来た。


 兄のことが心配なので行くことにしたが、頭中将と語らっていないだろうか。ちょっと不安なので夫にもついてきてもらうことにした。


 兄の部屋へ行くと、憔悴しきった兄がいた。顔がとても痩せている。


「おにいさま・・・」

 私は御簾みすの中に入る。夫は部屋の外で待っていてくれるそうだ。


「ああ。姫宮。」

「おにいさま、お悔やみ申しげますわ。」

「ああ。」


 返事にも力がない。心配して近寄って見つめる。


「おにいさま・・・」

「君もいるんだな。出家してしまうにはしがらみが多すぎる。」

「そんな、出家だなんて・・・若君がお生まれになったばかりではありませんか。」


 のちの夕霧だ。藤壺中宮との子の東宮と違って。初めて自分の子と呼んでいい相手なのだ。特別な気持ちのはずだ。


「ああ。そうだな。」

「おにいさまがお育てになるのでしょう?」

「いや、私は独身だし、左大臣と大宮さまに養育をお願いしようと思っている。」


 まあ、そうだよね。左大臣家で育ててもらった方が安心だよね。


「そうですね。そちらの方が、左大臣様や大宮様の慰めにもなりますでしょうし。」


 兄の後見のことを考えても左大臣家とのつながりは残しておいて方がいいだろう。


「ああ。大宮様の気落ちされているしね。」

「そうですわね。若君はそういたしましょう。」

「うん。」


 まだ、出家に気持ちが傾いていそうだ。


「あと、二条院の姫君はどうされますの?おにいさまが出家されたらたいそうお困りになるのでは?」

「そうなんだ。彼女は私以外に頼る相手がいない。」

「そうでしょう。おにいさま気を取り直してくださいませ。」

「ああ。ただ・・・」

「ただ?」

「物の怪が・・・」

「物の怪?なにがございましたの?」


 ああ。あの怖い話か。できれば聞きたくなかったというのが本音だ。だが、聞かずにはいられない。きっと他の誰にも話せないのだろうから。


「人払いを・・・」

「はい。」


 わたしは人払いを指示する。左大臣家の女房たちは心配そうに振り返りながら、退出していった。


「夫はそこにいてもらっていてもよろしくて?」

「ああ。」


 何かあったときの備えだ。


「それで、何がございましたの?順に話してくださいませ。」

「ああ。話すよ。」


 さあ、怖い話が始まるよ。

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