第4話 藤壺の宮の出産

 さて、私が十八歳、兄が十九歳の二月、藤壺の宮が出産した。私たちの異母弟十の宮である。表向きは。


 正月、出産のためにお里下がりをしていた藤壺の宮だが、いつになったら出産をするのかと噂になっていた。兄と関係を持ったのが四月なので、そう思うと何もおかしくないのだが、父との子と思われているので、予定日は十二月だったのだ。


 ただ時は平安。病気・異変は物の怪もののけのせいにできる。よって、世間では、


「物の怪のせいで遅れているのか。」


 と噂されている。


 しかし、遅れたことにより兄は確信した。自分の子であると。そして、隠れて加持祈祷をさせたのである。バレるよ?


 父が若宮に会いたい。早く参内せよと言っているのをいいことに兄が、藤壺の宮の住まいの、三条宮に行ったそうだ。チャンスがあれば逃さず行動するのだから。感心する。

 だが、兄も会わせてもらえないらしい。そりゃそうだよね。だって、兄と藤壺の宮は他人だ。皇族という血筋は一緒だが他のつながりはない。後見でもないのだ。


 四月、藤壺の宮は若宮を伴って参内した。そして、兄が対面したそうだ。これはぜひとも感想を聞かなくてはならない。私は筆を手に取った。


 兄が来た。いつもの通り御簾みすの中に入ってくる。

「おにいさま、おやつれになりまして?」

「ちょっと先日まで気分が沈んでいてね。」

「若宮にお会いになれたのではありませんでしたか?」

「ああ。お会いしたよ。」

「いかがでした。」

「うん・・・先日、藤壺で管弦の遊びをしていたんだ。そしてら、父君がお出ましになって。腕に抱いた若宮を見せてくださったんだ。その時、父君がこうおっしゃったんだ。「皇子たちはたくさんいるが、そなたをのみ、このくらいの頃から朝も夜も見ていた。それが思い出されるせいであろうか。たいそうよく似ている。小さい時はみなこのようなものだろうか。」と。わたしは顔色の変わる気持ちだったよ。」

「お父様はお喜びでしたのね。」

「ああ。とても嬉しそうだったよ。」


 それもそうだ。父は兄のことをこの上なくかわいがっている。でも、母の身分が低く臣下にすることしかできなかった。それを後悔しているのだ。その兄にそっくりで、しかも母の身分は皇女ときたら、何の欠点もない皇子としてお喜びになるだろう。


「おにいさま、よく似ていらっしゃることに何かお思いであるのはわかるのですが、考えてくださいませ。私たちの母の桐壺更衣と若宮の母の藤壺の宮は瓜二つですわ。そして父が同じなのでしたら。子供同士がそっくりなのに何の疑問がございまして?」

「そ、そうだな。」

「腹をおくくりあそばせ。」

「ああ。」


 藤壺の宮が絡むといつも以上になよなよとしてくる。


「それで、若宮の様子はいかがでしたの?」

「片言でなにか言っていてね。とてもかわいらしくて、身勝手だが、こんな素晴らしい若宮に似ているなら、自分も大切に思えてきたんだ。」

「なら、ご自分を大切になさいませ。おにいさまには気を紛らわしてくれる方がいらっしゃるではありませんか。」

「そうだな。」


 兄の表情が緩んだ。


「二条院の方と最近何か楽しいことされまして?」

「箏の琴を教えたんだ。すぐに習得してね、かわいらしく引くもんだから、笛で合奏したんだ。以前から思っていたことが叶いそうだと思って嬉しくなったよ。」

「以前からのお望み?」

「ああ。理想の人と二条院に住みたいと思い、紫の君を理想通りに育てたいと思った望みだよ。」


 理想の人である藤壺の宮の身代わりに藤壺の宮のように若紫を育てるんだよね。元祖光源氏計画ここにあり。


「お楽しみですのね。」

「素直で覚えがいいからね。でも、先日、帝から注意されてしまってね。」

「あら、なんと?」

「左大臣が嘆くのももっともだ。幼く何もわからない元服したての頃から何くれと面倒を見てくれた左大臣の気持ちがわからない年でもないだろう。どうしてそんな情のないことをするのか?と。」


 葵の上をもっと大切にしてって言ってるのに・・・


「わたくしも同意見ですわ。なんてお返事されましたの?」

「できなかったよ。」

「なにも?」

「なにも。」

「どうして左大臣家に行きませんの?」

「紫の君が、私が夜に出かけると悲しむんだ。だから引き止められてしまって、ついつい・・・」

「それが、漏れたんですわね。」

「ああ。」


 注目の的だし、二条院に引き取られた女君は嫉妬羨望の的だもんね。

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