シアに続くかも知れないタロァの道①もう何十年も生きた気がする。

 ワケの分からないクリスマスの日。

 あそこで全て終わってほしかった。

 だけど終わる訳が無かった。

 過去とは何が起きても消える訳では無いから。


 例えば合法ドラッグによる望まぬ行為、だけど普通なら何処かで気付く。もしそのまま突き進むなら何処かで現実逃避を望んでいた。


 例えば知らない故の行為…いや、いくら何でも中学3年から…知らない訳無いんだよな…知らない事にしたいだけ、認めたらお仕舞いだから。


 メグミが言った、この姉妹シアとサラは、心が弱く幼い。

 だから依存する。そして依存先が無くなると、別のなにかに依存する。

 依存先が望まないものでも心で勝手に依存する。


 あの日、逃げ出してメグミの仲間に保護されて、病院に行ったがサラの意識は戻らなかった。

 いや、意識はあるのだけど…何か夢のような、絵空事を言うだけでまともな会話が出来なかった。

 ただ、シアがいると、話しかけると…反応が、無くなる。ただたまに涙を流す…心を閉ざしてしまうらしい。

 医者は何かあったのか?というが説明のしようがない。


 ただ俺が思うのは、多分だけど…サラはシアを見ると自分の後悔を思い出すんじゃないかと思う。


 本音と周りにしてきた事、シアという姉のせいにして苦しめた事、羨ましかった事、それが悪意に変わった事。

 だって…俺がそうだったから。


 結局、サラは九州に病院を移す事になった。


 症状として精神的なものが大きく、都会の喧騒は彼女を刺激し精神が揺らぐ。

 そして自分を知る人に会うと取り乱す。

 だから静かな所に移すべきだと言われた。


 シアのお父さんに会った。シアのお父さんは自分がサラを受け入れると言ったが、シアは私達姉妹とは縁を切るべきだと言った。

 シアは知っていたから。お父さんの新しい家族は自分達を良く思っていない事を。

 

『今までのありがとう、育ててくれて、愛してくれて。でもこれからは新しい家族の傍にいてあげて。安心して欲しい、私は嫌いになった訳じゃないの。パパはいつまでも私達のパパだから』


 シアのお父さんは、九州のお祖母さんと話をしていたらしく、お祖母さんは家の近くの病院を提案し、養育費という名目でサラの入院費用を払うと言った。


『アンタももう良かやろ?あの娘がわるかとはわにもわかると。迷惑かけたばい、だけん、サラはウチでめんどうみると』


 シアのお母さんは亡くなっていた。

 若い男のマネージャーと心中に近い形で死んでいた。

 原因の根本は新しいドラッグだったが、最終的には違法のケミカルドラッグをちゃんぽんして使用した事によるオーバードーズ。

 

 どちらが望んだかは分からないが、2人共手首を切っていた。

 ドラッグで心臓が止まっていた為、死因もあやふや。


 一時、シアラとシャカの母親の情事として週刊誌に載り少しだけ騒ぎなったが、あの薬に関してはどんな事でもすぐになにか力が働いて、すぐ騒ぎは沈静化した。

 

 葬儀はシアのお父さんが家族と近しい人だけで行った。と、言ってもシアのお父さんとシア、お祖母さん。そして生前、多少付き合いのあった蘭子と蘭子の両親と俺だけだった。

 芸能関係はゴタゴタがあるから控えたそうだし、シアのお父さんも当分、日本の業界とは関わらないと言っていた。


 優しく微笑んでいる遺影を見ながら思った。

 シアの母さんは会った事はある。

 笑い顔が似合う優しいおばさんだった。

 俺からすれば、何処にでもいる優しいおばさんだったんだ。

 こんな無茶苦茶な事はすると思わなかったけど、どんな大人でも、1人の人間と知った。


 この事がきっかけで、産んでくれた母さんに会おうと思った。俺に会いたがっていた母さん。

 人はいつ死ぬか分からない。後悔をするより、後悔しない人生でありたいと思ったから。


 年明け…少し時間が出来た時、隣街いるという母さんの家に行った。実家に帰っていたのは知っていたから。

 記憶に残る母親の顔、と言っても父さんの葬儀の時だ。

 その母親に似た人が玄関口に出てきた。母さんの妹らしい。


『ああ、太郎君かぁ、大きくなって。とうとう来たのね。まぁまぁ、あがってよ!お茶出すよ。』


 居間に案内された時に全て理解した。


 仏壇に、俺の祖父だろうか?祖母だろうか?並んだ夫婦の間に…挟まれるようにお母さんの遺影があった。

 

