それぞれのエピローグ〜打ち切りではない、才能が無いだけ。

何もかも失った人形の物語〜サラの場合

無限の選択肢は私を地獄に落とした、いっそのこと、し

 色んな物語を見てきた。色んな人生を見てきた。

 どれも素敵な物語だった。王子様がいた、お姫様がいた。


 色んな現実見せらせた。色んな人生を見てしまった。

 どれも地獄だった。見えていないだけで、歩いてきた道の、すぐ側に悲しみや苦しみがあることを知らなかった。


 一度道をそれたらそこには後悔しかなかった、一度道を違えてしまえば…悔いが無いなんて…嘘だ。


 堕ちるのなんて簡単だ。だって私がそうだから。

 這い上がるのは難しく、堕ちるのとは比較にならないぐらい困難な道だ。

 でもね、知らなかったんだよ、本当だよ。

 恋人とは選ぶ事、その人だけを選ぶ事だって。


 そう想っていた。お姉ちゃんだってそう。


 だから恋人と交尾の違いなんて分からない。

 交尾なんて食事を取るとか、素晴らしい小説を読むとか、心が震える絵に出会うのと同じかと思っていた。


 だけど、いつからかな…頭の中に響いてきた。


―――他人の気持ちになって考える事と、自分の尺度で測る事を間違えないで―――


 それから…色んな夢を見た。海でデートした日から、私の心の一部になった先輩。

 先輩の心にはお姉ちゃんがいる。でも、少しだけ私がいるような気がしていた。

 私は海のデートまでに様々な事を知った。


 先輩がお姉ちゃんを忘れようとしている事。

 お姉ちゃんが先輩の事を忘れられない事。

 そのくせに先輩以外のキラキラしたものを片っ端から手に入れていく。

 女の子なら一度は望む、憧れ、羨望、成功。

 お姉ちゃんが芸能界で成功しているのは才能の他に理由がある事。

 お姉ちゃんは様々な事を知り、いつか先輩の元に帰ろうとしている事。


 全てを持って…


 私はお姉ちゃんより恵まれていない、それは知っていた。

 ただ先輩の近くにいて、でも近くで支えていた。

 ただ、先輩の近くにいる事がアドバンテージだった、だからその優位を保ちながらお姉ちゃんの全てを模倣していく。

 

 自分の持ち得る実力、イラスト。

 そこに、セックス、ドラッグ、アート…全て混ざっていく。

 デザインをクリエイト、ブラッシュアップされていく私のアイデア。

 先人達がやっている事。才能を埋める手段。

 力無くとも持ち得る者に勝る方法。

 先輩にも伝わると良いな、だってこんなに…


―――貴女の気持ち良いと彼の気持ち良いは違うから―――


 頭に響く声。そんな訳無い。美味しいものを食べたら美味しいと思うし、先輩は人それぞれの価値観を許容してくれる人だから。

 だから先輩を好きになったんだ。

 こんな私でも選んでくれたんだから。


―――その先輩…よく知らないけど…私がその先輩だったら貴女みたいな馬鹿で無知で淫売な小娘、汚くて関わりたくも無いけどね。絶対的な才能差はある、間違いなく―――


 何なの?この声…全部私を否定して…


―――じゃあこんなのはどう?貴女も思う所あるでしょ?コレはラッキースケベだけどね、貴女のは、確信犯だから―――


 頭に入る映像…ノイズ混じりの画面…

 メグミちゃんがいる、先輩かいる…トイレに一緒に入ったり、胸を触ったり…メグミちゃんが先輩を覗いてる…何やってるの?メグミちゃん…


―――彼女は偶然が重なり我慢できなくなり…初めてを兄に捧げたようね、と言っても勝手に一人でやっただけだけど…醜いでしょ?でも貴女よりマシよ―――


 醜い?私よりもマシってどういう事?


