第5話 源典侍とのお話1

 久しぶりに面白い噂が入ってきて。新しい恋のお話である。紫の君を二条院に迎えてから、お遊びは減っていたようだが、今回はとても面白い相手だ。

 いつものように文を出す。さて、どうやって聞き出そうかな。




「やあ、姫宮。元気かい?」

「ええ。おにいさまこそたいそうお元気だそうで。」

「ん?」

「頭中将さまとおふざけになられたとか。」

「よく知っているね。」

「ふふ。楽しいお話がおありなのでしょう?」

「ああ。ちょっとした人生経験さ。」

「お話しくださいませ。」

「いいだろう。」


 兄が御簾の中で座る。お茶をお出しし、話が始まるのを待つ。さあ、久しぶりの恋のお話。お話しくださいませ。


「君は、帝の源典侍げんのないしのすけを知っているか?」

「ええ。父君の御髪を整えたりなさる方ですわよね。たしか、57,8の方だったと思うのですが。」

「そう。その方とのお話だ。」

「まあ。そんな方とどうやって始まったのですか?」

「なんというか、断り切れなかったというか、好奇心にまけたというか・・・

 その源典侍げんのないしが父君の御梳櫛みけずりぐしに参上したあと、父君も誰もいないとこを見かけたら、いつもよりと小ざっぱりとして、見かけや紙の様子も色っぽく、装束しょうぞくの様子もたいそう華やかに色好みな風情だったので、いつまでも若い気でいるんだなと思って、本人はどういうつもりなんだろうと思っての裾を引いてみたんだ。」


 よく見てるな。いつもよりということは普段から興味はあったってこと?許容範囲広いなあ。


「あら、おにいさまから仕掛けたんですのね。」

「軽い気持ちでね。

 そうしたら、すごい派手な蝙蝠扇かわほりおうぎを振りかざして振り向いてね。流し目で見るんだ。」

「色っぽい方ですのね。」

「そうなんだ。でも、瞼は黒ずんでいるし、髪の毛もちょっとけばだていて、年に似合わない扇を持っているなと思って、自分のと取り換えて、まじまじと見てみたんだ。」

「そんな変わった扇でしたの?」

「すごい濃い赤地に金泥で木高い森の絵をかいてあるんだ。そして、その端の方に年寄じみているがまあいい感じの筆跡で「森の下草老いぬれば」と書いてあったんだ。」

「森の下草老いぬればですか・・・」


 森の草が枯れてしまったので、馬も食べないし、人も刈らない・・・誰もかまってくれないという意味だ。

 年を取ったのでという意味と、最近男の人とご無沙汰ですという意味に取れる。


「そう。すごいだろう。他に言葉もあるだろうに。驚くほどの色好みだと思って、「森こそ夏のと見えるようだ」と言ったんだ。」

 

 たくさんの男の人と関係をお持ちですよねと言う意味だ。コメントできない。


「それで?」

「でもあんまりこの人と話して他の人に見られて変に思われるのもなと思っていたんだが、なにも気にしないのか、色っぽく歌で誘われてね。断って逃げようとしたんだが、泣いて引き止めるんだ。」

「まあ。すごい。」

「ちょっと普通じゃないよね。」

「ええ。」


 すぐ噂になるのにね。気にしないんだね。


「何とか逃げたんだけど、たぶんそのやり取りを父君たちに見られていてね。しかも、源典侍が否定しないものだから、噂になってしまったんだ。それを頭中将が聞きつけてしまったらしいんだ。」

「頭中将さまが・・・」

「そう。彼はその噂を信じてしまってね。源典侍に言い寄ったようだよ。まあ、これは後から知ったんだがね。」


 頭中将、恋愛に対する好奇心、行動力は兄よりも強いと思われる。絶対近付かない。


「そうなんですね。源典侍はどうされたんですの?」

「もちろん受け入れたよ。それでも彼女は私を諦めてくれなかったんだ。」


 源典侍、すごいな。この人も自分に自信あるよね。上品で、頭が良くて、お仕事もよくできる素敵な人ではあるらしいが。

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