『太郎君を引き取ると言ってた時には既に癌だったんだわ、だから強く出れなかったみたいね。引き取るなんて無責任な事、言わなきゃ良いのに…それでも死ぬ前に後悔したくなかったんじゃないの?ギリギリになって、泣いて、騒いで…だけど太郎君の心も、世間体も、そして自分の身体の事も、もう遅かったけどね』


 初めて知る子供の時にいなくなった母さんの事。


 パート先の上司と心も身体も繋がったと思い、父さんを裏切った。

 実際は身体以外に繋がっていないとは知らず、父さんを罵倒し家を出た。

 ところが自分は、上司にとって遊び相手だったと知ったが後の祭り。

 父さんは隣の街の名前『犬山』という、名前通り有名な家の血筋だ。

 望まぬ結婚だったかは分からない。だけど母さんは父さんを裏切った事実だけは確かで。

 犬山家がそれを許す筈は無く、離婚。

 父さんも自分の事はおいといて、とにかく俺を置いて行った事が許せず、庇う事はしなかった。


 それでも…と、叔母さんの話は続く。


『お父さんも思う所はあったみたいよ?太郎君のお父さん…ずっとお金送ってくれてたんだよ。心が壊れて働かずに引きこもっていた元奥さんにね…そしてその奥さんは奥さんで、失った息子の事を、たまに見に行ってたみたいでね。写真撮ってはずっと眺めていた。それでも結局、気持ちが変わっても、やってしまった事は取り戻せなかった…そのまま死んじゃったら世話ないよ』


 お線香をあげて手を合わせる。

 涙は出なかった、ただ虚無感だけがあった。

 父さんは何がしたかったんだろう、母さんはどんな気持ちだったんだろう、俺は…今更どうしたいんだろうか?


 俺の後ろで『あれだけ騒いでいたのに拝んで貰っちゃって…泣いてばかりいた姉も喜ぶよ』と叔母さんは言った。

 諦め続け、心を壊し、諦観する事で自分を守る。

 しかし母さんは、ギリギリになって諦めきれず、何とかしようとしたが、諦観した時間の分、既に俺という息子の母親がいるという認識を失わせていた。


 俺はそんな所が母さんにそっくりだと思った。

 もし俺の家族が上手くいくようにするなら俺が折れて…間に入るべきだったのではないか?

 色んな想像が過る。


 だから、母さんから最初で最後に教えて貰った事は…時間は無限ではない事、やるべき事を今、やらなくてはいけない事を教えて貰った様な気がする。


「またいつか、やるべき事をやったと思ったら会いに来るね、母さん…またね」


 その日に九州に行く事を決めた。

 サラと出会って、一緒にいるようになって1年ちょっと、長い人生なら一瞬かも知れない。

 でも…この一瞬を諦めた為に一生後悔するぐらいなら、一度は死んだかも知れない人生。

 例え裏切られていたとしても、俺は俺を救ってくれた、大事な人の為に生きる事にする。



 皆には適当に挨拶を済ませ、卒業前から九州に行った。

 蘭子の子供が生まれる頃には一度帰って来ようと思うし、シアは家の事、それと仕事の事…シアの動きに沢山の人数が関わっている。

 良く知らない俺でも、影響力の強さは分かる。

 だから落ち着いたら連絡してくれ、そしてこちらも落ち着いたり、サラに何かあったら連絡すると伝えた。


 バイクが無いから電車で九州に行った、働き口なら確保していた。

 家はとりあえずシアやサラの祖母の所に居候しながら、郵便配達の仕事をすることにした。


 田舎の風当たりを心配したが、お祖母さんは近所でも顔役の人であっさりと溶け込んだ。

 田舎だから1軒毎の距離も長くツーリング気分で配達していた。

 結局俺はあんな事があってもバイクで走るのが好きで、楽しく配達の仕事していた事もあり、ニコニコしている若い兄ちゃんみたいなポジションに落ち着いた。

 

