第5話 葵の上にとりつく物の怪の話

 兄は近頃大変みたいだ。夫が教えてくれた。

「姫宮、君のおにいさまは今大変なようだね。」

「まあ、何かありましたの?」

「最近、左大臣家に関するうわさがあってね。源氏の君の北の方、左大臣家の姫に物の怪もののけが憑いて離れないという噂なんだ。」


 現在懐妊中の葵の上は、物の怪にたいそう苦しめられていて、左大臣家中の人が心を痛めているそうだ。それで、兄も二条院にさえもたまにしか行かず、他の場所に行くのは具合が悪いという状態である。

 夫婦の仲はあまり良いとは言えないが、大切な方とは思っている上に自分の子を妊娠しているのだから兄も心を痛めていて、祈祷などを色々とさせているそうだ。


 そうすると、物の怪や、生霊いきすだまなどが多く出てきて憑坐よりましに取り付き素性を名乗ったりする中で、一つだけ苦しめるわけでもないのにピッタリ張り付いてはなれないものが一つだけあるそうだ。すぐれた修験者たちにもどうもできず、執念深さが普通ではないようだ。


「まあ。なんて恐ろしい。」

「そうだね。もし君にそんなことがあったらと思うと怖くなるよ。」

 と言って、私のお腹を撫でる。実は私も妊娠中である。


「兄ほど目立たないので大丈夫だと思いたいのですが・・・」


 わたしも夫も目立たず生きている。


「そう願うよ。」

「それでお噂は?」

「源氏の君の通う先の人だろうと考えた世間の人は、「御息所か、二条の君は源氏の君が特別に扱っているので、恨んでいる心も強いだろう」とささやき合っているんだ。でも、占ってさぐろうともしているようだが、一向にそれが誰かもわからないそうだよ。 物の怪と考えても、葵の上に敵となるような物の怪も思い浮かばないそうでね。」


 怖い怖いよ。執念深いってあの人だよね。ついに来たよ。


「怖いです。」

 私は夫に身を寄せる。


「わたしたちもそろそろ君のために祈祷をしようね。」

「はい。」

「大丈夫だよ。安心しなさい。」

「信じてますわ。お噂はそれですべてですの?」

「いや、祈祷を続けても、すでに亡くなった葵の上の乳母や、左大臣家に代々憑りついている物の怪などバラバラに出てくるそうでわからないそうだよ。」


 そんなの出てくるの?怖いよ。


 葵の上は、ずっと泣いていて、たまに胸を詰まらせてもだえるそうだ。屋敷の人は、不吉だと悲しく思っているそうだ。わたしたちの父の桐壺院もお見舞いをしているし、世間の人もなくなったら大変だと思って心配しているそうだ。



「無事に生まれることを願うよ。」

「そうですわね。」


 うう。本当にホラーだ。

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