末摘花

第1話 末摘花の君とのお話1

 正月のもろもろの行事がすんだころ。兄が新年のあいさつに訪れた。


「久しぶりだね。何か変わったことはあったかい?」

「わたくしの方は、いつもと変わりありませんわ。あ、そういえば先日、お父様のお使いで、大輔命婦たゆうのみょうぶが来ましたわ。」

「わたしの乳母子のかい?」

「ええ。その時わたくしは、殿の新年の衣の手入れをしておりまして、それを見て私の夫は幸せだと言うのです。いきなりだったので、理由を聞くと、源氏の君に聞いてくれとばかりいうのですわ。何かご存じ?」


 心当たりあるよね。あんまり心にとめてないから忘れがちだろうけど。


「ははは。それは私のことを思い出していたんだよ。」

「正月の衣装のことで何かございましたの?左大臣の姫君のお選びになるものなら、間違いございませんでしょう?」


 正月の衣装を用意するのは、正室、いなければ正室格の仕事だ。それ以外なのに用意した人いますよね。


「世間知らずの人でね、良かれと思って用意してくれた人がいるんだよ。」

「あら、どんな方ですの?わたくしのお聞きしたことのある方ですか?」

「いいや。お話しても面白いことのない方だからとお話してなかったよ。」


 わたしも、その人より聞かなきゃいけない人がいたから忘れてたよ。


「ふふふ。おにいさまのお相手にそんなお話がいのない方などいらっしゃいますの?」

「さてね。じゃあ君に判断してもらおうか。」

「はい。」


 はじまりはじまりー。


「昨年、梅の季節のころ、瘧病を患う前のころだ。私の妻は恋人はどなたも気高く思慮深く打ち解けられない人ばかりで、夕顔の君を忘れることができなかった。」

「ご寵愛でしたものね。」

 兄が続ける。

「どこかに、後見や評判がうるさくなく、ただただかわいらしい人がいないものかと思って過ごしていたんだ。」


 癒し系の気を使わなくていい、かわいい人を探していた。と。


 兄が続ける。

「ある日、大輔命婦が故常陸の親王の姫君が心細くお暮しであるという話をしていてね、それが気になって色々質問したんだ。」

「たしかに、そういう方のお話を聞くと他人ごとには思えませんものね。」

「ああ。でも、聞いても、顔も性格もわからない。おとなしい方できんを弾くことぐらいしかない。というんだ。」

「あら、きんですの?古風な奥ゆかしい方ですのね。」


 七弦琴しちげんきんといって、今はもうすたれてきている楽器だ。


「ああ。そう思って、そのきんを聞きたいと言ったのだが、命婦が渋るんだ。だから、日程を強引に決めて、姫君のところに行ったんだ。」


 さすが。すぐ行動にうつすところは見習いたいものだ。



「そうして、十六夜いざよいの月の美しい日に、故常陸の親王の屋敷に向かったんだ。その日は朧月でね。きれいだった。」

「朧月の夜は、琴を聞くのにあまり似つかわしくないんじゃありません?」


湿気がない日の方がよく響いてきれいなはずなのだ。


「命婦にもそういわれたんだけど、とりあえずお聞きしたかったんだ。」

「そうでございますか。それで、お聞きになれたんですの?」

「少しだけかき鳴らす音が聞こえたよ。上手いかというほどではないが、悪くもなかったよ。もう少し聞きたいと思っていたんだがなぜかすぐに演奏がやんでしまってね。あまり聞けなかったよ。」


それは下手なので、命婦が止めたからでは?


「それで、いきなりお話して驚かせても悪いので、その日は帰ることにしたよ。」



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