第6話 紫の君(若紫)を得た話1

 十月かんなづきのある日、夫が言った。


「叔父上が、姫の行方を捜しているようだ。」

「おじさま?兵部卿宮兵部卿の宮さまですか?」

「ああ。愛人に産ませた娘がいて引き取ろうと思っていたそうなんだが、引き取りに行った朝に乳母めのとが隠してしまっていていなくなっていたそうだ。将来が楽しみな美しい姫だったそうでね。とても残念そうだったよ。」


 若紫のことだ。のちに紫の君、紫の上となる人だ。


「そうなんですの。でも落窪おちくぼためしもありますし、北の方のお人柄を考えると・・・」

「わたしもそう思うよ。」

「どこでお過ごしなんでしょうね。お健やかでいらっしゃればいいのですけれど。」

「そうだね。」


 すぐお近くの二条院の西の対にいるんですけどね。


 数日後、兄が来た。今回は呼ばなくても来たようだ。

 先日のような追い詰められた感じもない。癒される日々をお過ごしなのだろう。


「やあ、姫宮。ご機嫌いかがかな。」

「おにいさまこそ、何かいいことございまして?顔色がよろしゅうございますわ。」


 兄がしぐさで御簾みすの中にはいっていいかと聞くので許可する。


「いいことというかね、最近日々が充実していてね。」

「二条院に関することですか?」


 場所をいうことで、ほのめかしてみる。


「ああ。知っていたのかい?」

「ふふふ。」


笑ってごまかす。兄の自分の情報がもれることはよくあることだとわかっているところは助かる。


「我ながら異常な執着を持ったものだと思うよ。」

「ふふ。おにいさまの行動力にはいつも感心していますわ。どうされたんですの?」


 話してもらおうではないか。


「秋の末の月(九月ながつき)に入ったころ、忍び歩きの途中でひどく荒れ果てた屋敷を見つけたんだ。そこを惟光が、故按察使大納言あぜちのだいなごんの屋敷だというので訪ねることにしたんだ。」


 アポなしで突撃ですか。


 兄が続ける。

「中に入れてもらってね。尼君とすぐ近くでお話させてもらったよ。尼君は相当お悪いようだった。」

「そうなんですね。」

「ああ。そんなに悪いとは存じ上げなかったというと、尼君は、悪いのはいつものことだとおっしゃるんだ。それでも命が短くなると、心残りはあの小さな姫のことだけだと。今のように幼すぎる時期が過ぎたら、わたしの愛人に加えてください。というんだ。」

「あら、許可がでましたわね。」

「うん。兵部卿宮にお任せするよりも、私の方がいいと思ったんだろう。」

「そうですわね。あの北の方だと、どのようにされるかわかりませんし、尼君もご不安に思われたのでしょう。」


 父親がいなければ、生活に困り、母親側の後見がいなければ不遇な目に合う。よくあることだ。生きていくのにも苦労したり、とんでもない人と結婚させられることを思えば愛人といえど、こんなにしつこく言い寄ってくる兄に任せる方がいいだろう。


「そうだね。安心してもらおうと、前世からの縁があると思われるぐらい愛しく思っているとお伝えしたよ。」

「そ、そうですの。」


 ・・・逆効果じゃないのかな。大丈夫かな。


「あの幼い声を一言でもお聞きしたくて、そういうと、寝ていると断られたんだが、ふふふ。」

「あら、面白いことがございましたの?」

「ああ。ちょうどその時に姫君がやってきて、源氏の君がいらっしゃったそうですね。というんですよ。」

「ふふ。なんと間の悪い。」

「そうなんだよ。女房たちが、静かにと止めるのに話し続けるものだから面白かったよ。皆が気の毒だから、その日は帰ったよ。」

「本当にまだ幼い姫君なのですね。」

「そうなんだよ。その次の日お文を差し上げたんだけど、尼君の体調がいよいよとなったので、兄君のいる山寺に行くというお返事が届いたよ。」


 兄との約束は、尼君を安心させられたのだろうか。余計な心労となってないといいな。


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