第7話 紫の君(若紫)を得た話2

 兄が続ける。

十月かんなづきに朱雀院の行幸があるだろう?」

「ええ。」

「その練習でしばらく連絡を取れなくて、やっとあの北山へ連絡したんだ。そうすると、尼君は九月ながつき二十日はつかごろに亡くなったと聞いたんだ。」

「あら・・・」

「私たちも、母御息所みやすんどころをなくし、立て続けにおばあさまを亡くした。そのころの気持ちは、あまり定かではないけれど思い出して、心を込めてお見舞いしたんだ。」

「そうですわね。同じようなご状況ですものね。」


 むしろ、女性であり、兄もいない若紫の方が大変だと思う。父からの寵愛の面でも。


「そして姫君が京に帰ってきたと聞いたて会いに行ったんだ。そして一晩共に過ごしたんだ。」

「お、おにいさま?」

「一緒に寝ただけだよ。あられも降って心細いであろうと思って楽しいお話をしただけさ。」


 よかった。言い方がわるいよ。


「安心しました。」

「そこで話した姫の乳母めのとが、父宮の屋敷にはいかせるのが不安だというのも聞いたよ。」


 そうだよね。落窪物語おちくぼものがたりみたいになりそうだもの。


「不安もわかりますわ。」

「それで帰ったんだけどね、その次の日に、惟光これみつから、父宮が明日姫君を引き取ると聞いたんだ。父宮に引き取られると会えなくもなるし、そのあとにもらい受けるとしても、噂になるだろう?」

「ええ。そうですわね。」

「だから、強引に引き取ってしまうことにしたんだ。」


 それ、後の世では誘拐っていうんだよ。知ってる?


「・・・どのようになさったんですの?」

「その日は左大臣家にいたんだが、急用ができたと夜更けに出て、故按察使大納言あぜちのだいなごんのお屋敷に向かったよ。そして、姫君の寝ているお部屋に向かい、抱いて連れてでたんだ。姫君は最初父宮と思ったみたいだが、すぐに違うと気付いて怯えていたよ。」


 怖かっただろうな。強盗だよね。紫の君かわいそうに。


「それは、恐ろしゅうございましたでしょうに。」


 兄は続ける。

「女房たちが、何をなさるのだというから、連れていくので誰かひとりついてこい。というと、明日に父宮が迎えに来るので困ります。というんだ。そんなことを言っても止めようもないから、後からでも誰かこればよいと言って牛車ぎっしゃをよんだんだ。」


 強引すぎる。平安時代にも嫁盗みの例もあるし、伊勢物語いせものがたりでも落窪物語でもしているんだけど。相手の合意がないし、幼すぎるよ。


「みなさま、ビックリなされたでしょうね。」

「うん。姫君もないているし、混乱した場であったよ。」


 混乱させているのはあなたですよ?


「そうでしょうね。」

「それで、姫と乳母だけ連れて二条院の西の対へお迎えしたんだ。姫君も最初は泣いていたが、しばらく一緒に過ごしたら慣れてくれてね。今ではなついてくれて可愛いよ。まだまだ子供っぽいところもあるけれど、一緒に遊ぶのがとても楽しいんだ。」

「ようございましたわね。」

「ああ。あの子といると物思いを忘れられるんだ。」

「そうでございますか。」


 兄にとってはとても良い縁組なのだろう。若紫にとっても、他の可能性を考えるときっとマシに違いない。継母が自分の子と分け隔てなく接してくれるタイプの女性だったらどこかの貴族の正妻になれたかもしれないが、そうもいかないような方みたいだし。


「また、紹介してくださいませね。」

「ああ。君と似て美しいからお互いに仲良くなれると思うよ。」


 そういうと、兄は紫の君の待つ二条院へいそいそと帰って行った。


……………………………………………………………………………

〈お知らせ〉

今更ですが、主人公の呼び名を決めました。

紫苑しおんの宮です。


理由

桐壺更衣の娘→桐の花→桐の花の色=薄紫

伝統色の薄紫かつ桐科の植物→紫苑

となりました。

よろしくお願いします。

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