―――続いて幼馴染の女。彼女は彼に言ったわ。貴方だけを見れる様に経験を積むって。彼はそれを受け入れた。普通は考えられない馬鹿な行為だけど、同意を得ている、彼もいつかしたいなと思っていたし、したくなったら出来るし、したら彼女は他人との行為を2度としないと確信していたわ。貴女みたいにコソコソ裏切っていない―――


 コソコソ裏切るって何?そんな事…して…


―――最後にお姉さんね、環境を変えられず才能あふれる彼女を大人が利用したわ。彼女はあー見えて貞操観念が強かったから…ドラッグで彼と間違えて至った事に絶望した…それから彼女は逃げ出す為、這い上がる為に全力をかけた。快楽に溺れ隠していた貴女とは大違い―――


 お姉ちゃんが絶望…何で?皆から認められ…成功して…迎えに行くためには…

 先輩の考えを勝手に決めないでよ!私と先輩の関係を勝手に…

 突然頭の中に流れた。

 鏡に映る私とポプラさんがお姉ちゃんと先輩になった。

『シア!愛している』

『タロァ♥好き♥もっと激しく♥』


 何やってるの…やめてよ…先輩を盗らないで!お姉ちゃんズルい!汚いよ!盗らないで!先輩を盗らないでぇぇぇ!!!


―――何言ってるの貴女(笑)薄々気付いているんでしょ?快楽が満たされた瞬間は正気に戻るものね…立ち向かうならその瞬間なのに…いつも現実に目を瞑り無かった事にして…逃げているのよね?―――


 違…違う…コレは先輩の為に… 


―――端的に言うわね、貴女は間違えてるのよ?ドラッグをした事、愛する人以外に肉体を捧げている事、それを隠す事、そもそも知らない事、それ自体は間違えではないのかも知れない…ただ、彼にとっては致命的な間違いでしょうね、だって―――


 頭に入ってきた、先輩の思考と数多の人生、未来。

 私の事を知り、先輩が壊れ、死ぬ。壊れ、死ぬ。壊れ、死ぬの繰り返し。

 先輩が壊れる、心が分かる…許容を越える時、人は壊れる、壊れているのに器は残る。

 心が壊れた先輩は絶望の果てに死ぬ。

 誰が先輩を責められようか、絶望や悲しみが心を傷つけるなら…死は…救いになる。


 壊れるきっかけは…私の…選択、その全て…


―――だって彼はこんなに弱い…貴女も弱い…あ?バレたみたいね…まぁ良いわ…貴女も選ぶと良いわ、道とは分かれ道の繰返し。正解が無くとも歩かなければ選択も出来ない。時は…残酷だから戻れない、ただ選ぶ時、大事なものを忘れないで、バイバイ―――

  

 その声はいつも快楽に酔う時に聞こえていた。

 私はいつも、その瞬間だけ心を閉ざしていた。

 逃げていた。


 声が聞こえなくなってから鏡に映る景色…

 鏡に映る自分とポプラ…快楽に酔う酷い顔、惨めに腰を振る獣2匹、汚いな…汚いよ…コレの何がアー…


「汚くないわ、綺麗よ…もう少しすれば彼はきっと見てくれるわ…それまで自分を磨きなさい」


 それに…私が疑問に思うタイミングでマネージャーの美香さんが導いてくる。

 この人はいつも私を肯定してくれた。

 芸術とは、人生とは、刹那的である事。

 人は逃げて良い事、辛い事は目を瞑って良い事、それは才能のあるものの特権だと。

 彼女に何があったかは知らないが、常に私の道を示してくれた。


「心が揺らぐならその先輩と会うのはやめときなさい。終わったら迎えに行けば良いわ…それまで頑張りなさい」


 私は…結局、悪夢げんじつを見ても見て見ぬふりをした。

 それが大事ものか、本物かどうかも分からないから。

 気持ちに蓋をするのに慣れてしまっていたから。


 何が何だか分からないまま、お姉ちゃんの為にあるようなイベントを乗っ取る事になった。

 私が作曲したものが色んな人にアレンジされ、私の歌声は機械で原型が無くなるまで弄られ、最初からヴォーカロイドで良いのでは無いかと思うほど別人の声になっていた。

 

 イメージキャラクターにはポプラさんのイラスト、私を模した…正確には姉を模したCGが踊り歌う。


 いよいよ私は何にもやることが無くなった。

 今海外で流行っている化粧をして、ただポーズをとって立たされる人形。

 