「東京から出て来た若モン、よーはたらくばい」


 と言われ、横浜だから神奈川っすよと言うと何が?みたいな事を言われる。


 そして時間を見つけてはサラに会う。

 サラは俺が話しかけると意味不明な事を言う。

 まるで何か違う世界を見ているが、俺の声は聞こえているような、そんな感じ。

 ただ、夢の世界でも俺は都合のいい人物らしい。  

 

『タタロ…駄目だよ…逃げないで…ずっと傍にいて…』


「逃げないよ、ほら、横にいるよ…」


『タタロ…タタロがいれば良いの…あんなバラはもう要らないの…』


 サラは俺には普通に話してくれる…と言っても謎の空想の話だけど。

 何故かタタロという俺と俺の乗っていたバイクをイメージしたサラの描いたキャラクターになってるし。


 少し落ち着いた時、シアに電話した。

 電話は使われていなかった。よくよく考えたら仕事用の電話って言ってたな…

 蘭子と連絡を取る時、そしてメグミと話す時、それぞれ忙しい様で、普段は皆、お互い会っていないようだ。


 ヨータは大学に行ってるから、どうでも良いメールが来るからその時に聞いたら、シアはまだ活動を再開してないらしい…蘭子もたまにシアとは会うが、フラッと来てフラッと帰るそうだ。


 夏頃に一度、3日間だけ休みをとって蘭子に出産祝いを渡しに行ったがその時もシアには会えなかった。


 サラは変わらない。いつまでも意味不明な発言を繰り返す。

 サラと話していると何となく思う。

 俺とサラはお互いの執着や傷を舐め合っていたようなものだった。

 シアという巨大な存在への劣等感。


 もしかしたら、それだけが俺とサラを繋いでいたのかなと思う。


「結局…俺達を繋いでいたのはシアだったのかな?だったらこのままでも仕方ないのかも知れないね。サラは永遠にシアを認めず、俺はシアを永遠に近付けず…」


 だから、サラはもう何も語らない。

 

 お互いの中身はそこまで見る必要は無かったから。

 

 例え意識が戻り俺が好意を持っていたとしても、それは叶わない想いだろうと思う。それに…


「どちらにせよ…答えを聞かせて欲しいかな…俺はサラの心を好きになろうと思うけど…サラはどうかな?」

  

 宙を見ているサラの瞳が少しだけ揺れた。

 

「聞いてるか聞いてないか…分からないけど正直に言うよ。最近、性欲というか、欲が湧かないんだよな。メグミは知らんけど、死んだ母さんに会った時思ったよ、何となく、俺で父さんと母さんが繋いできたモノは終わりだって。だから意識の戻らないサラの為に生きるのも良いかな…なんてね?」


 小さくサラの口が動いた…


「わからない…けど…こわい…セカイが…」


「じゃあ怖くないようにしようか?なるべく優しい世界で生きようか?今なら出来る気がするんだ。」


 俺という個が消滅し、何かの為に存在する。

 それで良いと思う。鬼頭君を見て思った。

 もしかしたらだけど、子供が出来たり大切なモノができたりする度に、大切にしようとする度に、人によっては自分捨てていく方法しか無い人もいると思う。


「あの古本屋を買い取って、趣味としてやり続けるのも良いかもね?シャカシャカは世間から消えたけど、俺の中のシャカシャカ…ただ自分の為だけに楽しい絵を本能的に書き続けるシャカシャカは、まだ生きているよ?少しでもあの時が楽しかったなら…そうやって生きるのも良いかもね?俺が死んで、いなくなっても良いようにさ…なんてね?」

 

 独り言の様に上半身だけ起こしているにサラの話し続ける俺の顔を、いつもは宙に游いでいる目が…サラが俺を見ていた。


「死ぬなんて…駄目ですよ……」


 何故、今このタイミングでサラが正気になるのか分からないが、そのまま気持ちを吐き続ける。


「そうだね、でも人は、死ぬ。いつか、それは思いがけないタイミングかも知れない。後悔が残らない様になんてそんな生き方出来やしない。だからせめて…せめて…さ…なんだろうね」


 もう会えなくなった人達の事を考えた。

 僕の両親はもう会えない…俺のクラスメイトも一部を除けば一生会わない…


「私に…向き合えるでしょうか…」


 向き合うから辛くなる、向き合うから壊れる、それが過程なら辛くとも終りが来るし、壊れそうなら歩みを別の道に変えれば良い…のか?


