第3話 交渉失敗のお話

「そのあと、先ほどの部屋にいたら、尼君の兄の僧都そうずからお招きを受けてね。お話ししたんだ。とても優雅な人で簡略な姿の自分が恥ずかしく感じたよ。最初は仏道に関するお話をしていたんだけど、どうにもあの少女のことが気になってね。訪ねてみたんだ。」

「あら、よい機会がございましたわね。」

「私もそう思うよ。」

「どのようにお聞きいたしましたの?」

「夢に見たんだがここにはどんな人が住んでいるのかい?と」

「笑われませんでした?」

「笑われたよ。尼君はだいぶ昔に亡くなられた故按察使大納言あぜちのだいなごんの北の方だったよ。最近体調が悪くてあちらに身を寄せているそうだ。」

「少女はそのお身内で?」

「そう思って娘さんがいると聞いたが、どうされているのですか?と聞くと。」

「と?」

「娘は亡くなって10年ほどだと。その娘は、故按察使大納言が、入内させたいと大切に育てていたが叶わなかったと言っていた。」

「おかあさまと似ていますわね。」

「ああ。母君は入内して大変な目にあったから、どっちがいいなんてわからないね。」

「ええ・・・」


 父を亡くした娘は、後見がなくなり理不尽な目にも合いやすいのだ。


「その娘には、いつの間にか兵部卿宮ひょうぶきょうのみやがこっそり通ったそうで、娘が生まれたんだ。」

 大納言の娘に生まれても、愛人なのだ。

「兵部卿宮といえば、藤壺様のおにいさまですわね。あら?うちの殿の従兄弟になるのかしら?」

「そうだね。兵部卿宮の北の方と言えば確か、相当な後見をお持ちだったよね。」

「ええ。」

「それで物思いでなくなったようだよ。」


 頭中将といい、みんな北の方のせいにするけど、男性はどうなんだ。とちょっとよぎった。兄が続ける。


「尼君が、あの少女の先を嘆いているというから、私を後見役にどうですか?と聞いたんだ。」

「どうでした?」

「尼君にそうだんしてお返事する。と交わされてしまったよ。」

「残念ですわね。」


「ああ。だから、次は尼君に交渉してみたよ。」


 ほんと、行動力ある。


「最初は、お心当たりがなさそうでね。そのあとは、似つかわしくないお年ですからと言われたよ。」

「そうですわね。あまりにも幼いので考えられないのでございましょう。」

「引き取って育てたいんだが、伝わらないものだね。」

「伝わりませんわ。思いがけないことですもの。」

 何のために引き取るのかと思うよね。

「というわけで、お二人共に断られたよ。」


 そりゃそうだ。断る気持ちの方がわかる。


「帰る前に、僧都に尼君からの返事をもらったのだが、四年か五年のあとならお心に添いますと言われたよ。」


 兄はとても残念そうだ。諦められないのだろう。というか、諦めることってあるのか?


「ふふふ、お待ちしたらいかがですか?」

「うーん。」


 ほしいものは手に入れますもんね。


「また、交渉してみるよ。」

「まあ、頑張ってくださいまし。」


 私は笑いながら、応援しておいた。

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