 そして沢山のお金が使われたんだろう、ネットで、テレビで、ラジオで、あらゆる媒体で私の様な何かが動き回り歌う。

 分かりやすく、絶対的なカリスマに上り詰めつつあるお姉ちゃんとの対立構造で煽る。


 ライブでもそう、最新鋭の技術でステージにいなくても私はライブをしていた。

 

 CGが踊り、誰かが私のCGに合わせて歌を歌い、マイクパフォーマンスをしている。


 私なんて必要無いじゃん…私なんてさ…

 結果的に時間だけが出来た。

 だけどマネージャーに携帯は取り上げられていた。インターネットも切られている。

 私の為らしいけど…これじゃ牢屋と変わらない。

 たまにマネージャーが母さんを呼んでいたけど、何言ってるか分からないし母さんは私より壊れていた。


 事務所の屋上で遠くの空を見る、海のある方角を…


 ドラッグ…なんだろうなコレ…抜けた訳じゃない、無ければ気が狂うと思う。

 でも最近、事務所の中に居なければ…数時間は心が狂う事が無くなった。

 何処からが出ているのか…何となく気付いていたから自分で調節していた。

 その代わり凄まじい無気力状態になる。それが平常心かどうかは分からないけど。

 そんな事が分かる前に…他にいくらでもあったかもね…

 

 海を思い出しながら屋上で立ち尽くす…

 先輩は必要としてくれた…一緒にいてくれた…手を繋いでくれた…一緒に歩こうって言ってくれた…


 居心地の良かったバイト先の本屋さん

 生き物のように可愛がって、拭いてあげたバイクのサヴェージ君

 本屋さんの常連さん、お隣のバイク屋さんの人達

 私は何のために、何をしてるんだろう…


 何回も変わった事は無いか?って…先輩もメグミちゃんも…言ってたな


 何回も言われた…芸能の世界…人に評価される世界には来るなって…私みたいになるなって…お姉ちゃんが…言ってたな


 もう戻れないよ、会えるわけ無いよ…こんな酷い裏切りは無い…どんな顔して会えると言うの?

 それに何となくだけど…もう今の私を皆に知られている気がした。

 それでも無気力状態の私は…ただ遠くを見ていた…


 先輩とお姉ちゃんの交尾やら親しい人に罵倒される絶望的な映像を見せる声の主が聞こえなくなった時から…私は先輩や親しい人達のいる所から離れてしまった事を分かっていた。


 過ちだらけの中で…あの頭に響く声が聞こえている時が…最後のチャンスだったんだろうな…小刻みに震える手を見ながら、揺らぐ視界の中で思う…


 気付いていたんだよ…甘い言葉を言う人は私を利用して…厳しい事…いや、必死に言葉を紡いでくれた人は…本気で心配してくれてるって。


「ハハハ…馬鹿みたい…私…馬鹿だ…何が…才能だ…何が…どんな事でもすれば成功する…だ…」


 案の定、お姉ちゃんはクリスマスイベントを勝ち取った。圧倒的な支持だった。


 落ちてた雑誌のインタビューで見た…お姉ちゃんの移籍した事務所の社長のコメント…実力が無くあらゆる手を使ってのし上がった元アイドルの社長が…お姉ちゃんの良さはそのまま引き出すだけで誰も追い付けなくなると。


 そう、勝てるわけ無い。だって私のお姉ちゃんは…凄いんだもん。

 私だって震えたもん…この芸能の世界で…嘘を使わず実力だけで真っ直ぐぶつかって、全力の自分を使って人を惹きつける。

 足し算や掛け算、法則や前例を無視した現象、見ていて分かった。

 お姉ちゃんは私とは違う、本物だ。


 だからこれから始まるのは私への断罪…全てから目を逸らして来た私への断罪だ。

 