「敢えて向き合わなくても、歩いていれば向き合う事になるんじゃないかな?だからあえて向き合おうとしなくて良いんじゃない?」


 答えは分からない、俺もまだ成人もしてない若造だ。


「そっか…そうですね……きっと…それが一番…」


 サラが…薄く儚く遠くにいたサラが、まるでそこにいるかのように色を帯びた。


「ごめんなさい…逃げて…ごめんなさい…ごめん…なざ…うぅ…」


 色を帯びたサラのナミダは透明な液体ではなく空の様な靑だった。

 それからポツリポツリと言葉を紡ぐ。


「家族のひいた道もあった、でも、嫌だった。」

「一人で行く道もあった、でも、先輩にあった。」

「先輩と行く道もあった、でも、横に逸れた。」

「嫌だと言っていた道を、ずっと見ていた」

「家族の歩く道の横を、気付けば歩いていた」


 ずっとあった違和感、だから本気にならなかった。俺を見ていなかった。


「先輩からすれば…私達姉妹に…家族にずっと裏切られ続けて来たと思われてもしょうがありません…ごめんなさい」


「いや、俺も向き合ってこなかった。シアから逃げて、サラとは何処かで達観して見ていた。だから裏切りじゃないよ。何処かで裏切られたというきっかけが欲しかっただけ、きっかけが欲しかった…そうすれば仕方なくという理由がたつから…それだけ…だから最後にもう一度聞きたい。これから先、2人でお互いを向き合う事が出来るだろうか?…」


 …サラがナミダを流す…きっと俺だけの事を思ってのナミダだと思いたい…


「出来無い…と思います。私はきっと…異性を好きになることは無いと思います…人は苦手で、モノや空想を愛しているから…先輩は…姉を狂わせるすごい人…きっと憧れだったんです…結局は…人は…愛せない…です……ごめんなさい…」


 人生で初めてフラレた。

 不思議なもので、何処かでこれで良かったと思う自分がいる。

 

「分かった…ありがとう…」


 流れ続けるサラのナミダは…一緒に行った海のようにとめどなく、あの日見た空のように透きとおっていた。


 それから…サラからのお願いで、意識がハッキリした事は、暫くは皆に言わないで欲しいと言われた。

 まず、自分の心を整理したいらしい。


 俺は元からはサラが自分の足で立てるようになる、いつかの日まで、見守ろうと思っていたから2つ返事て了承した。


 しかしそんな矢先に…地元にいる先輩からメールがきた。いや、メールじゃない…怪文書だった。

 

―――――――――――――――――――――――


 何も見えなかった。目に何か巻かれている。

 手はベットの上部分の柵に縛られ、足は開くようにベッドの下の柵に縛られていた。

 殺されてもおかしくない、だけど不思議と死ぬ気はしなかった。


 色んな事があった。

 サラの意識が戻った事、そのサラにフラれた事。

 そして…


「ハァー…ハァー…ハァ…♥誰にも…たさない…♥わた…まち…えてな…♥撮影…し…て…」


 獣は獲物の周りを、円を描く様に歩く…その様子をじっくり観察し、全てを裸にしてから喰らいつく…


 見られている、聞かれている、俺という存在を感じられている…


 お前をここまで追い詰めたのが俺なら…はぉっ!?何かヌラっとした!?舐めてる!?マジか!?


「カラダ…♥キレイにして…げる…♥わたし…の…わた…し…だけの♥タ…♥」


 獣はいつだって狙っていた、捕食する瞬間を…

 何故こんな事になっているのか…

 

 サラの意識が戻って、怪文書が送られてきたから…そう、怪文書。


 それからこれまでを…冷静に思い出そうと思う。

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