第2話 北山の垣間見2 (『若紫』小柴垣のもと)

「それだけじゃ、ございませんでしょう?」

「もちろん。」

 兄のもったいぶったお話はいつものことだ。私もそれを楽しんではいるが。

「お話しくださいませ。」

 さあ、話すのだ。あの有名なお話を!

「泊まることになったのは良かったのだが、することがなくてとても暇でね。さっき言ってた小柴垣へ行ってみることにしたんだ。」

 ほんと、行動力あるよね。

「あら、そんなぞろぞろと言ったらすぐにばれますわ。」

「供人はみんな返して惟光と二人だけでのぞいたよ。」

「まあ、慣れていらっしゃること。」

「そんなことないよ。」

 ほんとかな。嘘だろうな。と思っていると、兄が続けた。

「西側のお部屋をのぞいていたんだが、そこに尼君がいたんだ。」

「おにいさま・・・まさか・・・」

「いやいや、違うよ!そんなことはしない。」

 もちろん冗談である。いくら見境のない兄でも出家した人にそんなことをしないだろう。多分。

「尼君は、40歳ぐらいで、並大抵の人に見えなくて、色が白く気品があって、痩せているけれど、頬のあたりはふっくらとして、目元も美しく、切り揃えられた尼そぎの髪型でさえ、逆に長いよりも今っぽい人で、いいなあと見ていたんだ。」

 相変わらず、女の人のことを語らせたら長くて細かいなあ。

「尼君が素敵でしたの?」

「まあ、間違いではないけどね。そこにね、こぎれいな女房が二人と、それと、女の子たちが出たり入ったりして遊んでいたんだ。その中に、10歳ぐらいに見えて白い衣に山吹色の普段着を着ていた女の子が特別かわいらしい子だったんだ。」

 若紫だ。

「あら、そんなにかわいい子でしたの?」

「ああ。育っていく先が楽しみな顔立ちだったよ。髪は扇をひろげたようにゆらゆらとして、顔を赤くして泣いていたんだ。」

「何かあったのかしら?」

 ずっと年下の女の子でもしっかり観察ですね。

「尼君も聞いていたよ。尼君の子なのかなと思いながら見ていると、雀の子を他の子が逃がしてしまったようだよ。」

「あら、かわいらしい。」

「そうなんだ。伏籠に入れておいたのにと、とても悔しそうにしていてね。」

「ふふふ」

「そこにいた女房は、逃がした子に対してまたかって感じで、雀のことも心配していたんだけど、尼君はなんと幼いことかって嘆いていたよ。その女の子の母君はお亡くなりになっているみたいで、その母君の当時と比べても子供っぽい女の子が、このまま自分が儚くなってしまったら、どうなってしまうのかと、とても心配していたよ。」

「それは、よくわかりますわ。」

 わたしたち、他人事じゃないものね。後見がいなくなってしまうことって。

「その話を聞いているその姫のようすは、顔つきも髪の生え際も額の様子もすべてかわいらしくて、成長していく様子を見ていけたらなと思いながら、私はじっと見つめてしまっていたんだ。尼君の話を聞いてうつむいた髪の毛がつやつやとしてみごとだったよ。」

 お気に召したんですね。わかります。あ、さすがに言わないか。藤壺の宮さまに似てるって。でも、幼い子の様子を細かく見すぎです。

「もっと見ていたかったのだが、尼君の兄の僧都が来て私が来ていることを告げると簾を下ろしてしまって見れなくなってしまったよ。」

「残念ですわね。」

「本当に。」

「それで、その少女とは何もなく帰られましたの?」

「もちろん。あんなに幼い子に何もしないよ。」

 本当?と思ったけれど、確かにそれはなかった気がする。

「でも・・・どうにかしてそばに置きたいものだと考えている。」

「あら、お引き取りになるのですね。」

「それがね・・・」

兄はそのあとに起こった別の話をしだした。

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