 本当だったら泣き叫び、吐いて、絶望するんだろう。だけどこれから始まる私に降りかかるものは相応のものだと思う。

 そう言えば…誕生日は1月か…そこまで私は私でいられるかな…それとも、もう私は消えてるのかな


「衣装、着替えました…どうするんですか?」


「もう正攻法で行くのは無理ね、これからアリーナで歌ってる貴女の姉のコンサート…アンコールのタイミングで乗っ取るわ…聞いてる?」


「聞いてますよ…もう私は引き戻れないんですよね…それで…何をするんです?」 


「あぁそう…じゃあ話が早いわね。これから貴女と貴女の姉を触媒にラヴィを撒き散らす。アリーナの客は故郷に帰って撒き散らす、もう時間もナクナッテキタ コノニホンデノカツドウモ ソロソロケリヲ ツケヨウトオモウ」


 美香さんが…光の羽の生えた天使に変わっていく…光の帯がシスターの様な衣装になり…明らかに雰囲気が変わった。

 まるで人では無いような…もしかして私は…


「アンシン シロ アナタ丿 モクテキノ ニンゲン ミンナチカク イル イッショニ アノオカタノトコロ イケル オマエモ ナ ミンナ タマシイガ ジョウカサレル」


 私は…とんでもない罪を…あ…意識が…トンダ


 その次に見えたものは…5?6人?の横たえる人や走り回っている人…

 皆、私を見てなにか叫んでる…あ、メグミちゃんだ。

 何やってるの?…泣いてるの?


「サラ…いいかげん…ッ!たの…しょうき…れッ!」


 もう駄目なんだよ…もう遅いんだよメグミちゃん…ごめんなさい…


 今時あり得ないような髪型…縦ロールの豹みたいな格好した人がすぐ近くで何かを殴った。

 見えない何かに穴が開いた。


「この大山猫を舐めるなよっ!聞けぇ、女ぁ!」


 穴が開くと同時にまるで風に吹かれた紙みたいに飛んで行った。


「サラっ!ソイツから離れろ!こっちに帰って来い!そこはお前の場所じゃないっ!お兄ちゃんも待ってる!だから…かえ……だ………」


 また穴が塞がって聞こえなくなった。

 でも聞こえたよ…メグミちゃん…いつもメグミちゃんはそうだ…お姉ちゃんみたいに自分の事は置いといて、いつも人の事ばっかり…


 メグミちゃんが吹き飛んだ…


 もぅ…いいよぉ…やめてぇ…わたしなんか…





 朦朧とする…頭が…あ、先輩?何で先輩が?


 先輩の姿を見てブレていた意識が戻った…だけど先輩になにか言える資格か私にあるのだろうか?

 先輩は多分…全てを知っている。

 先輩を裏切り続けた私に何で?

 謝って許される事ではない。

 隣に座る資格はない。

 一緒に歩く資格はない。

 私は先輩ヲ、傷つけるだけの生き物だから


 だから…何で来たんです…か?


 失っていた感情がグラグラ揺れる

 胸の奥から心が揺さぶられ

 熱い何かが双眸から溢れ出す


 何で?なんで?ナンデ?



 次に気付けば抱きしめられたけど…そんな資格はないから…押し退けてしまった

 

『資格じゃないでしょ?だったら最初のニケツの時、資格なんて無かったでしょ?太郎は1年の経ってないんだから』


 誰?聞いたこと無い声、だけど知ってる…


『資格なんて必要無いでしょ?乗ったんだから。考え無しにじゃないと出来ないでしょ?大事なのは初期衝動でしょ?サラの内から湧き上がる衝動!』


 サヴェージ君?首から下がる見たことある鍵


『大人になれば経験で正解を選んだ気になるけど、それは経験からくる自己満足。周りからみたら馬鹿みたいな事でも!それがサラなんだよ!オレはもう走れないけど、サラはまだ走れる!だから心のままに!溢れる気持ちのままに!さぁオレの分まで!』


 行って良いのかな?先輩の所に…行って良いのかな?


『行っておいで…バイバイ!初めてタンデムシートに乗ったお姫様!』


 先輩が手を伸ばす

 先輩と一緒に…歩く…先輩と一緒に…

 踏み出した足、一歩、二歩…歩いて行く内に…



私の         意識が

   これは    魂      

   消え          失せた


  先輩         大好き

     出会ってくれて  

               来てくれて

  ありがとう  ござ い

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